次の日の放課後。
今日も千絃は来なかった。
何処でなにをしているのだろう。いつまで経っても、千絃が頭から離れない風奏だった。
1人寂しく廊下を歩いていた。すると、前を行く人の姿に気づいた。
──千絃!
千絃だった。
風奏にはわかった。後ろ姿だけど、千絃だ、と。わかった。
「千絃!」
叫んだ。けど、返事はない。千絃の足も止まらない。
「千絃!!、、、千絃ってば!」
風奏は千絃の後ろを追いかけた。
「千絃、、。待って!」
走って千絃に追いついた。
肩で息をし、掠れた声を出す。
「千絃」
腕を掴んだ。
千絃の肩が上下に揺れた。そして、恐る恐る後ろを向いた。
「千絃、なんで学校休んでたの?心配してたんだよ?」
勢いよく風奏は問い詰めた。
すると、千絃は悲しそうに眉間に皺を寄せた。
そして、手で耳を包み込むように触れた。
いつもしている、イヤホンをしていない。
「ごめん、、。風奏、、、。」
弱々しく目を伏せた。
「お前とは、、もう、、会わ、、ねぇ。」
「え、、?」
千絃の発した言葉の意味がわからなかった。
「もう、俺と、関わんな。」
「、、なんで?」
「会いたくねぇんだよ!」
風奏の手を振り解き、走って行った。
「会いたく、、ない?」
誰もいない廊下で風奏は呟いた。
「なんで、、?」
嫌だ、、。千絃と、もう会えなくなるなんて、、嫌だ、、。なんで、、。なんで、会えなくなるの、、?
千絃の声が聴こえない。千絃の歌が聴こえない。姿が見えない。笑顔が見れない。触れられない。そんなの、、絶対に、嫌だ、、。嫌だよ!千絃は、、嫌じゃ、、ないの、、?
ずっと、会えなくて、やっと、会えたとこなのに、なんで?なんで、何処かへ行ってしまいそうなことを、言うの?
気づけば、そう思いながら風奏は走り出していた。
千絃の場所が、何故か分かった。
──屋上
千絃は絶対にあそこにいる。
何故か、風奏は確信していた。
屋上へつながる階段の場所は未だわかっていない。
だから、風奏は音楽室に向かった。
そういえば、此処で初めて千絃と会ったんだった、、。
風奏はふと、思い出した。
最初は、なんだかとっつきにくい変なやつだと思った。
でも、一緒にいるうちに、、私を、救ってくれた。
とっても優しくて、とっても、まっすぐ。音楽の才能を持つカッコイイ人。たくさんのことを、教えてくれた、、ずっとそばにいたい大切な人、、。千絃は、私にとって、本当に、かけがえのない、大切な存在、、。
千絃への想いが、心の中に、芽生えた。
絶対に失いたくない、、。
──私が、絶対に、会いに行く。絶対に、離れたくないから、私が、千絃に会いに行く。止まってたら、だめだ。もう、同じこと、繰り返さない!
