いつからだろう。毎朝の星座占いで柚介の分もチェックするようになったのは。私が最下位でも、柚介が一位だと嬉しい。一人で食べる朝食も少しだけ美味しく感じた。

 柚介と同じ私立を受験することを知ったのは、担任の先生に聞いたからだった。「3組の一条くんも、同じ学校受験するらしいから助け合ったらいいよ」なんて言われて誰だろうと思った。私が通っていた小学校は生徒数が多く、クラスも多い。他のクラスの子を知らないなんてよくある話だ。一条という名前に聞き覚えはあったけど、顔は浮かんでこなかった。
 ある日の放課後、前日に母親と喧嘩をして家に帰りたくないなという理由で、時間を過ごす場所を探し求めて図書室にたどり着いた。大抵みんなは運動場で遊ぶか、放課後は公園で集合とかで、滅多に図書室にいる人なんていない。いても図書委員の本好きの人くらいだったのに、ガラッとドアを開けると、一人の男の子が机で勉強をしていた。気になって、ちょっと離れたところに座った。彼は色んな過去問を並べていて、一人分じゃ収まらないスペースを占領していた。よく見ると、花園中学と書かれていることが分かった。花園中学は私が受験をする予定の私立の中学校だ。

 「もしかして、一条くん…?」

 そうつい口にしてしまった。すると柚介は、

 「あ!もしかして沖田さん?!」

 パッと明るい表情で私の方を見た。それがきっかけで少し話をした。どうやら、柚介も担任の先生に同じ学校に受験をする人がいると私の名前を聞いていたらしい。私はお母さんが行ってた学校だからと、受験をする理由を話すと、柚介も俺も同じだと答えた。母親からは別に行かなくてもいいと言われているみたいだったけど、どうやらエスカレーターで行ける花園高校に行きたいらしく、自分の意思で受験をすることを決めたらしい。幼い弟がいて、可愛くて遊んであげたくなって集中出来ないから図書室で勉強しているということも聞いた。「そっちは?」と聞かれて、母親と喧嘩をしたことを話すと、「ヘー」と答えた。いつも母親の話を誰かにすると、「沖田アナもそういうこと言うんだ」とか「芸能人に会ったことある?」とか聞かれていたから、「へー」という返事が嬉しかったことを覚えている。


 「なぁ、恵菜〜女子って可愛い物好きじゃねーの?」
 「うーんそれは人それぞれじゃない?だってほら、柚太だって男の子だけど、ピンクとか好きじゃん」
 「それはまだあいつがチビだから」
 「まあそれもあるだろうけど、女の子だからとかって決めつけるのは今の時代ナンセンスだよ〜」
 「まあそうか、そうだな?」

 今日は一条家の花屋の手伝いに来ている。手伝うようになって、もう四年近くが経った。私は手慣れた手付きで作業をこなす。

 「んで、何。悩み事?」
 「いや〜さ、この前のお礼?をさ、渡そうとハンカチ買って渡したんだけど、趣味じゃないって断られちゃって」
 「…富田さん?」
 「そー」

 この前というのは、柚介が体育で怪我をした時に、保健室にいた富田さんに手当てをしてもらった件のことだろう。私のいないところで富田さんとの時間が流れている。当たり前のことなのに、ちょっとだけ切ない。

 「自分で買いに行ったの?そのハンカチ」
 「そー」
 「珍しいね。ほら、いつもそういうの美希ちゃんに頼んでんじゃん。ホワイトデーとか」
 「確かに。でもこれは頼むっていう頭なかったな〜てか好きな子に渡すんだからかーちゃんの趣味はやばいだろ」

 …好きな子。柚介からその言葉を聞くのはまだ慣れないな。

 「そ、そうなんだ。てかどんなの渡そうとしてたの見せてよ」
 「えっとね〜」

 柚介は作業をしている手を止めて、携帯を取り出して何やら調べ出した。

 「ん、これ」

 そう言って見せてきた検索画面には、何かのウサギのキャラクターのハンカチが映っていた。

 「えっとー…これはないわ。ないない」
 「え〜?可愛くね?このうさぎ」
 「無いね。うちらもう高校生だよ?だしさ、富田さんは余計でしょ」
 「えーじゃあ何がいいんだ〜?!」

 楽しそうに悩みながら画面を見つめる柚介。これなら美希ちゃんに選んでもらった方がいいのでは無いかと思う。
 今の柚介の頭には富田さんがいる。つい最近まではそんなことなかったのに。ていうか、2ヶ月前までは、知り合ってもなかったのに。

 …何それ。そんな表情、今までで見たことがないよ。そんな顔しないでよ。

 胸がギュッと苦しい。いっそのこと告白したらいいのかな。
 …ううん。だめ。そんなことをしたらこの花屋にも二度と来られなくなる。
 美希ちゃんにも柚太にも気軽に会えなくなる。今まで通りで、なんていかなくなる。 
 私は綺麗に並べてあるお花たちを眺めることしか出来なかった。