クリスマスを前日に迎えたイブの日。私たちはクリスマスパーティを開くことになった。17時に私の家にみんなが集まる予定だ。今日はいつもの四人に加えて、柚奈と、同じクラスで私の後ろの席の相澤くんも参加する。柚奈を誘いたいという柚介の頼みを私は飲み込んで、「だったらもう一人男子誘ってきてよ」と投げやりで言った言葉から相澤くんは誘われた。プリントを回す時くらいしか接点がないから正直仲良く話せるかは不安だ。
 柚介がこの家に来るのはいつぶりだろう。もう一年は来ていないように思える。枯れたお花を新しいのに替えて、隅々まで掃除をした。柚介の好きな美希ちゃん伝授の唐揚げを作って、ピザの配達の予約をした。飲み物はにみんながそれぞれ飲みたいものを持ってくる予定。洗濯物を見られないように早めに畳んで片付ける。そしてテレビを見ているとインターホンが鳴った。

 「はーい」
 「恵菜〜きたよ〜」
 「あけまーす」

  みんなでどこかに集合してきたのだろう、モニターに映ったのは5人揃った状態だった。リビングの広さに、初めて家に訪れた柚奈と相澤くんは驚いているようだ。キョロキョロと周りを見渡している。柚介は慣れた手付きで冷蔵庫を開けて、みんなの飲み物を入れた。
 今日はプレゼント交換もするからか、みんなの荷物が多い。ソファーの横にクリスマス柄の袋が並ぶ。なんだか気分が上がってきた。クリスマスは一年で一番好きなイベントだったなと思い出す。

 「恵菜?どうした」
 「ううん。ちょっと昔のこと思い出してて」
 「昔のこと?」
 「そう。初めて柚介とクリスマスパーティしたの小6の受験前だったな〜って」
 「あー確かに。母ちゃんが張り切ってたよな」
 「そうそう。美希ちゃんがいきなり「うちでクリスマスパーティやろうよ!」って言い出してね」
 「母ちゃんいっつも急なんだよ。特に恵菜のことになると一緒に一緒にってうるさいんだからさ」
 「美希ちゃん私のこと大好きだもんね〜」 
 「娘みたいに思ってんだろ」
 「だね。あ、あん時柚介がくれたやつがさ、」
 「ちょっとそこ何やってんの〜?早くきて!」

 私はあの時に柚介からもらったサンタとトナカイのスノードームまだあるよと言いたかったのに、遮られてしまった。
大事に大事に、引っ越しても大事に持っていた。私の部屋の一番目立つ、棚の上に置いてある。それをみる度に、柚介のことを思い出せるからだ。これを買った時どんな感じだったんだろうとか、恥ずかしくなかったのかなとか、そんなことを考えるのが楽しい。

 「よーし。じゃあクリスマスパーティ開催ってことでいいかな?」

 料理が揃ったテーブルをみんなで囲むと、梨乃が浮ついた声で言った。

 「せーの。メリークリスマース!!」

 みんなで乾杯をする。相澤くんだけ少し戸惑っている様子で微妙に出遅れた。そんな相澤くんのグラスに、私は少しだけ強くグラスを打ちつけた。ニコッと笑うと、ニコッと笑ってくれた。なんだかいい人そうだ。私はまた、クールそうな見た目で誤解していたみたいだった。

 プレゼント交換が終わって、私は龍が選んだ「足ツボタイル」が当たってしまった。

「ねえ龍、もっとクリスマスっぽいのにしてよね〜」
「いいじゃん!足ツボ!俺がほしいくらいだわ!」
「自分がほしいやつプレゼントにしないでよ!」
「恵菜…龍にプレゼントのセンスないのよーくわかったでしょ」
「うんよくわかったよ。毎年変なプレゼントもらってた梨乃の気持ちが」
「変なって!おい梨乃!俺があげたプレゼント変な物とか言ってたのかよ!」
「だって、全然センスないんだもん!彼女の誕生日に変な石のブレスレット渡すか〜?センス無さすぎなんだよばーか!」
「おい、今バカって言ったな!おい待て梨乃!」
「きゃー!」

 私の家を知り尽くしている梨乃は、リビングを出て逃げて行った。あんなこと言っているけど、私は知っている。梨乃はその変なブレスレットを大事に鞄につけているし、毎回これもらったと見せにくる梨乃は、嫌味を言いながらも嬉しそうな顔をしていることを。
なんだかんだ、梨乃は龍のこと本気で好きなんだろうなぁ。いいなぁ。
 そう思いながらキッチンで洗い物をしようとした時、柚介が何か小さな袋を持ってベランダに出て行くところが見えた。

 「柚介なにして…」

 カーテンを開けようと手で掴もうとした時、柚介の声が聞こえた。

 「あのさ、富田」

 …柚奈がそこにいるの?