風奏は決意の火を心に宿し、屋上につながる、梯子を登った。
「千絃!」
千絃は、この前のところに立っていた。
風奏は屋上に降り立ち、もう一度名前を呼んだ。
「千絃!」
「来るな!!」
「どうして、、。どうして、そんなこと、言うの?いつも、音楽室で一緒だったじゃん!」
「もう、、違う、、。俺が、会わねぇっつったんだから、、会わねぇんだよ。」
「は?千絃が、会わないって言ってるから、会わない?なに、それ、、。そんなの理由になってない。」
「会わねぇっつってんだよ。、、俺のことなんか、構わないでくれ、、。俺に、、近づくな、、。」
「千絃が、、会いに行けって教えてくれたから、、だから、私は千絃に会いにきたんだよ?」
「知るか、、。もう、嫌なんだよ。なにもかもが、、。なにも、見たくねぇ、やりたくねぇ、触れたくねぇ。、、聴きたくねぇ。」
「私は、千絃の声が、聴きたい。千絃の歌が、聴きたい!私は、、もっと、千絃のことが、、知りたい!千絃は、、違うの?」
「違う!!音は、、大っ嫌いだ!!!」
今までよりずっと大きな声で叫んだ。
「綺麗って、言ったでしょ!!!」
負けないくらい大きな声で叫んだ。
「音は、全部、憎い、、。怖い、、。大っ嫌い、、。」
「じゃあ、、、私の音は、、?憎いの、、?怖いの、、?大っ嫌いなの、、?綺麗って、、褒めてくれたのは、、嘘、だったの?」
千絃に、静かに、訴えかけた。
「、、、ごめん、、。風奏、、。」
千絃の頬に涙が伝った。
「、、ごめん、、風奏。」
「、、、。」
風奏はなにも言わずに、ただ首を振った。
「全部、、嘘だ、、忘れて、、。」
風奏の目から涙が溢れ出した。
「全部、違う、、。なにもかも、今言ったこと全部、違う。」
黙って、風奏は千絃の言葉に耳を傾けた。
「本当は、違うんだ。俺、、風奏の音、憎くない。怖くない。大っ嫌いじゃ、ない。、、大好きだ。優しくて、悲しくて、儚くて、綺麗で。本当に大好きだ。」
千絃の目から涙が溢れでる。
風奏の目からも、同じように溢れる。
「ありがと。千絃。、、全部、私に吐き出して。ずっと、、辛かったんだよね?、、もう、、わかったから、、。」
風奏は優しく笑みを浮かべ、訴えた。
千絃はハッと息を吸い込み、風奏を見つめた。
「ごめん、、。風奏、、。」
千絃は、風奏の元に歩み寄った。
そして、語り出した。
「俺、耳が、、聞こえないんだ。」
俺は小学校の頃から、音楽が好きだった。
歌うこと、聴くこと、奏でること、全てが大好きだった。そして、俺は親友の律を誘って、バンドを組んだ。律は、ギターが好きで、小学生の頃から習っていた。俺が、「バンド、組まないか?」と誘うと、「本当に?俺でいいの?一緒にやろう!」と言ってくれた。
そして俺たちは、中学進学とともに、バンド、strings melody. (ストリングス メロディ)を結成した。でも、当時はまだ曲は作れなくて、有名曲のカバーをしていた。ネットにそれをあげてみた。半分遊びで、半分本気だった。もし、自分たちが、世の中に認められたら、、。そう、願って、、。
でも、そんなに人生、うまく行くわけない。
動画を上げてから、半年経っても、再生回数は、伸びなかった。
コメント欄には、『綺麗な歌声』『中学生でコレ!?すごい!』と褒めてくれるものもあるが、、。
『下手、、。』『中学生だからって調子乗ってるんじゃねぇの?』と反対意見がある。
正直俺はショックだった。結構自分の歌声にも自信があったし、律のギターも上手いと思っていた。
そして、悔しかった。だから、律と決めた。
絶対に見返してやるって。
歌の練習を3倍に増やした。ボイストレーナーのところへ通う日も、週2日から、週5日に増やした。
律も、ギターの練習時間を増やしていた。ギターのレッスンも増やしたらしい。
夏休みから、2年生進学までの約半年の間、俺たちは学業を疎かにするほど、音楽に打ち込んだ。
全然苦ではなかった。ものすごく、楽しかった。俺たちの音楽が、どんどん成長して、より良いものができていると、感じたからだ。
