夏休み。
風奏は毎日ピアノの練習に励んだ。
毎日と言っても、英子と遊んだり、千絃と会ったり、夏休みを満喫しながら、だが。
英子と遊んでいた時だった。
「ねぇ、風奏、、。」
突然、英子が真剣な眼差しで切り出した。
「どうしたの?」
風奏は少し身構えて答える。
「あのね、、えっと、、風奏、藍川と、、付き合ったんだよね?」
「へ!?、、あ、、え、、?」
「律くんから聞いたの。それで、、あたしからも、、報告があって。あたしも、、律くんと、、付き合ってたの。」
「え!?そ、そうだったの?」
「実は、、あたしが律くんのシャーペン拾ったの、覚えてる?」
「うん、、。」
その後、千絃に、待ってるとか言われた時だったはず、、。と風奏は思い出した。
「そう、、それでね。その時に、律くんに告白されたの。」
「へぇ、、。うん?その時に、、?、、え?えぇぇええ!?そ、その時にすでに?」
「うん。今まで黙っててごめん。」
勢いよく英子は頭を下げた。
「あ、いや、驚いただけだよ。おめでとう!遅いけど、、。」
「実はね、律くんに言われたの。藍川が風奏と付き合ったら、お互い報告し合おうって。秘密にしてたんだけど、つい、律くん、って言っちゃった時あったでしょ?、普通に焦っちゃったんだよね。」
「あぁ!私が、律くん呼びに突っ込んだ時!」
「そう。バレたかなって思って、慌てて紛らわしたんだよね。」
照れたように苦笑いする。
「当時さ、風奏も暗い雰囲気だったから、あたしだけ幸せな報告なんてしたらダメだよなぁって、思ってたっていうのもあるんだよね。」
「ありがと、英子。本当におめでとう!」
にっこりと笑いかけた。
「風奏も、おめでとう!」
お互いに、笑い合った。
それから、風奏と英子はショッピングを堪能した。
「藍川なんて、風奏があげたもの全部気にいるわよ。そんなに悩まなくてもいいんじゃない?」
「でも、、せっかくの誕生日なんだし、記念にあげたいじゃん!特別な感じのさ。まぁ、まだ結構先なんだけど。」
「楽しみなのね、、。わかるわ。」
うんうんと頷く英子。
真剣に商品を見つめる風奏と英子。眉間に皺を寄せて悩んでいる。
「うーん、、。ホントになんでも喜ぶと思うけど、、。特別感ねぇ、、。あ!お揃いでなにかあげたら?」
「ぺ、ペアリング!?」
「リングとは言ってないわ。気が早いわよ、風奏。」
呆れながら英子が突っ込む。
「あ、そう、、。でも、リングのネックレスはどうかな?」
おずおずと、今思いついた案を口に出す。
「いいわね!ずっと一緒にいられますようにって感じで?」
「う、、うん。まぁ。」
英子に魂胆がバレた風奏だった。
「いいじゃない!早速買いに行こう!」
英子に引っ張られる形で、風奏はプレゼントを買いに向かった。
ピアノコンクール当日。
緊張感の中、刻一刻と風奏の番が近づいている。
風奏は外に出て、落ち着こうとしていた。
深く息を吸って、吐く。
何度も繰り返す。
手が震える。心臓も、どくどくとうるさい。頭が、緊張で真っ白になる。
「なに緊張してんだよ。」
突然、後ろから声をかけられた。
「千絃、、。」
「風奏はいい音してんだから、自信持て。ずっと練習してきただろ?それに、最後まで、ピアノ、弾けるようになっただろ?」
きつい口調の割には、千絃の表情は柔らかい。
「、、うん。」
風奏は素直に頷いた。
自然と、千絃と一緒にいると、気持ちが楽になる。緊張で押しつぶされそうな時でも、千絃が、そばにいてくれるだけで、風奏は安心できる。大丈夫だ、と感じられる。
「じゃあ、行ってくるね。」
風奏はワンピースを翻して、会場へ戻ろうとした。
「待てよ。」
「え?」
千絃はその声に振り向いた風奏の手を掴んだ。
そして、両手で包んだ。
「楽しんで、行ってこい!」
にっこりと目を細めた。
「うん!」
風奏の返事に黙って千絃は頷き、ゆっくりと両手を離した。
風奏は会場へ向かって駆けていく。
千絃は、そんな風奏を眺めてから、自らも歩き出した。
会場に入り、客席への扉を開けた。
「あ!藍川!早く早く!」
