あっという間に秋になった。どんどん人肌が恋しい時期に近づいている。周りも浮つき始めて、勿論最近の柚介も浮き足立ってきた。
 最近、柚介と富田さんが一緒にいるところをよく見かけるようになった。一緒にいるというか、柚介が彼女に付き纏っているように見える。呆れながらも、彼女も満更でもなさそうに見えるのは気のせいだろうか。それとも、気のせいであって欲しいという、私の願望なのだろうか。

 「あ!梨乃!恵菜!」 

 彼女がこちらを見て数ヶ月前まではありえないくらいの笑顔を浮かべて手招きをしている。どうやら彼女は梨乃のことを気に入ったようだ。ついでに私とも仲良くしてくれている。まるで金魚のフンだな、なんて思っているのはきっと私の心が荒んでいるからだと思う。

 彼女と仲良くなったきっかけは掃除当番。梨乃と彼女が同じ場所を担当するようになってから、だから今月に入ってからになる。まだ日は浅いのに、もう私たちに溶け込んでいる。雰囲気損をしている気がするのは私だけだろうか。

 「あれ、結奈今日病院じゃなかった?」
 「うん、この後行く予定」
 「そっかじゃあ帰ろっか」

 彼女と関わって分かったことがある。長期入院をしていたのは、ヤクザの抗争に巻き込まれて怪我をしたのでもなく、はたまた虐待を受けていると言うことなんて全くないと言うこと。彼女は生まれつき体が弱いらしい。度々入院を繰り返しているみたいだ。入学式前にたまたま調子が悪くなって、入院をすることになってしまった、と彼女は私たちに打ち明けてくれた。見た目に反して、話してみると意外と可愛らしい。よく笑うし、よく食べる。髪を染めていたのは、長い入院が苦痛で気分を変えたかったからで、ピアスをしているのは、亡くなったおばあちゃんに貰ったからだと言っていた。喋り方はサバサバしていて男まさりだけど、情に熱くて、純粋で、礼儀正しい。思ったことはズバッと言って、嘘をつくのが苦手。簡単な言葉で言うと、いい子だ。いい子だから、私からすると、そのいい子感が少し辛くもある。

 「一条と恵菜って、幼馴染なんだね!」

 『一条』
 彼女は柚介のことをそう呼ぶ。苗字の呼び捨てはなかなかいないけど、名前じゃないだけまだいいか。

 「あ、うん!幼馴染、みたいなもんだね〜」
 「もうあんたらは、みたいじゃなくて幼馴染でいいんだよ」
 「なんで、みたい、なの?」
 「正式に言うと、中学受験の時に仲良くなったから、生まれた時からずっと一緒だったとか家が隣同士とかじゃないからさ、幼馴染だ!って言っていいか迷うんだよね」
 「あーだから一条も、幼馴染みたいなもんだって言ってたのか。みたいってなんだろうって思ってたからスッキリした!」
 「ま、あんたらの仲のよさは誰にも負けてないから安心しな〜」
 「何その安心って」
 「本当、二人仲良しよね。最初さ、人間観察?してたの。ほら私入学がみんなより遅れてるし、とは言っても自分から話しかけるタイプでもないからすることなくて。それで見てて、あんまりに仲良しだからさ、付き合ってんのかな〜思ってた!」

…き、気まづい。梨乃も気まづそうだ。
 彼女に悪気がないことは分かっている。柚介の好きな人が自分だと思ってもみないだろうし、そして、私が柚介のことが好きだと言うことも知らないからだ。

 「付き合ってないよやめてよね〜!」
 「ごめんごめん」
 「そ、そうだ。恵菜、私本屋寄りたいんだった!雑誌買いたくて!じゃあ結奈気をつけて病院行ってね!じゃあね!」
 「そっか!うん!ありがとう。また明日ね」
 「うん!また明日〜」

 梨乃が気を利かせて反対の道にある本屋に誘導してくれた。

 「そんな気使わなくていいのに」
 「気使ってるわけじゃないわよ。今日発売の雑誌欲しかっただけ」
 「…ありがとね」
 「んー」

 いっそ柚奈にも打ち明けた方がいいのではないかと最近何度も思う。でも、柚介が彼女のことを好きなことを知っていて、自分の気持ちを彼女に打ち明けたら、なんだか戦線布告をしているみたいで感じが悪すぎる。別に、彼女は何も悪いことをしていないし、柚介が好きだから私は嫌いなんてこともありえない。好きな人が別の人を好きだと言うだけ。そんなこと、世の中いくらでもあるじゃないか。
 私がどれだけ想っても、叶わないことなんて分かっている。私が思いを伝えただけで柚介が私に乗り換えるみたいな、そんな軽い男でもないことを知っているから。この先私たちが大人になって、今みたいにばかやって過ごせるのも限られていることを知っている。
 
 だから、今だけはお願い。ちゃんと最後には身を引くから、今だけは、柚介を好きでいさせてください。そばに居させてください。帰り道、私は夕暮れの空を眺めながらそれだけを願った。