さすがに、2年生になってからはちゃんと勉強と音楽を両立した。俺たちは第一に学生だったから、当然だった。半年、音楽に費やす代わりに、2年生からは、ちゃんと勉強もすると言う約束であの半年の時間を使ったからだ。
自分たちの音楽ができてきて、自信がつき始めた時だった。ついに、自分たちで、新曲を作ろうという話になった。
俺に異変が起きたのは、その、2年生の夏休み、だった。
律と集まって、曲作りについて相談していた時だった。
急に、耳の奥が痛くて、ものすごく、変な気持ちになった。周りの音が、、スウッと消えた。でも、、また、聞こえるようになる。違和感は残ったまま。嫌な予感が、俺を襲った。
その、嫌な予感通り、、夏休みが終わる頃、俺の左耳は、、聞こえなくなった。
右耳も、聞こえにくい状態になった。
両耳とも完全に、聞こえなくなった、っていうわけじゃなかった。幸い、補聴器をつけると、並の聴力に戻った。
でも、医者には、もとのように聞こえるようになるかわからない。完治するか、聞こえなくなるかのどちらかだ。って言われた。どんどんこれから、聴力が落ちていくだろう。治療はするが、聴力がなくなる可能性が高い。そう宣告された。
音が、、初めて、、憎く感じた。
、、嫌いになった。
音楽活動も、できなくなるかもしれない。せっかく見つけた俺の居場所を、自分の手で、奪ってしまうかもしれない、、そう思えてならなかった。
意気消沈の中、律に、、耳のこと、全て打ち明けた。
すると、
「ちづは、やりたくないの?やりたいの?」
と訊いてきた。
「やりたいよ。やりたいけど、、どんどん聞こえなくなる、、。絶対これから、迷惑かける、、。」
「俺に、迷惑かける、かけねぇで、そんなこと決めんじゃねぇよ。ちづがやりたいなら、、やれよ!お前なら、歌えるだろ?たとえ、耳が聞こえなくなったとしても。ちづは、俺の、、最強で、最高の、相棒なんだぜ。」
律のその言葉で、俺は心を決めた。
もし、耳が聞こえなくなったとしても、俺は歌い続けるって。歌手であり続けるって。
そして、耳が聞こえなくなる恐怖と、治ってくれるんじゃないか、という淡い期待も込めて、Night Melody をかきあげた。
そして、ネットにあげた。
今度は、なんと反響を呼んだ。
俺たちの努力が、、実った瞬間だと思った。
俺たちは、スタートラインに立てただけだった。
だけど、俺たちの歌を、みんなに聴いてもらえる日が来るなんて、奇跡だと思った。
中学生だから、という理由で話題も呼んだが、それ以前に、応援してくれる人たちはそれが理由ではなかった。ちゃんと、俺たちの声に耳を傾けてくれて、ファンになってくれたのだった。それがなにより奇跡だと思った。
本当に嬉しかった。でも、手放しに俺は喜べなかった。
だって、、また、、聴力が落ちるかもしれなかったから。
さすがにネットに、俺の耳には障がいがある、なんて、言えるわけがなかった。自分たちの評価も、絶対下がる。俺たちの努力が、無駄になる。俺の、、耳のせいで、、ずっと、不安だった。大きな不安の中だったけど、俺は、音楽活動を続けた。耳の治療も続けた。
中学3年の夏には、耳の聴力は落ち着いた。
聴力が、少し、回復したのだった。
でも、いつまた落ちてもおかしくないから、補聴器をつけておこうということになった。
今でも、イヤホン型補聴器をつけている。
だけど、ざわざわした中ではやっぱり聞きにくい。だから、たまに、別教室で授業を受けさせてもらっている。どうしても聞きにくく、授業についていけない時がある。中学の頃からそういうスタイルで勉強をしている。周りは俺がサボってるって思ってたみたいだけど、、まぁ、たまに、サボッてるけど。
それは、置いといて、無事、中学3年間、音楽と勉強を両立して中学校を卒業した。
その間の音楽活動で、たくさんの人たちに俺たちの音楽を聴いてもらえた。律、、いや、りちと、音楽を奏でられて本当に嬉しかった。そして、楽しかった。
