翌日。
いつもと変わらず、下を向いて歩く妃詩。
「はぁ、、」
ため息をついて、気分を落ち着かせる。
「あの、、。」
ふと声をかけられた。
声に敏感な妃詩は、ビクッと顔を上げた。
「あの、昨日は、ごめんなさい。」
いきなり頭を下げられた。
あのショートカットの少女だった。
「え?、、いや、こっちこそ、ごめん。」
妃詩も慌てて頭を下げる。
「でも、あの、謝られるようなこと、されてないから大丈夫。、、じゃ。」
妃詩は踵を返して教室へ向かった。
「え?や、ちょ、ちょっと待って!」
少女が追いかけてきた。
「今の反応って、怒ってるよね?ほんとごめんなさい!」
「え?」
「怒ってるから、私を避けるんだよね?本当にごめん!許して!」
「え?ホントに怒ってないよ。」
「本当?」
「うん。」
「じゃあ、、。なんで、避けるの?」
「いや、別に避けてないけど、、。」
妃詩は、周りの視線が妃詩と少女に集まっているのを感じた。
「、、私と喋ったら、あなたに被害が及ぶから、話してこないで!」
早口で小さく忠告した。
そして今度こそ少女から逃げた。
逃げたとしても、席は前後なのだが、、。
「私に被害が及んでもいい!だから、、。」
少女はすぐに追いついてきて妃詩に必死に訴えた。
「ッ?!」
息を呑み、妃詩は少女を見つめた。
けど、その真っ直ぐな目を見ていられなくて、すぐに目を逸らせた。
「、、迷惑、、だから。私は、、1人でいたい。、、これでも、あなたは、離れないの?」
一瞬目を見開いた後、少女は
「なら、私も1人でいる。、、これでも、あなたは私と話したくない?」
いたずらっ子のように歯を見せて笑った。
「!?」
驚きで妃詩はしばらくなにも言えなかった。
「、、、。わ、わかった、、。でも、ホントに、今はやめて。今は、話しかけないで、、。お願いだから。」
他人に、もう、、迷惑はかけたくない、、。
妃詩は切実に願った。
「うん。わかった。ありがと。」
少女はニコッと笑った。
「あ、、な、名前、、。」
今更ながら名前を知らないことに気づいた。
「私は、山科紗楽(やましなさら)。よろしくね!」
妃詩が名前を知らなかったことを責めるようなことは言わず、明るく答えた。


その日の昼休み。
少女が、裏庭に行こう。と言い出したため、お弁当を持って裏庭に2人で向かった。
裏庭は日当たりが悪く、誰も好き好んで近寄らない。
だから、あえて此処を選んでくれたようだった。
「葛木さん、改めて、色々迷惑かけてごめん。昨日は泣いたり、今日は無理矢理喋ったり、散々だったよね。本当にごめん。」
顔の前で手を合わせて、妃詩に懇願する。
「いや、だから、別に気にしてないんだって。」
「でも、、。」
「謝ってきてくれたのが嬉しいくらいなんだよ。」
「そうなの?」
「うん。」
「、、なんで泣いたか気にならないわけ?」
恐る恐るというふうに、紗楽は訊く。
「別に、私が知っても意味ないし。」
こんな人間が知っていいわけない。黒い感情を必死に抑えた。
「、、へぇ。そういうふうに考える人いるんだね。普通なんでも人のこと知りたがる人いるからさ。」
「まぁ、、そうだね、、。」
「私もそうだよ。私、葛木さんのこと、もっと知りたい。」
「、、ごめん。ホントに、私と関わると碌なことにならないから。」
「そっか、、。でも、ホントに私、変な目で見られても大丈夫だし。」
「ダメ!周りから怖がられて、周りから避けられて、どんな気持ちか、わかる?辛いし、悲しいし、怖いの。他の人に私のせいであんな気持ち、味わって欲しくないの!」
力任せに言葉を放った。
「もう、、私と関わらないで!」
鋭く言ったあと、ズルズルと足を引きずりながら、の元を去った。
