梨乃と相澤くん最後すごく心配してたな…柚奈も流石に今日ので私の気持ち気づいたんじゃないかな…相澤くんが私を好きって知って柚介はどう思ったのかな…そんなことを思っていると、泣き疲れたのかいつの間にか寝てしまっていた。
 目が覚めるともう朝になっていて、ソファーで寝てしまっていた私には毛布がかけられていた。
 やりっぱなしだった昨日の食器とかも洗われている。お母さん、仕事から帰ってきてやってくれたんだ…

 ガチャっと音が鳴り、リビングのドアが開いた。朝のジョギングから帰ってきたお母さんが、汗を拭きながらキッチンで常温の水を飲んだ。

 「おはよお母さん」
 「おはよう、珍しいわねソファーで寝ちゃうなんて」
 「うん、昨日はちょっと色々あって」
 「みんな来てたんでしょう?」
 「そう…お母さん今日仕事は?」
 「それがなんとね、入社以来初めてのクリスマス休みなの!」
 
 嬉しそう…。こんなウキウキしている母親を見たのはいつぶりだろうか。
 
 「へーよかったね」
 「んでさ、今日の夜ディナーに行かない?」
 「私とじゃなくても、お母さんとクリスマスデートしたい男の人たくさんいそうだけど」
 「何言ってんの、私そう言うのもういいの。ほら、いいでしょ、久しぶりに行こうよ」
 「んー、まあいいけど」

 私も予定があるわけじゃないし、今一人で居るよりは…マシだよね。
 衣装部屋から今日の服を選ぶ。少しだけ着飾って、久しぶりに高級ディナーに出かけた。

 お母さん、相変わらず綺麗だな…。目の前にいる自分の母親に見惚れるくらいだった。

 「何?」
 「いや、沖田アナウンサーってやっぱり綺麗だなと思って」
 「何よそれ、恵菜だって綺麗になったわよ」
 「私はそんなことないよ」
 「ううん、大人になったわね。お母さん、ちょっとびっくりしてるわ」
 「何が?」
 「その服ね、お母さんが若い頃に大事に着てた服なの、だからかな、昔の私にそっくりよ」
 「そう…なの?」
 「うん、お父さんが買ってくれた洋服でね、いつか恵菜に着てほしいって思ってたのよ」
 「そうなんだ…てか、お父さんに買ってもらった服まだ取って置いてたんだ…しかもこんな綺麗に」
 「そりゃ、着てはないけどクリーニングに出してたからね毎年」
 「毎年?!」
 「そうよ〜いつ恵菜が手にするかわからないからね」
 「でもお母さんって、お父さんのこと嫌いなんじゃ」
 「嫌いー?むしろ好きよ、未だにね」

 コース料理のお肉を口に運びながら、初めてお母さんの口からお父さんの話を聞いた。

 「いつかね、恵菜にお父さんの話をしないとって思ってたの。先伸ばしにしてたのは、私の心の準備のせいよ。忙しい忙しいって言ってあまり顔合わせれなくてごめんね。お父さんについて恵菜に聞かれるのが怖かったのよ」
 「別に私は無理して聞かないよ、話してくれなくても別にいいし。今更お父さんの話聞いても、わたしたち置いて出てったのには変わりないし」

 お母さんと私を置いて出てった人の話を私がわざわざ聞くはずがない。二人で今までなんとかやってきたわけだし、お金や住む場所にも困ってないんだから。

 「恵菜、好きな人いるでしょ」
 「え?…別に、いないよ好きな人なんて」
 「隠さなくてもいいのに」

 お母さんはいじけたようにワインを口に運んだ。

 「片思いだし、昨日あいつ彼女できたし、失恋ほやほやなの」

 どうしてお母さんにこんな話…と思うけど、別に悪い気はしない。親子で恋愛の話をするのに少し憧れていた自分がいたことを自覚した。

 「やっぱり、柚介くんでしょ」
 「え。なんでわかんの」
 「分かるわよ〜一応母親だからね」
 「彼女できたのね」
 「そう、私のことなんて眼中にないの。私は一生柚介の友達以上幼馴染以下なんだよ」
 「幼馴染以下って何よ〜」
 「だって完璧な幼馴染ではないでしょ?でもただの友達とは違う。親友とも違って、戦友でもない。ホント私たちってなんなんだろう。てか、こうやって思ってるのもきっと私だけなんだろうな〜柚介なーんも考えてないもん絶対」
 「男の子はね〜ややこしいこと苦手だから」
 「あ、て言うか、私の話じゃなくて、お母さんとお父さんの話聞かせてよ」
 「え?ああ、そうね〜」