音楽活動は俺に、音楽の喜びを、教えてくれた。
でも、、その分、不安を、、恐怖を、与えた。
朝になって、目が覚めたらもう、なにも聞こえなくなるんじゃないか。周りの音が無音になって、音楽の世界から、追い出されるのではないか。という、一生付きまとう恐怖に毎日襲われた。
怖かった。音なんかがあるからだって思い、音が憎かった。
でも、、自分から音楽を捨てるなんてできなかった。
音楽をやめることなんて、できなかった。
音楽の楽しさを知っていたから。
音があるから、俺は、音楽を奏でられるから。
俺の、大切なものは、音楽なんだ。
そんな中、俺は高校に進学した。
そして、俺は出会った。
とても綺麗な音を奏でる少女に。
1人ピアノを奏でる、風奏という少女に。
風奏の音を初めて聴いた時、悲しくて、でも、、あたたかいなって思った。風奏の音は、希望を与えてくれると思った。何故か、大丈夫だ。自信を持て。そう言ってるように感じた。あたたかな、希望を、風奏は奏でていた。
俺は、その音に、すごく救われた。風奏の音を聴いていたら、耳の不安も何処かへ行ってしまうし、音の恐怖も感じなくなる。
本当に希望だと思った。
綺麗な、風奏の音で、俺の心は救われた。
「俺、風奏の音のおかげで、音に対する気持ちが変わったんだ。音があるからこそ、みんなに、音楽として、希望を与えられる。音は希望の光なんだって。そう気づけたんだ。、、今まで、どういう気持ちで歌手してきたんだよって突っ込まれる気がするけど、、。改めて、音の、大切さっていうのかな、、なんて言ったらいいかわかんねぇけど、、とにかく、音が、希望に、変わったんだ。風奏の音に、俺は救われたんだ。」
少し頬を赤くしながらつぶやいた。
風奏は笑顔で見つめた。
「でも、、6月の終わりくらいから、また、、聴力が落ちた。病院行ったり、検査入院とかしたりしてたから学校は休みがちになってた。」
「え!そう、、だったの?、、あ!じゃあ、やっぱり、村雨くんが言ってたのって、嘘だったの?音楽活動で忙しいとかいうやつ。」
「いや、、新曲を作ってたのは事実だ。だから、、嘘ではねぇけど、、。りちの奴、なにおっきく言ってんだよ。」
ブツブツ呟いた。
「また、音が聞こえなくなるって、怖くてたまらなくなった。だって、、せっかく、希望が見えたっていうのに、、また、無くなるんだぜ。本当に怖くてたまらなかった。だから、希望の光なんて、なかったことにしようって、思っちまったんだよ。」
自嘲していった。
「だから、、もう、、会わないって?」
「あぁ。今日、病院の検査の帰りで。久しぶりに屋上行きたいなって思って、学校に来たんだけど、イヤホンするの忘れてて。病院では、外してたから、、。そのまま外したまま来ちまって。、、マジで焦って、聞こえないの絶対風奏にバレたから、いい機会だからって思った。ホントに馬鹿なことした。、、だって俺、俺自身が風奏から離れられねぇのに。風奏のこと大好きなのに。大嫌いとか言ってさ。で、言っておきながら嘘ついたのが耐えきれねぇんだもん。マジで馬鹿。」
「え、、。」
話の中で千絃が、風奏に告白めいたことを言った。
風奏は絶句した。
「俺、風奏と出会って、音が希望に変わった。一生、音に苦しんで生きていくと思ってた。けど、変えてくれた。俺を変えてくれた風奏のこと、大好き。俺を変えてくれてありがとう。俺に、希望を与えてくれて、ありがとう。」
真っ直ぐに風奏を見て、伝えた。
「こちらこそ、、ありがとう、、。」
なんて言ったら良いのかわからず、風奏は途切れ途切れに答えた。
そして、千絃の存在を確かめるように千絃の肩に頭を乗せた。
「大好きだよ、、。千絃。」
目を閉じて風奏は呟いた。
「私がちゃんと、千絃に、希望を与え続けるから。大丈夫だよ。」
今日も千絃は来なかった。
何処でなにをしているのだろう。いつまで経っても、千絃が頭から離れない風奏だった。
1人寂しく廊下を歩いていた。すると、前を行く人の姿に気づいた。
──千絃!