英子が客席から手を振って呼んだ。
もちろん英子も、律も、見に来ていた。
「おう。」
短く答え、律の隣に座った。
「何処行ってたの?風奏のところ?」
「、、まぁな。」
「やっぱり!」
「ちょっと、2人とも、もう演奏始まるから。それに俺を挟んで会話しないで。」
「ごめん、律くん。」
「あ、悪い。」
そんなことを話していると、会場が拍手に包まれた。
風奏の前の番の人だった。ピアノ界では結構有名なピアノの上手い少女だった。
風奏の音には敵わねぇな、、。と内心千絃は思っていた。
曲が終わり、少女は一礼する。途端にまたもや拍手喝采が起きた。
「、、、。」
「おい、ちづ。」
「なんだよ。」
「ちづにとっては面白くないかもしれないけど、ちゃんと拍手しろ。同じ演奏家なんだから。」
「、、へーい、、。」
ムスッと機嫌を悪くしながら、素直に拍手した
「ふふ、藍川ってホント、風奏のことになると可愛くなるわよね。」
「あ?うるせぇ。」
「2人とも、潮見さんの番だぞ。」
律が制すと2人は押し黙った。
すると、風奏がステージ上に出てきた。
緊張しているのがよくわかる。でも、表情はにこやかで、落ち着いている。
礼をした風奏に千絃は、人一倍の大きな拍手で応えた。
風奏は、椅子に腰掛け、滑らかに指を鍵盤の上に滑らせた。
息を吸った瞬間。
風奏の音が会場に響き渡った。
会場のすべての人が、息を呑んで、呼吸すら忘れて風奏に注目している。
そんなこと、風奏はなにも知らずに、夢中になって、弾き続けた。
心の底から、楽しんだ。奏でられることが、奇跡だと、千絃に教えてもらったから。
楽しんで行ってこいと、千絃が、言ってくれたから。
もちろん、風奏が今、弾いているのは、walking in the night だ。
自分のために。そして、千絃のために。そして、会場にいるすべての人のために。
風奏は渾身の音を、奏でた。
止まることなく、最後まで、奏で続けた。
弾けた、、。奏でられた、、。
今の感情を噛み締めながら、風奏はゆっくりと鍵盤を押して、最後の音を奏でた。
そして、指を鍵盤から、そっと離した。
「え、、?」
ふと自分が涙を流していることに気づいた。
慌てて頬に手を持っていった。手の甲で拭う。とてもあたたかな、涙だった。
そして、席をたち、観客に礼をした。
瞬間。
客席から、大きな拍手の嵐が巻き起こった。
こんなに大きな拍手で包んでもらえるなんて思っていなかった風奏は、もう一度涙が溢れてきた。
必死になって、涙を抑えた後、観客席に目を向けた。
「っ!?」
千絃が大きく手を振っていた。
そして、満面の笑みを浮かべ、グッと腕を突き出した。
よく頑張った。と言っているようだった。
涙目になりながら、風奏は大きく頷き、もう一度礼をした。
そして、歩み出し、ステージから降りた。
「風奏、、。よく頑張ったな、、。」
千絃は、姿が見えなくなった風奏に向かって呟いた。
「ちょ!?お、、お前、、泣いてんの?」
「うるせぇ!風奏には人を感動させる力があるんだよ。、、それに、嬉しいんだよ。」
と、目を右手で押さえながらぶつぶつと言い訳した。
でも手と頬の隙間から涙が流れ出ていた。
「それはそうだな。」
「確かにそうね。」
2人は頷く。
「なら、煽ってくるんじゃねぇよ!」
「ちづ、静かにしろ。次の人の番だぞ。」
「おま、、は?お前から言ってきたくせに、、」
「シッ!」
「、、チッ」
3人はそれからも、演奏を聴き続けた。
千絃にとっては、風奏が1番なので、風奏の音にずっと感動していたが。
早く風奏の元へ行きたいようで、walking in the night のリズムを刻んでいた。
そして、すべての人の演奏が終わった。
結果発表。
全演奏者がステージ上に出てきた。風奏は緊張した面持ちだった。演奏する前よりも緊張しているようだ。
大丈夫、、。風奏は、大丈夫、、。と千絃は、そう祈っていた。
「なにこっちが緊張してるんだよ。」
「は?普通するだろ?いちいちうるせぇよ。」
「ごめんごめん。こんなちづ、新鮮だからさ。」