また、、やってしまった。また、人を傷つけてしまった、、。妃詩は自分を責めた。
やっぱり、、私は、、。
黒い感情が妃詩の心を渦巻いていた。
紗楽は、今度は妃詩を追いかけてこなかった。


放課後。帰り支度を整え席を立とうとした時だった。
「葛木さん!」
元気な声が聴こえた。
「え、、?」
思わず、顔を顰めた。
机にドンと両手をついて、紗楽が見下ろしていた。
「なんで?」
「ずっと考えてたんだけど、やっぱり、私、葛木さんのこと気になるから、話させて。」
「でも、、。」
「私の勝手で、動いてるの。私になにかあったら、私自身の責任。あなたの責任じゃない。それに、私だって、学校で変な目で見られたことあるし。仲間だよ。」
歯を見せて笑った。
あくまでいつも通りの彼女だった。
「、、さっきはごめん。」
思いっきり妃詩は頭を下げた。
「これで、とんとん、だね。」
明るく言った後、
「別に、気にしてないから。私だって非はあると思うしさ。ごめんなさい。」
真剣な表情で謝った。
「うんん。私が、全部悪い。」
妃詩は胸がキリキリと痛んだ。
本当にそう言いたい相手は、、。
思わず胸を抑える。服を力いっぱい掴む。
「改めまして、、これからよろしくね。ヒナちゃん!」
「え!?」
「え?だいたい、ひなたちゃんって、ヒナちゃんって呼ばれてない?」
「ま、まぁ、、。」
「じゃあ、ヒナちゃんで。」
「、、いいよ。」
何故か、妃詩はそう答えていた。
2人は並んで廊下を歩いた。
本当に友達、を作っていいのだろうか。本当に、人を傷つけないだろうか。
妃詩は自問した。
ダメ、、。
そうわかっていた。
けど、断れなかった。
紗楽の純粋な笑顔に、ある少女と重なったから。
悔やんでも悔やみきれないことをしてしまったあの子に。もう会ってはいけないあの子に。
そう考えていた時だった。
「なぁ、、文芸部入る気ない?」
突然、後ろから低めの声が響いた。
「、、は?」
思わず声が出た。
文芸部、、?なんで?なんでこの時期?もう3年生なのに。文芸部なんてこの学校にあった、、?
妃詩は頭の中で思考を動かした。
「なんで?」
妃詩は、視線をあげ、訊いた。
その視線の先には、真剣そうな表情の男子生徒がいた。短めに切り揃えられた黒髪。なんでも見透かされそうな、澄んだ瞳。
妃詩は、思わず目を逸らした。
「お前、文学の才能があるから。」
さらっと言い退ける。
「はぁ?」
なにも知らないくせに、、。何故か妃詩のことを堂々と言う男子にむしょうに腹が立った。
妃詩は、無意識に制服の長袖の端を掴んでいた。
そして、もう一度目を合わせて、言った。
「私に近づかないで。部活をする気はない。二度と話しかけないで。」
小さく、けどきつく、そう言った。
「そっか、、。」
男子は気を落としたように声を沈めて呟いた。
「ま、まぁまぁ。ヒナちゃん、ちょっと言い方きついんじゃない?それに、ゲンくんも、いきなり文芸部に入らないかって、ヒナちゃん困るよ。」
紗楽は2人の間に入り、宥めた。
「知り合い?」
小さな声で紗楽に呟く。
「小学校からの同級生。」
「あ、そう、、。」
曖昧に頷く。
「ま、いいや。今日はこれで。またな。」
と言ってゲンくんと呼ばれた男子は去っていく。
あんなやつ、二度と会いたくない。他人のことを知ったような口きくやつ、、。また、なんてくるわけない。というか、きて欲しくない、、。
あの男子に怒りを抱きながら、心の中で言葉を吐き出す妃詩。
この時妃詩は、知らなかった。あの男子が言った通り、また、があることを。しかもすぐに。
そして、それが妃詩の運命を変えることになるなんて。