 食後のコーヒーが来て、私は紅茶を飲んだ。ブラックはまだ飲めない。まだまだ子供だなと感じる。

 「お父さんは、高校の先生だった。平日だけじゃなくて、土日も部活の遠征やら大会やらで家にほとんどいなかったの。付き合っていた時からそんな感じで、理解した上で結婚したんだけど、恵菜が生まれてからは余計にその姿が目につくようになっていってね、喧嘩もするようになった。お父さんは生徒思いのいい先生だって評判が良くて、保護者から何度もお礼の電話とか手紙が届いたわ。でもその頃は、私も今の地位にいなかったし、将来が不安で余裕がなくて、自分の子は放ったらかしでよその子ばっかりだって怒ったりしたの。今思うと、お父さんは先生として当たり前のことしかしてなかったんだけどね、毎日残業して帰ってくるお父さんの姿を見て、その熱量が一生私と恵菜に向けられないんじゃないかって思ったの。そんなこと思ってる自分が嫌で、お父さんは悪いことしてないのにイライラしてる自分が嫌で、それで、私が恵菜を抱えて家を出ていったの。恵菜からお父さん奪ってごめんね」
 「そんなこと…」

 何この変な気持ち。
 誰も何も悪くないじゃん。お母さん、今でもお父さんのこと好きってさっき言ってたし…。

 「どうして今私にお父さんの話をしたの?」
 「それがね…お父さんから連絡があったんだついこないだ」
 「え?」
 「会いたいんだって、恵菜に」
 「えでもいきなりだし…」
 「そう、急にどうしたんだろうって思って聞いたらね、再婚するんだってお父さん」
 「…!」
 「私たちの歳で再婚って…て思うでしょ?でも素敵なことだと思うの。将来のパートナーを見つけたんだなって。ちょっと、悔しいけどね」
 「お母さんは、さっき今でも好きだって言ってたじゃん。いいの?再婚しちゃって」
 「いいの。お父さんと別れて、10年以上全然連絡とってなかったけど、お父さんのことを想えて幸せだった」
 「そんな…どうして好きなのに連絡取らなかったの?私がいたから?」
 「ううん、違う。私が私の気持ちに負けちゃうと思ったから。自分から飛び出していったのに、お父さんに連絡したら、また好きって気持ちだけが先行すると思ったの。好きだけじゃね、結婚はやっていけないのよ。大人になると恵菜もきっと分かるよ」
 「そう…かな」
 「でも、自分が好きになった人や好きになった時の自分を、忘れなくていいの。失恋したり、離れないといけない人だったとしても、大切な箱にしまって鍵をかけておくだけでいいの。たまに開けて、自己憐憫に浸る時もあっていいの。それが人生だし、それが恋愛なんだとお母さんは思うんだよ」
 「どうしたの急にお母さんらしくないね」
 「昨日夜、泣きながら寝てる恵菜を見て思ったの。昔の自分みたいだなって。お母さんらしいこと普段何もできてないけど、何か伝えられたらと思って…」

 お母さんなりに、たくさん悩んでくれたんだろうな。私の涙を見ただけで、失恋の涙だと分かるなんて、立派なお母さんじゃん。なんだ、私ってちゃんと愛されてるじゃん。

 「ありがとう、お母さん。私、お父さんに会ってみたい」
 「いいの?嫌じゃない?」
 「うん、大丈夫。私だって子供じゃないし、お母さんがそんなにも好きな人、見ないと損する気がするし」
 「あはは、何よそれ」
 「お母さん、今までなんかたくさん勘違いしてたかも。いつも頑張ってくれてありがとう」
 「え…何急に…泣きそう」
 「なんで泣くのー!」

 こうやって二人で笑い合ったのはいつぶりだろう。
 すれ違ってばかりだった親子の時間が、動き出したような、そんな気持ちになった。