千絃だった。
風奏にはわかった。後ろ姿だけど、千絃だ、と。わかった。
「千絃!」
叫んだ。けど、返事はない。千絃の足も止まらない。
「千絃!!、、、千絃ってば!」
風奏は千絃の後ろを追いかけた。
「千絃、、。待って!」
走って千絃に追いついた。
肩で息をし、掠れた声を出す。
「千絃」
腕を掴んだ。
千絃の肩が上下に揺れた。そして、恐る恐る後ろを向いた。
「千絃、なんで学校休んでたの?心配してたんだよ?」
勢いよく風奏は問い詰めた。
すると、千絃は悲しそうに眉間に皺を寄せた。
そして、手で耳を包み込むように触れた。
いつもしている、イヤホンをしていない。
「ごめん、、。風奏、、、。」
弱々しく目を伏せた。
「お前とは、、もう、、会わ、、ねぇ。」
「え、、?」
千絃の発した言葉の意味がわからなかった。
「もう、俺と、関わんな。」
「、、なんで?」
「会いたくねぇんだよ!」
風奏の手を振り解き、走って行った。
「会いたく、、ない?」
誰もいない廊下で風奏は呟いた。
「なんで、、?」
嫌だ、、。千絃と、もう会えなくなるなんて、、嫌だ、、。なんで、、。なんで、会えなくなるの、、?
千絃の声が聴こえない。千絃の歌が聴こえない。姿が見えない。笑顔が見れない。触れられない。そんなの、、絶対に、嫌だ、、。嫌だよ!千絃は、、嫌じゃ、、ないの、、?
ずっと、会えなくて、やっと、会えたとこなのに、なんで?なんで、何処かへ行ってしまいそうなことを、言うの?
気づけば、そう思いながら風奏は走り出していた。
千絃の場所が、何故か分かった。
──屋上
千絃は絶対にあそこにいる。
何故か、風奏は確信していた。
屋上へつながる階段の場所は未だわかっていない。
だから、風奏は音楽室に向かった。
そういえば、此処で初めて千絃と会ったんだった、、。
風奏はふと、思い出した。
最初は、なんだかとっつきにくい変なやつだと思った。
でも、一緒にいるうちに、、私を、救ってくれた。
とっても優しくて、とっても、まっすぐ。音楽の才能を持つカッコイイ人。たくさんのことを、教えてくれた、、ずっとそばにいたい大切な人、、。千絃は、私にとって、本当に、かけがえのない、大切な存在、、。
千絃への想いが、心の中に、芽生えた。
絶対に失いたくない、、。
──私が、絶対に、会いに行く。絶対に、離れたくないから、私が、千絃に会いに行く。止まってたら、だめだ。もう、同じこと、繰り返さない!