 「ん?どうしたの一条」
 「これ、クリスマスプレゼント…」
 「えっと、私さっき恵菜のやつ貰ったけど?」
 「これは、俺からのプレゼント。よかったら貰ってほしい」
 「どうしたの急に。まあ、ありがとうね、なんだろ」

 柚奈の為だけに、柚介プレゼント買ってたんだ。何それ…

 「わあ!スノードームだ!」

 ピクリと分かりやすく私の体が反応した。
 私が柚介に貰って今でも大切に飾っているスノードームを、柚奈にもあげるの…?私の家で、私との思い出のベランダで…?
 そっか、これは私にとっての思い出なだけで、柚介からしたら、思い出も何もないのか……

 「俺、富田さんのこと…」

 いやだ聞きたくない!!!
 そう強くカーテンを握った瞬間、後ろから腕を掴まれた。振り返ると、私の腕を掴んだ主は相澤くんだった。そのまま私の腕を引っ張り、玄関を出て行った。静かなエレベーターの中、どうして相澤くんに腕を掴まれているのか、柚介はあの後に何を言ったのか。そんな二つのことが頭の中がぐるぐると回っていた。

 ロビーを出ようとした瞬間、ピタリと相澤くんが足を止めた。

 「ごめん、上着持ってきてないや」

 外は12月の寒さが広がっていて、このままの姿で外に出てはいけないと思い止まったのだろう。少し恥ずかしそうに相澤くんはこちらに振り返った。

 「そう、だね」
 「ごめんね、急に腕引っ張ったりして」
 「ううん。びっくりしたけど、大丈夫」
 「沖田さんさ、一条くんのこと好きなんでしょ?」
 「え…っと」
 「普段の感じ見てたら分かるよ」
 「見てたんだ…」
 「僕は、今日初めて沖田さんとこんなにも話せて、今日来てよかったって思ってる」
 「う、うん…?」
 「いつも、こんなふうに話せたらって思ってたから」
 「確かに、席前後なのに全然話してなかったもんね!プリント回すだけーみたいになってたし」
  「それもそうだけど、席が前後じゃなくても、僕はきっと沖田さんと話したいって思ってた」
 「…それって、どう言う意味?」
 「僕は…君が好きなんだと思う」
 「え…」

 真っ直ぐ見つめてくる相澤くんの視線が痛くて、目を逸らすと、ロビーの窓から雪が降っているのが見えた。どうやら今日はホワイトクリスマスイブになったみたいだ。

 「返事はすぐじゃなくていいから。これから僕のこと知っていってほしいし」

 そう言われて、私たちは家に戻ることにした。また静かなエレベーターを二人で乗る。
 相澤くんの背中が妙に大きく見えるのは、今まで気にしていなかっただけだろうか。ていうか、相澤くんってこんなに背高かったんだ。いつも机に向かって勉強しているから、気が付かなかった。…気にしていなかっただけだろうな。好きと言われたからかな。相澤くんが急に男の人に見え始めた。

 「あーー!!いたー!!」

 エレベーターが開くと、目の前に私たちを探しに行こうとしていたであろう四人の姿があった。

 「ちょっと、二人とも何してたの!上着も着てかないで!」
 「ごめんごめん!」

 家に入り、暖かい空気に包まれた。
 色んなことがありすぎて、一旦ソファーに腰をかけた。そんな私の横にいつも通りの柚介が腰をかける。

 「もー心配かけんなよ恵菜…え?」
 
 柚介が私の頭をポンと叩いた瞬間、相澤くんが柚介の腕を掴み、みんなの視線は二人の手元にあった。

 「ちょっと、相澤くん?」

 私がそう言うと、はっとしたように相澤くんは柚介の腕を離した。

 「なーんだよ相澤〜!もしかして恵菜のこと好きなのか〜?」

 能天気な龍が空気を読まずにそう言った。ちょっと…と龍を睨みつけると、相澤くんが、

 「うん、そうだよ。だからこういうの嫌なんだ」

 と、爆弾発言をみんなの前で言い放った。

 「えーーーーーー!!!!!!」

 私以外のみんながひどく驚いた顔をしている。そりゃそうだ。私もさっきまでそうなってたんだから。

 「で、でもあんたたちって特に話したりしてなかったよね…?」

 慌てて梨乃がそう聞くと、

 「話さないと好きになっちゃダメなの?」

 と、一点の曇りもない純粋な目で相澤くんは答えた。

 柚介…と柚介の顔を見ると、驚いた顔をしていた。でも、嫌そうじゃない。そうだよね、嫌なわけないよね。所詮私たちは仮の幼馴染だし、好き同士じゃないし…。ていうか、柚奈とはどうなったんだろう。

 「じゃあ俺からも!」

 そう元気よく立ち上がった柚介は、柚奈の手を掴んでいた。嫌だ嫌だ嫌だ。…聞きたくないのに!!

「俺たち、付き合うことになったから」

ああ、終わってしまった…。

「えーー!!まじかよ!なんか今日すげーな!」
「龍…あんたのそう言うとこホント嫌い」

 梨乃が私を気にしているのがわかる。相澤くんも、流石に動揺しているみたいだ。疲れたな、今日はホワイトクリスマスイブなのに。

 「一旦さ、もう解散にしない?こんな時間だし」

 梨乃が救いの手を差し伸べてくれた。

「あ?これからが楽しいんじゃん!いっぱい聞き放題だし」
「龍!いい加減にして!片付けて帰る準備して!」
「は、はい…」
「まあ、そうだな!もう遅いし、俺たちも帰ろう、富田さん」
「う、うん」

『俺たち』にこれからは柚奈が含まれて行くんだ…。ああ、どうしよう。なんなのこれ。

みんなが一斉に帰っていき、静かになったリビングで、私は一人、これでもかと言うくらいに泣いた。