笑みを浮かべる律。
「でも、あたしも手汗でビチャビチャ。ホントに緊張する、、。」
英子も不安そうな面持ちでステージを見つめている。
そんな話をしていると、ステージで動きがあった。
そして、アナウンスが入る。
「今回のコンクールの準優勝者を発表いたします。準優勝者、、、サイオンジミナミさん。」
会場が拍手に包まれた。
風奏の前に演奏した女子だった。
悔しそうにしながらも、前に出てきて、笑顔で賞状をもらっている。
「それでは、優勝者を発表いたします。優勝者、、、潮見風奏さん。」
またしても、拍手が巻き起こった。
風奏は信じられないと言うように口の前に手を持っていきながら周りを見ていた。
千絃、英子、律の3人は、口々に喜びの声をあげた。
一歩一歩、恐る恐る、というように風奏はステージの真ん中へ進んだ。
「潮見風奏さん。堂々の優勝です。おめでとう。」
と賞状と、トロフィーを渡された。
やっと実感が湧いてきた風奏だった。
「ありがとう、ございます、、。」
風奏は頭を下げた。
そして、前を向き、観客席へも、頭を下げた。
「やったな!風奏!!」
千絃の声が聴こえた。
やった、、。やり遂げたんだ、、。嬉しさが込み上げてきた。
風奏は満面の笑みを浮かべ、賞状とトロフィーを腕に抱いた。
会場は、拍手と風奏を讃える声でいっぱいになっていた。
「やったね!風奏!!」
会場から出てきた風奏に、英子は走り寄って抱きついた。
「うん!ありがとう!英子!」
「よく頑張ったよ!」
偉い偉いと言うように風奏の頭を撫でる英子。
「ふふっ、やったよ、、。」
またしても涙目になりながら頷いた。
「もう、、でも、よかった、、。」
「うん、、。」
「なにしんみりしてんだよ。おめでたいんだから、明るく行こうぜ!」
「そ、そうだね。」
「たしかに、あたし達なんでしんみりしてるのかしら?」
2人は見つめ合って笑い合った。
「ホントにおめでとう!最高だったぜ!」
「うんうん、最高な演奏だった!おめでとう!、、感動のあまり、泣いてたぜ。ちづが。」
「お、お前、余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
「本当に?」
風奏が千絃に訊く。
「う、うるせぇよ、、。ってか、打ち上げ行こーぜ!」
苦し紛れに話題を変えた。
その姿に3人は声をあげて笑った。
「、、いつまで笑ってんだよ!」
「ごめんごめん。じゃ、潮見さん、何処行きたい?」
まだ笑い続けている律が訊く。
「え?私?」
「風奏のための打ち上げだろーが。」
「みんな、、ありがと、、。」
「そこ感動するところじゃねぇよ。」
千絃が突っ込む。
「あ、そうだね。、、えっと、私、、。海、行きたい。」
「海?」
3人が首を傾げる。
「うん、せっかく海の近くに来たんだから。ていうか、目の前なんだから、行かないのは損じゃない?いつか、みんなで行きたいって思ってたんだ。」
「、、、行こう!!!」
3人の声が重なった。
そうして、4人は海へ向かった。
「綺麗〜!!」
空は晴れていて、海面がキラキラと光っている。
「思ったけど、俺ら、正装だったな。」
「そんなん別に気にしねぇよ。海だぜー!」
「そうだな、、、海だー!」
男子2人は早くも砂浜を駆け出して海に突っ込んで行った。波打ち際で水を掛け合っている。
「楽しそう。」
「ね、はしゃいでる。」
風奏と英子は頷き合って、走り出した。
靴を脱いで、ワンピースの裾をあげ、波に足をつける。
冷たい水が足をくすぐる。
手も、つける。
この手で、最高の、音を奏でられたんだ、、。
風奏は無言で見つめた。
「風奏〜!」
英子が水をかけてくる。
「うわッ!」
思わず声を出す。
「やったなー!えいっ!」
笑顔で、水をかけ合う。
潮風が爽やかに吹いた。
潮の香りが4人を包んだ。
4人の笑い声が、響いていた。
空高く、天高く、響いていた。
真っ青な晴天の空、キラキラと輝く海、潮の香りの漂う風。さんさんと照らす太陽が。風奏たち、4人を見守っていた。