風奏は決意の火を心に宿し、屋上につながる、梯子を登った。
「千絃!」
千絃は、この前のところに立っていた。
風奏は屋上に降り立ち、もう一度名前を呼んだ。
「千絃!」
「来るな!!」
「どうして、、。どうして、そんなこと、言うの?いつも、音楽室で一緒だったじゃん!」
「もう、、違う、、。俺が、会わねぇっつったんだから、、会わねぇんだよ。」
「は?千絃が、会わないって言ってるから、会わない?なに、それ、、。そんなの理由になってない。」
「会わねぇっつってんだよ。、、俺のことなんか、構わないでくれ、、。俺に、、近づくな、、。」
「千絃が、、会いに行けって教えてくれたから、、だから、私は千絃に会いにきたんだよ?」
「知るか、、。もう、嫌なんだよ。なにもかもが、、。なにも、見たくねぇ、やりたくねぇ、触れたくねぇ。、、聴きたくねぇ。」
「私は、千絃の声が、聴きたい。千絃の歌が、聴きたい!私は、、もっと、千絃のことが、、知りたい!千絃は、、違うの?」
「違う!!音は、、大っ嫌いだ!!!」
今までよりずっと大きな声で叫んだ。
「綺麗って、言ったでしょ!!!」
負けないくらい大きな声で叫んだ。
「音は、全部、憎い、、。怖い、、。大っ嫌い、、。」
「じゃあ、、、私の音は、、?憎いの、、?怖いの、、?大っ嫌いなの、、?綺麗って、、褒めてくれたのは、、嘘、だったの?」
千絃に、静かに、訴えかけた。
「、、、ごめん、、。風奏、、。」
千絃の頬に涙が伝った。
「、、ごめん、、風奏。」
「、、、。」
風奏はなにも言わずに、ただ首を振った。
「全部、、嘘だ、、忘れて、、。」
風奏の目から涙が溢れ出した。
「全部、違う、、。なにもかも、今言ったこと全部、違う。」
黙って、風奏は千絃の言葉に耳を傾けた。
「本当は、違うんだ。俺、、風奏の音、憎くない。怖くない。大っ嫌いじゃ、ない。、、大好きだ。優しくて、悲しくて、儚くて、綺麗で。本当に大好きだ。」
千絃の目から涙が溢れでる。
風奏の目からも、同じように溢れる。
「ありがと。千絃。、、全部、私に吐き出して。ずっと、、辛かったんだよね?、、もう、、わかったから、、。」
風奏は優しく笑みを浮かべ、訴えた。
千絃はハッと息を吸い込み、風奏を見つめた。
「ごめん、、。風奏、、。」
千絃は、風奏の元に歩み寄った。
そして、語り出した。
「俺、耳が、、聞こえないんだ。」
俺は小学校の頃から、音楽が好きだった。
歌うこと、聴くこと、奏でること、全てが大好きだった。そして、俺は親友の律を誘って、バンドを組んだ。律は、ギターが好きで、小学生の頃から習っていた。俺が、「バンド、組まないか?」と誘うと、「本当に?俺でいいの?一緒にやろう!」と言ってくれた。
そして俺たちは、中学進学とともに、バンド、strings melody. (ストリングス メロディ)を結成した。でも、当時はまだ曲は作れなくて、有名曲のカバーをしていた。ネットにそれをあげてみた。半分遊びで、半分本気だった。もし、自分たちが、世の中に認められたら、、。そう、願って、、。
でも、そんなに人生、うまく行くわけない。
動画を上げてから、半年経っても、再生回数は、伸びなかった。
コメント欄には、『綺麗な歌声』『中学生でコレ!?すごい!』と褒めてくれるものもあるが、、。
『下手、、。』『中学生だからって調子乗ってるんじゃねぇの?』と反対意見がある。
正直俺はショックだった。結構自分の歌声にも自信があったし、律のギターも上手いと思っていた。
そして、悔しかった。だから、律と決めた。
絶対に見返してやるって。
歌の練習を3倍に増やした。ボイストレーナーのところへ通う日も、週2日から、週5日に増やした。
律も、ギターの練習時間を増やしていた。ギターのレッスンも増やしたらしい。
夏休みから、2年生進学までの約半年の間、俺たちは学業を疎かにするほど、音楽に打ち込んだ。
