最近、柚奈は男子に人気だ。それは髪の毛を明るい色から落ち着いた暗い色に変えたからだろう。長く艶がある髪の毛は女の私からしても憧れるし、魅力的だ。でも、彼女に告白をする人はいなかった。気が強そうな見た目のせいでもあるだろうが、圧倒的菜美人さで周りを魅了する、高嶺の花という言葉がしっくりくる。この前、クラスの女子達と恋バナをしているのをチラッと耳にした時、「私は好きになった人が好き。それは男でも女でも一緒だ」と、そう真っ直ぐ言っていた。恋に性別なんて関係ないと、あんなにまっすぐ言える人はいるのだろうか。聞き耳を立てていた私はまた彼女を素敵だと思ってしまった。「恋敵」であるのに、私はどんどん彼女の魅力を知ってしまっている。どう考えても、私では敵わない。

 「梨乃、私全然勝ち目がない」

 お昼休みの屋上で私は初めて自ら梨乃に彼女の話をした。

 「ん?柚奈のこと?」
 「そう。悪いところ見つけてやろうって思っても、むしろ見てると私が好きになっちゃいそうなくらいいい子なんだもん」
 「確かに…素直だし、周りに合わせたりとかしないしね」
 「ちょっとでも恋敵として、嫌なところ見つけたいとか思ってた自分が凄く嫌なやつだった」
 「でも、そう思うのは普通だよ。私だって龍のこと好きな人は嫌いだし、龍が昔付き合った人とかも嫌い。恵菜はすごいよ?柚奈と普通に話してるし、ゆずにも気持ち悟られないようにしてさ。限界こない?辛くない?」
 「辛くないわけないよ。でも柚介が柚奈のこと見てる目線とか、信じられないくらい優しいし、どう考えても、私が邪魔者なんだもん」
 「そんなことはないよ?絶対」
 「告白…したほうがスッキリするのかな」
 「うーん…スッキリはすると思うよ。気持ちを留めておけるのって、限界があると思う。これからどんどん二人の距離が近づいて、好きだって思って、付き合って、並んで歩いてる二人みても、留めておけるなんて、もうそれは恋じゃないと思うんだよね。あ、あとさ、私、恵菜もなしじゃないと思うよ?恵菜は、ゆずが柚奈のこと見る目が優しいとか言ってたけど、それは恵菜も一緒。ゆずの恵菜に対する感じって、他とは違った態度だし、心許せてなんでも話せる相手ってなかなかいないしさ、その事にゆずが気がつくかもしれないじゃん」
 「うーん、そうかなぁ」
 「お似合いだとずっと思ってたよ、恵菜とゆず」
 「ありがとう。勇気が出たら、告白して見ようかな」
 「うん。焦らず、自分の気持ちと相談してね。ま、なんでも私は恵菜の側離れないからさ!ガツンと言ってきて、私のところ帰ってきなよ!」
 「うわーん。梨乃〜」

 私は梨乃に思いっきり飛びついた。

 「あはは、よしよし」
 「梨乃が居ればいいや〜梨乃は私のものだ〜あ、龍がいたわ…くそ」
 「いいよ、あいつは!私は恵菜のものだ〜!」
 「わーい!きゃはは」

 二人して大笑いをした。

 奇跡的に人間界に産み落とされたと言っても過言ではない顔をしていると思うのは、好きな人フィルターがかかっているからだろうか。神様のお気に入りで、人より早くあの世へ行かないかだけが不安で仕方がない。なんて言ったら、流石に褒めすぎか。柚介の顔が綺麗なのは美希ちゃん譲りだと、一緒にお店の作業をしている美希ちゃんの横顔を見て思う。背が高いのとガタイの良さはお父さん譲り。この所、柚介のことばかり考えている。そろそろ気持ちが言えないのにも限界なのだろうか。

 「ねえ、美希ちゃん」
 「んー?」
 「失恋したらさ、どうやって乗り越えたらいい?」
 「え、何、恵菜ちゃん好きな子いたの?」
 「いいや?友達の話」

 好きな人のお母さんにこんな話どうかと思うけれど、自分の母親には話せない。今は、友達の美希ちゃんとして相談をしている。

 「うーん、そうねぇ…失恋した時の痛みって、きっと一生消えないものだと思うの」
 「げ、一生消えないの」
 「うん、好きが沢山だと、その分心に残る。けどね、その痛みは時間が経てば必ず和らぐの。完全には消えなくても、楽にはなるのよ」
 「楽に、なる?」
 「ほら、水を沸かしても、時間が経てば必ず冷めるでしょう?沸騰したまま、保つことなんて絶対にない。それと一緒。最上級に熱し上げられた恋を失っても、いつかは冷める。でも次に誰かが溜まった水を捨てない限り、その水は残り続ける。だから、失恋した痛みは時間が経てば和らぐし、新しい誰かが現れたらその痛みもなくなるのよ」
「えーなくなるかな〜」
「ただ、消えはしないかな。このただの水と人間の違いはそこねぇ。また誰かに恋をして、熱し上げられたとしても、記憶には必ず残る。人間には脳があるからね。心には残っていなくても記憶には残るのよ。ま、記憶喪失にでもなれば別だけど」

 美希ちゃんが今までに見たことのないような表情で話している。

 「なんか美希ちゃん…すごい。さすが大人っていうか…大恋愛とか、したことあるの?」
 「んー?あるかもねぇ。…なんてね!大人の女性は一つや二つしてるのよ。美幸さんにも聞いてみたら?何かいいこと言ってくれるかもよ」
 「えーやだね。あの人と恋愛の話とかしたことないし」
 「こら〜お母さんのこと、あの人とか言わないの〜」
 「はーい」