風奏は毎日ピアノの練習に励んだ。
毎日と言っても、英子と遊んだり、千絃と会ったり、夏休みを満喫しながら、だが。
英子と遊んでいた時だった。
「ねぇ、風奏、、。」
突然、英子が真剣な眼差しで切り出した。
「どうしたの?」
風奏は少し身構えて答える。
「あのね、、えっと、、風奏、藍川と、、付き合ったんだよね?」
「へ!?、、あ、、え、、?」
「律くんから聞いたの。それで、、あたしからも、、報告があって。あたしも、、律くんと、、付き合ってたの。」
「え!?そ、そうだったの?」
「実は、、あたしが律くんのシャーペン拾ったの、覚えてる?」
「うん、、。」
その後、千絃に、待ってるとか言われた時だったはず、、。と風奏は思い出した。
「そう、、それでね。その時に、律くんに告白されたの。」
「へぇ、、。うん?その時に、、?、、え?えぇぇええ!?そ、その時にすでに?」
「うん。今まで黙っててごめん。」
勢いよく英子は頭を下げた。
「あ、いや、驚いただけだよ。おめでとう!遅いけど、、。」
「実はね、律くんに言われたの。藍川が風奏と付き合ったら、お互い報告し合おうって。秘密にしてたんだけど、つい、律くん、って言っちゃった時あったでしょ?、普通に焦っちゃったんだよね。」
「あぁ!私が、律くん呼びに突っ込んだ時!」
「そう。バレたかなって思って、慌てて紛らわしたんだよね。」
照れたように苦笑いする。
「当時さ、風奏も暗い雰囲気だったから、あたしだけ幸せな報告なんてしたらダメだよなぁって、思ってたっていうのもあるんだよね。」
「ありがと、英子。本当におめでとう!」
にっこりと笑いかけた。
「風奏も、おめでとう!」
お互いに、笑い合った。
それから、風奏と英子はショッピングを堪能した。
「藍川なんて、風奏があげたもの全部気にいるわよ。そんなに悩まなくてもいいんじゃない?」
「でも、、せっかくの誕生日なんだし、記念にあげたいじゃん!特別な感じのさ。まぁ、まだ結構先なんだけど。」
「楽しみなのね、、。わかるわ。」
うんうんと頷く英子。
真剣に商品を見つめる風奏と英子。眉間に皺を寄せて悩んでいる。
「うーん、、。ホントになんでも喜ぶと思うけど、、。特別感ねぇ、、。あ!お揃いでなにかあげたら?」
「ぺ、ペアリング!?」
「リングとは言ってないわ。気が早いわよ、風奏。」
呆れながら英子が突っ込む。
「あ、そう、、。でも、リングのネックレスはどうかな?」
おずおずと、今思いついた案を口に出す。
「いいわね!ずっと一緒にいられますようにって感じで?」
「う、、うん。まぁ。」
英子に魂胆がバレた風奏だった。
「いいじゃない!早速買いに行こう!」
英子に引っ張られる形で、風奏はプレゼントを買いに向かった。
ピアノコンクール当日。
緊張感の中、刻一刻と風奏の番が近づいている。
風奏は外に出て、落ち着こうとしていた。
深く息を吸って、吐く。
何度も繰り返す。
手が震える。心臓も、どくどくとうるさい。頭が、緊張で真っ白になる。
「なに緊張してんだよ。」
突然、後ろから声をかけられた。
「千絃、、。」
「風奏はいい音してんだから、自信持て。ずっと練習してきただろ?それに、最後まで、ピアノ、弾けるようになっただろ?」
きつい口調の割には、千絃の表情は柔らかい。
「、、うん。」
風奏は素直に頷いた。
自然と、千絃と一緒にいると、気持ちが楽になる。緊張で押しつぶされそうな時でも、千絃が、そばにいてくれるだけで、風奏は安心できる。大丈夫だ、と感じられる。
「じゃあ、行ってくるね。」
風奏はワンピースを翻して、会場へ戻ろうとした。
「待てよ。」
「え?」
千絃はその声に振り向いた風奏の手を掴んだ。
そして、両手で包んだ。
「楽しんで、行ってこい!」
にっこりと目を細めた。
「うん!」
風奏の返事に黙って千絃は頷き、ゆっくりと両手を離した。
風奏は会場へ向かって駆けていく。
千絃は、そんな風奏を眺めてから、自らも歩き出した。
会場に入り、客席への扉を開けた。
「あ!藍川!早く早く!」