全然苦ではなかった。ものすごく、楽しかった。俺たちの音楽が、どんどん成長して、より良いものができていると、感じたからだ。
さすがに、2年生になってからはちゃんと勉強と音楽を両立した。俺たちは第一に学生だったから、当然だった。半年、音楽に費やす代わりに、2年生からは、ちゃんと勉強もすると言う約束であの半年の時間を使ったからだ。
自分たちの音楽ができてきて、自信がつき始めた時だった。ついに、自分たちで、新曲を作ろうという話になった。
俺に異変が起きたのは、その、2年生の夏休み、だった。
律と集まって、曲作りについて相談していた時だった。
急に、耳の奥が痛くて、ものすごく、変な気持ちになった。周りの音が、、スウッと消えた。でも、、また、聞こえるようになる。違和感は残ったまま。嫌な予感が、俺を襲った。
その、嫌な予感通り、、夏休みが終わる頃、俺の左耳は、、聞こえなくなった。
右耳も、聞こえにくい状態になった。
両耳とも完全に、聞こえなくなった、っていうわけじゃなかった。幸い、補聴器をつけると、並の聴力に戻った。
でも、医者には、もとのように聞こえるようになるかわからない。完治するか、聞こえなくなるかのどちらかだ。って言われた。どんどんこれから、聴力が落ちていくだろう。治療はするが、聴力がなくなる可能性が高い。そう宣告された。
音が、、初めて、、憎く感じた。
、、嫌いになった。
音楽活動も、できなくなるかもしれない。せっかく見つけた俺の居場所を、自分の手で、奪ってしまうかもしれない、、そう思えてならなかった。
意気消沈の中、律に、、耳のこと、全て打ち明けた。
すると、
「ちづは、やりたくないの?やりたいの?」
と訊いてきた。
「やりたいよ。やりたいけど、、どんどん聞こえなくなる、、。絶対これから、迷惑かける、、。」
「俺に、迷惑かける、かけねぇで、そんなこと決めんじゃねぇよ。ちづがやりたいなら、、やれよ!お前なら、歌えるだろ?たとえ、耳が聞こえなくなったとしても。ちづは、俺の、、最強で、最高の、相棒なんだぜ。」
律のその言葉で、俺は心を決めた。
もし、耳が聞こえなくなったとしても、俺は歌い続けるって。歌手であり続けるって。
そして、耳が聞こえなくなる恐怖と、治ってくれるんじゃないか、という淡い期待も込めて、Night Melody をかきあげた。
そして、ネットにあげた。
今度は、なんと反響を呼んだ。
俺たちの努力が、、実った瞬間だと思った。
俺たちは、スタートラインに立てただけだった。
だけど、俺たちの歌を、みんなに聴いてもらえる日が来るなんて、奇跡だと思った。
中学生だから、という理由で話題も呼んだが、それ以前に、応援してくれる人たちはそれが理由ではなかった。ちゃんと、俺たちの声に耳を傾けてくれて、ファンになってくれたのだった。それがなにより奇跡だと思った。
本当に嬉しかった。でも、手放しに俺は喜べなかった。
だって、、また、、聴力が落ちるかもしれなかったから。
さすがにネットに、俺の耳には障がいがある、なんて、言えるわけがなかった。自分たちの評価も、絶対下がる。俺たちの努力が、無駄になる。俺の、、耳のせいで、、ずっと、不安だった。大きな不安の中だったけど、俺は、音楽活動を続けた。耳の治療も続けた。
中学3年の夏には、耳の聴力は落ち着いた。
聴力が、少し、回復したのだった。
でも、いつまた落ちてもおかしくないから、補聴器をつけておこうということになった。
今でも、イヤホン型補聴器をつけている。
だけど、ざわざわした中ではやっぱり聞きにくい。だから、たまに、別教室で授業を受けさせてもらっている。どうしても聞きにくく、授業についていけない時がある。中学の頃からそういうスタイルで勉強をしている。周りは俺がサボってるって思ってたみたいだけど、、まぁ、たまに、サボッてるけど。
それは、置いといて、無事、中学3年間、音楽と勉強を両立して中学校を卒業した。