 時間は心が和らぐ薬だということだろうか。なるほど。失恋は意外と怖くないものなのかな。溜まった水を捨ててくれる人が現れてくれたらいいけど。

 「やっぱり、恵菜ちゃん、好きな子出来たの?」
 「美希ちゃん…だから友だちの話だってば!」
 「うふふ、はーい。そういうことにしときますね〜」

 うわ、完全に私のことだと思われている。なんでもお見通し、ほんとお母さんみたい。打つ手無しか。

 「柚介には言わないでね」
 「もちろん!女の秘密ね!」

 るんるんしている美希ちゃんを見て、少しため息が出る。あなたの息子のことで悩んでいるんです!なんて言えたら楽なのかもしれないけど、美希ちゃんに言ったら、絶対に盛り上がってしまうに決まっている。知らない間に、結婚なんて話になってもおかしくない。…ナイナイ。ほんと、美希ちゃんは友達みたいだ。

 「ただいま〜」

 誰もいない部屋に挨拶をするのはもう慣れっこだ。時計を見ると針が17時15分を指している。作るか〜と心の中で独り言を言い、私はキッチンの前に立った。
 冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードに、『今日は20時に帰ります』と書いてあった。大抵、これに書いてある時間から1・2時間遅れて帰ってくることが多い。今日も遅くて22時だ。最近、本当に私の母親は多忙だ。そういえば、昨日も、学校で購買にならんでいる時に、「沖田アナの娘なんだって〜?」とよく知りもしない先輩が話しかけに来たっけ。そんなのももう慣れっこだ。
 冷蔵庫に入っている残り物でカレーを作った。隠し味にコーヒーを入れる。私の好みではなく、母親の好みだ。ゆっくり食べてもらえるわけでもないのに、結局母親の好みに合わせてしまう。小学6年生の時に、母親と一緒にカレーを作って「美味しい美味しい」と言って食べてくれたのが、そんなにも嬉しかったのかと、自分にも呆れてしまう。あの頃はまだ、喧嘩をするくらいには会話をしていたなと、しみじみ思う。今思うと、あの時料理を教えてもらったのも、これからは自分で作りなさいという意味だったのだろう。なのにまんまと、美味しいと言われるのが嬉しくてつい作ってしまって、今はまるで専業主婦のようにまでなっているではないか。まんまとあの母親の策略にやられた。
 夕食を食べて洗濯物を畳んだ後にお風呂に入り、アイスを食べながらテレビをつけると、母親が映った。新しく始まったバラエティ番組だ。
 …めっちゃ笑ってる。相変わらずいい笑顔。
 母親の笑顔を画面越しでしか見なくなったのは、正直少し寂しいことだった。父親と離婚をして、女で一つで私を育ててくれたのには感謝をしている。私立の学校に行かせてくれて、広い家に食や着る服にも困っていない。立派な大黒柱だ。でも私は、母親としての暖かさを、きっとどこかで探している気がする。
 家のドアが開いた音がした。急いで番組を変える。時計を見ると、19時半だった。

 「ただいまー」
 「おかえり、今日早いね」
 「あーうん、でもこれから着替えて会食に行かないといけないの」
 「そっか…」

 せっかくカレー作ったのに。なんて思うのは子供くさいか。もう16歳なのだから、少しくらい大人にならないとね。
 少し綺麗な格好をして、普段付けていないピアスをしている母親は、自分の母親ながら綺麗で、さすがアナウンサーと言ったところか。見た目はこんなにもいいんだし、きっと数々の男と恋愛をしてきたであろう。お母さんは美希ちゃんが言ってた大恋愛とかしたことあるのかな。聞いてみたいな。

 「あのさ―…」
 「あ、恵菜、洗濯物ありがとうね」
 「あ、うん。飲みすぎないようにね」
 「うん気をつける。じゃあ戸締りお願いね」
 「うん」

 王女様が出ていった後の、閉まる扉のスピードが強いような気がした。まあ気のせいだろうけど。
 にしても、母親があんなにも綺麗なのに、どうして私は普通なのだろうか。よっぽど父親が冴えない顔をしているのだろうか。でもだったらどうして母親が惚れたのか気になるところだ。人は顔ではない、性格だなんて言うけれど、正直顔もあると思う。少なからず好きな顔じゃないと長くはやっていけないと思うし、自分のタイプな顔が現れた時に、性格で選んだ彼から揺らがない自信などあるのか。人の印象はまず見た目じゃないか。
 母親に似ていたら、私は柚介のタイプだったのではないかと最近思う。色は白くて、キリッとした美人で、まるで柚奈だ。性格だって、サバサバしていて、でも愛嬌があってみんなから人気を得るタイプだ。だからこそ、母親は今の地位を手に入れたんだと思うし、尊敬しているところでもある。
 洗面所の鏡に映る自分と睨めっこをする。不細工ではないと思うけれど、特別美人でもない。タイプ分けをしたら可愛いに部類されるのだろうか。いや、私に合う部類がそもそもないかもしれない。もう少し、目が切れ長でまつ毛は綺麗で、口角はキュッと上がっていて、えらがシュッと綺麗だったらよかったのに。髪の毛だって、やっと胸上まで伸びたけど、もっとロングだったら。唇だって、もう少し色づいていたらと、母親のリップを塗ってみる。メイクとか興味がなかったけれど、こうしてみると魅力的ではないか。そう言えば梨乃はメイクしている。校則が厳しい中、許容範囲スレスレを狙っていつもしているじゃないか。私だってしてみてもいいじゃん。

 …いや、無駄だ。梨乃は元がいいもん。元がいいから薄メイクでもいいの。私みたいな人は中途半端にやると逆にダメになるタイプだ。はぁ…どうしてこうも私は、とため息が出た。