アラームが鳴って目覚めると今の情景が夢だったと知る。昔の柚介との思い出が夢となって出てきているのは、何かの予知夢なのだろうか。もしかして、柚介との関係の終わりを告げられていて、繋ぎ止めたくて、必死に夢でも柚介のことを考えているのだろうか。夢占いをしてみたいけれど、そんなちっぽけなことでも、悪いことを言われるのが怖くて出来なかった。

 「さっみ〜」

 登校中、柚介の家の前を通ると、丁度柚介がお店から出てきた。

 「おー恵菜おはよ」
 「おはよ〜」

 特別意識もせず隣同士で歩く。あと20センチの距離が、もう何年も縮まらずにいる。

 「あ、そう言えば、昨日の放課後吉岡がうちの花買いに来た」
 「へー、そ、そうなんだ〜」
 「学校の奴が買いに来るなんて梨乃と龍くらいだからビビってさ〜」

 意外と手が早いな、吉岡さん。これはきっと、例の宣戦布告だ。

 「ずいぶん仲良くなったんだね、吉岡さんと」
 「確かに。この前まで全く話してなかったけどな、最近話してるわ。なんでだろ」

 私が仲介人やったからだろうが!という気持ちは心の中に封印した。

 「そういえば、柚奈とはどうなの?」

 聞きたくもない質問をしてみる。状況把握のためだ。

 「んー、別に普通かな。話合うし、ノリいいし。富田って意外とおしゃべりだよな〜なんつーの、ギャップ?あるよな」
 「うん、確かにね。無口だとちょっと怖いくらい」
 「そうそう、だからなんか、何考えてんだろうって気になるんだよな〜」

 ポケットに手を突っ込んで余裕そうに答える柚介を見てなんだかイライラする。「柚奈のこと本気で好きなの?」なんて質問が喉まで来たくせに、音にならなかった。その答えを聞くのが怖いからだ。この距離を縮める勇気もなければ、遠ざける勇気もない。どうしたらいいのか分からない。思わず、はぁー、と大きなため息が出た。そんな私のため息にも柚介は気が付いていない。こんな距離にいるのに、どうしたの?と飛んでこないという事は、柚介は私のことをそんなに気にしていないんだと思う。悲しい。全てがマイナスに思える。


 体育の時間。女子更衣室はいつも恋バナで溢れている。

 「昨日どうだったの」

 ふと、田中さんの言葉が耳に入ってきた。昨日とは今朝柚介が言っていたことと結びつくのだろう。えへへ、と照れている吉岡さんの姿を見て、私はやり場のないイラつきと醜い嫉妬心に襲われていた。戦うべき相手は柚奈なのに、登場人物Aの吉岡さんにまで気持ちが振り回されてしまう。同時に、自分の独占欲の酷さを自覚する。

 「あ、ねえねえ沖田さん、昨日一条くんとこのお店行ったんだけどね、すっごく素敵だった。お母さんもすごくいい人で、優しい人なんだね」

 更衣室から体育館に移動している最中に、容赦なく話しかけにくる吉岡さんに、私の敵対心は満タンだった。

 「あそこ代々続くお店なんだよ〜柚介の両親で4代目。美希ちゃん、あ、柚介のお母さん本当優しいよね、私いつもご飯食べてって〜って言ってもらえるからつい甘えちゃうんだよね」
 「そうなんだ〜すごいな〜やっぱり幼馴染って最強だね」
 「そうかな〜」
 「でも私もね、昨日すっごく仲良くなったから、お店通おうかなって思ってるんだ」
 「そうなんだ、いいんじゃないかな!綺麗なお花ばかりだから楽しいよね」
 「そうなの!一条くんともたくさん話せるし、アピールにはいいチャンスかなって思ってて」
 「確かにいいと思うよ」
 「恵菜〜トイレいこ〜」

 吉岡さんとの会話のボルテージが上昇している中、梨乃は容赦なく私の腕を引っ張り歩き出した。

 「ちょっと、梨乃何」
 「何って、逆に何今の。潰し合いでもするわけ?雰囲気最悪だったし。女の戦いとか意味ないから辞めな」
 「別にそういうわけじゃ…」
 「恵菜らしくないよ。宣戦布告なんて無視すりゃーいいの」
 「…確かに、ちょっとイライラして、つい喧嘩腰になっちゃったかも。わー、完全に嫌な奴だったよね今私」
 「まあちょっとね。でも恵菜珍しいね。いつもみんなが優先で優しい仏様〜なのに、イライラするのってさ」
 「…久しぶりにイライラしたかも。なんか、苦手なんだよね、吉岡さん」
 「分かるよ。男にモテるタイプだしねあれは。でも女にモテないから大丈夫。そんな女は薄っぺらいのよ」
 「うーわーん、梨乃〜」
 「こら、くっつくな。ほら行こチャイムなる」
 「うん」

 田中さんに飼われている愛犬ではない時の吉岡さんは、なんだか魔性の女のように強敵に思える。何が不安かなんて一目瞭然だ。男が好きそうなタイプに、柚介が引っかかりやしないかだけが不安なのだ。あんな中身のない薄っぺらい女に引っかかりでもしたら、私の恋までひっかかっているようでたまらない。そんなのは御免だ。
 それにしても、私こそ嫌な女に成り下がる所だった。それに、美希ちゃんと言う名前まで教えてしまったではないか。次にお店に来た時の話の口実とかに使われたらどうするんだ。

 「梨乃」
 「ん?」
 「恋って人を醜くさせるね、好きってなんなんだろう。この世にそんな感情なかったらさ、平和な気がしない?」
 「んー、でも、恋って新しい自分に会えるチャンスだと思う。普段持ち合わせてない感情が出るのって恋愛くらいじゃん?」
 「そう言うもんなのかな」
 「多分ね〜」

 好きを本人に言ってしまえば、こんなに裏でこそこそとしなくてもいいのだろうか。オープンに、柚介が好きだって言えたら、もしかしたら相当居心地がいいものなのかもしれない。でもいつ言う?どんなタイミングで?どうやって?しかも今更?告白するかと考えると、いろんな疑問が頭に浮かぶ。まだまだ、告白するのは当分先になりそうだ。