その間の音楽活動で、たくさんの人たちに俺たちの音楽を聴いてもらえた。律、、いや、りちと、音楽を奏でられて本当に嬉しかった。そして、楽しかった。
音楽活動は俺に、音楽の喜びを、教えてくれた。
でも、、その分、不安を、、恐怖を、与えた。
朝になって、目が覚めたらもう、なにも聞こえなくなるんじゃないか。周りの音が無音になって、音楽の世界から、追い出されるのではないか。という、一生付きまとう恐怖に毎日襲われた。
怖かった。音なんかがあるからだって思い、音が憎かった。
でも、、自分から音楽を捨てるなんてできなかった。
音楽をやめることなんて、できなかった。
音楽の楽しさを知っていたから。
音があるから、俺は、音楽を奏でられるから。
俺の、大切なものは、音楽なんだ。
そんな中、俺は高校に進学した。
そして、俺は出会った。
とても綺麗な音を奏でる少女に。
1人ピアノを奏でる、風奏という少女に。
風奏の音を初めて聴いた時、悲しくて、でも、、あたたかいなって思った。風奏の音は、希望を与えてくれると思った。何故か、大丈夫だ。自信を持て。そう言ってるように感じた。あたたかな、希望を、風奏は奏でていた。
俺は、その音に、すごく救われた。風奏の音を聴いていたら、耳の不安も何処かへ行ってしまうし、音の恐怖も感じなくなる。
本当に希望だと思った。
綺麗な、風奏の音で、俺の心は救われた。
「俺、風奏の音のおかげで、音に対する気持ちが変わったんだ。音があるからこそ、みんなに、音楽として、希望を与えられる。音は希望の光なんだって。そう気づけたんだ。、、今まで、どういう気持ちで歌手してきたんだよって突っ込まれる気がするけど、、。改めて、音の、大切さっていうのかな、、なんて言ったらいいかわかんねぇけど、、とにかく、音が、希望に、変わったんだ。風奏の音に、俺は救われたんだ。」
少し頬を赤くしながらつぶやいた。
風奏は笑顔で見つめた。
「でも、、6月の終わりくらいから、また、、聴力が落ちた。病院行ったり、検査入院とかしたりしてたから学校は休みがちになってた。」
「え!そう、、だったの?、、あ!じゃあ、やっぱり、村雨くんが言ってたのって、嘘だったの?音楽活動で忙しいとかいうやつ。」
「いや、、新曲を作ってたのは事実だ。だから、、嘘ではねぇけど、、。りちの奴、なにおっきく言ってんだよ。」
ブツブツ呟いた。
「また、音が聞こえなくなるって、怖くてたまらなくなった。だって、、せっかく、希望が見えたっていうのに、、また、無くなるんだぜ。本当に怖くてたまらなかった。だから、希望の光なんて、なかったことにしようって、思っちまったんだよ。」
自嘲していった。
「だから、、もう、、会わないって?」
「あぁ。今日、病院の検査の帰りで。久しぶりに屋上行きたいなって思って、学校に来たんだけど、イヤホンするの忘れてて。病院では、外してたから、、。そのまま外したまま来ちまって。、、マジで焦って、聞こえないの絶対風奏にバレたから、いい機会だからって思った。ホントに馬鹿なことした。、、だって俺、俺自身が風奏から離れられねぇのに。風奏のこと大好きなのに。大嫌いとか言ってさ。で、言っておきながら嘘ついたのが耐えきれねぇんだもん。マジで馬鹿。」
「え、、。」
話の中で千絃が、風奏に告白めいたことを言った。
風奏は絶句した。
「俺、風奏と出会って、音が希望に変わった。一生、音に苦しんで生きていくと思ってた。けど、変えてくれた。俺を変えてくれた風奏のこと、大好き。俺を変えてくれてありがとう。俺に、希望を与えてくれて、ありがとう。」
真っ直ぐに風奏を見て、伝えた。
「こちらこそ、、ありがとう、、。」
なんて言ったら良いのかわからず、風奏は途切れ途切れに答えた。
そして、千絃の存在を確かめるように千絃の肩に頭を乗せた。
「大好きだよ、、。千絃。」
目を閉じて風奏は呟いた。
「私がちゃんと、千絃に、希望を与え続けるから。大丈夫だよ。」