英子が客席から手を振って呼んだ。
もちろん英子も、律も、見に来ていた。
「おう。」
短く答え、律の隣に座った。
「何処行ってたの?風奏のところ?」
「、、まぁな。」
「やっぱり!」
「ちょっと、2人とも、もう演奏始まるから。それに俺を挟んで会話しないで。」
「ごめん、律くん。」
「あ、悪い。」
そんなことを話していると、会場が拍手に包まれた。
風奏の前の番の人だった。ピアノ界では結構有名なピアノの上手い少女だった。
風奏の音には敵わねぇな、、。と内心千絃は思っていた。
曲が終わり、少女は一礼する。途端にまたもや拍手喝采が起きた。
「、、、。」
「おい、ちづ。」
「なんだよ。」
「ちづにとっては面白くないかもしれないけど、ちゃんと拍手しろ。同じ演奏家なんだから。」
「、、へーい、、。」
ムスッと機嫌を悪くしながら、素直に拍手した
「ふふ、藍川ってホント、風奏のことになると可愛くなるわよね。」
「あ?うるせぇ。」
「2人とも、潮見さんの番だぞ。」
律が制すと2人は押し黙った。
すると、風奏がステージ上に出てきた。
緊張しているのがよくわかる。でも、表情はにこやかで、落ち着いている。
礼をした風奏に千絃は、人一倍の大きな拍手で応えた。
風奏は、椅子に腰掛け、滑らかに指を鍵盤の上に滑らせた。
息を吸った瞬間。
風奏の音が会場に響き渡った。
会場のすべての人が、息を呑んで、呼吸すら忘れて風奏に注目している。
そんなこと、風奏はなにも知らずに、夢中になって、弾き続けた。
心の底から、楽しんだ。奏でられることが、奇跡だと、千絃に教えてもらったから。
楽しんで行ってこいと、千絃が、言ってくれたから。
もちろん、風奏が今、弾いているのは、walking in the night だ。
自分のために。そして、千絃のために。そして、会場にいるすべての人のために。
風奏は渾身の音を、奏でた。
止まることなく、最後まで、奏で続けた。
弾けた、、。奏でられた、、。
今の感情を噛み締めながら、風奏はゆっくりと鍵盤を押して、最後の音を奏でた。
そして、指を鍵盤から、そっと離した。
「え、、?」
ふと自分が涙を流していることに気づいた。
慌てて頬に手を持っていった。手の甲で拭う。とてもあたたかな、涙だった。
そして、席をたち、観客に礼をした。
瞬間。
客席から、大きな拍手の嵐が巻き起こった。
こんなに大きな拍手で包んでもらえるなんて思っていなかった風奏は、もう一度涙が溢れてきた。
必死になって、涙を抑えた後、観客席に目を向けた。
「っ!?」
千絃が大きく手を振っていた。
そして、満面の笑みを浮かべ、グッと腕を突き出した。
よく頑張った。と言っているようだった。
涙目になりながら、風奏は大きく頷き、もう一度礼をした。
そして、歩み出し、ステージから降りた。
「風奏、、。よく頑張ったな、、。」
千絃は、姿が見えなくなった風奏に向かって呟いた。
「ちょ!?お、、お前、、泣いてんの?」
「うるせぇ!風奏には人を感動させる力があるんだよ。、、それに、嬉しいんだよ。」
と、目を右手で押さえながらぶつぶつと言い訳した。
でも手と頬の隙間から涙が流れ出ていた。
「それはそうだな。」
「確かにそうね。」
2人は頷く。
「なら、煽ってくるんじゃねぇよ!」
「ちづ、静かにしろ。次の人の番だぞ。」
「おま、、は?お前から言ってきたくせに、、」
「シッ!」
「、、チッ」
3人はそれからも、演奏を聴き続けた。
千絃にとっては、風奏が1番なので、風奏の音にずっと感動していたが。
早く風奏の元へ行きたいようで、walking in the night のリズムを刻んでいた。
そして、すべての人の演奏が終わった。
結果発表。
全演奏者がステージ上に出てきた。風奏は緊張した面持ちだった。演奏する前よりも緊張しているようだ。
大丈夫、、。風奏は、大丈夫、、。と千絃は、そう祈っていた。
「なにこっちが緊張してるんだよ。」
「は?普通するだろ?いちいちうるせぇよ。」
「ごめんごめん。こんなちづ、新鮮だからさ。」
笑みを浮かべる律。
「でも、あたしも手汗でビチャビチャ。ホントに緊張する、、。」
英子も不安そうな面持ちでステージを見つめている。
そんな話をしていると、ステージで動きがあった。
そして、アナウンスが入る。
「今回のコンクールの準優勝者を発表いたします。準優勝者、、、サイオンジミナミさん。」
会場が拍手に包まれた。
風奏の前に演奏した女子だった。
悔しそうにしながらも、前に出てきて、笑顔で賞状をもらっている。
「それでは、優勝者を発表いたします。優勝者、、、潮見風奏さん。」
またしても、拍手が巻き起こった。
風奏は信じられないと言うように口の前に手を持っていきながら周りを見ていた。
千絃、英子、律の3人は、口々に喜びの声をあげた。
一歩一歩、恐る恐る、というように風奏はステージの真ん中へ進んだ。
「潮見風奏さん。堂々の優勝です。おめでとう。」
と賞状と、トロフィーを渡された。
やっと実感が湧いてきた風奏だった。
「ありがとう、ございます、、。」
風奏は頭を下げた。
そして、前を向き、観客席へも、頭を下げた。
「やったな!風奏!!」
千絃の声が聴こえた。
やった、、。やり遂げたんだ、、。嬉しさが込み上げてきた。
風奏は満面の笑みを浮かべ、賞状とトロフィーを腕に抱いた。
会場は、拍手と風奏を讃える声でいっぱいになっていた。
「やったね!風奏!!」
会場から出てきた風奏に、英子は走り寄って抱きついた。
「うん!ありがとう!英子!」
「よく頑張ったよ!」
偉い偉いと言うように風奏の頭を撫でる英子。
「ふふっ、やったよ、、。」
またしても涙目になりながら頷いた。
「もう、、でも、よかった、、。」
「うん、、。」
「なにしんみりしてんだよ。おめでたいんだから、明るく行こうぜ!」
「そ、そうだね。」
「たしかに、あたし達なんでしんみりしてるのかしら?」
2人は見つめ合って笑い合った。
「ホントにおめでとう!最高だったぜ!」
「うんうん、最高な演奏だった!おめでとう!、、感動のあまり、泣いてたぜ。ちづが。」
「お、お前、余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
「本当に?」
風奏が千絃に訊く。
「う、うるせぇよ、、。ってか、打ち上げ行こーぜ!」
苦し紛れに話題を変えた。
その姿に3人は声をあげて笑った。
「、、いつまで笑ってんだよ!」
「ごめんごめん。じゃ、潮見さん、何処行きたい?」
まだ笑い続けている律が訊く。
「え?私?」
「風奏のための打ち上げだろーが。」
「みんな、、ありがと、、。」
「そこ感動するところじゃねぇよ。」
千絃が突っ込む。
「あ、そうだね。、、えっと、私、、。海、行きたい。」
「海?」
3人が首を傾げる。
「うん、せっかく海の近くに来たんだから。ていうか、目の前なんだから、行かないのは損じゃない?いつか、みんなで行きたいって思ってたんだ。」
「、、、行こう!!!」
3人の声が重なった。
そうして、4人は海へ向かった。
「綺麗〜!!」
空は晴れていて、海面がキラキラと光っている。
「思ったけど、俺ら、正装だったな。」
「そんなん別に気にしねぇよ。海だぜー!」
「そうだな、、、海だー!」
男子2人は早くも砂浜を駆け出して海に突っ込んで行った。波打ち際で水を掛け合っている。
「楽しそう。」
「ね、はしゃいでる。」
風奏と英子は頷き合って、走り出した。
靴を脱いで、ワンピースの裾をあげ、波に足をつける。
冷たい水が足をくすぐる。
手も、つける。
この手で、最高の、音を奏でられたんだ、、。
風奏は無言で見つめた。
「風奏〜!」
英子が水をかけてくる。
「うわッ!」
思わず声を出す。
「やったなー!えいっ!」
笑顔で、水をかけ合う。
潮風が爽やかに吹いた。
潮の香りが4人を包んだ。
4人の笑い声が、響いていた。
空高く、天高く、響いていた。
真っ青な晴天の空、キラキラと輝く海、潮の香りの漂う風。さんさんと照らす太陽が。風奏たち、4人を見守っていた。