赤・青・黄色・オレンジ・紫・白。色んな色のお花たちを通り抜け、お店の奥へと進む。

「おー恵菜ちゃん」

 お客さんの対応をしてるこの店の主人が私の姿を見て話しかけてきた。

「課題のプリント持ってきた」
「悪いね〜上に美希ちゃんいるから上がって上がって!」

 美希ちゃんと言うのは彼の奥さんでありあいつの母親のことだ。上へと階段を登ると、夕飯のお味噌汁の香りが鼻の奥に届いた。

「美希ちゃん課題のプリント持ってきたから上いくね」
「あら、恵菜ちゃんありがとうね〜あ、そうだ!今日ご飯食べてってよ!」
「えーいいの?」
「いいよいいよ!多く作りすぎちゃったし!」
「じゃあ食べる〜いつもありがとうね美希ちゃん」
「全然よ〜恵菜ちゃんは娘みたいなもんなんだから遠慮なんてしないで〜」
「ありがとう。じゃあ上行くわ」
「はーい」

美希ちゃんとは友達みたいに仲がいい。「男しか生まれなかったけど、本当は女の子も欲しかったのよ」と前に言っていたから、本当の娘のように可愛がってくれている。
階段を登りすぐ近くにあるドアをノックする。

柚介(ゆうすけ)〜大丈夫〜?課題のプリント持ってきた」

 返事がない。どうすればいいか考えていると、階段の下から声がした。

 「恵菜ちゃん、柚介寝てるかもしれないから勝手に入っちゃって〜」
 「あ、は〜い」

 私は小声で「失礼しまーす」と口にしてドアを開けた。もう何度も入っている部屋だから緊張なんてしない。柚介は今日、滅多に休まない学校を休んだ。どうやら季節風邪にかかったらしい。冷えピタをおでこに貼り付けて、ぐっすり眠っている柚介を見て、何だか小さな子供みたいでちょっと可愛く思えた。ふと棚の上にある写真が目についた。中学の頃の体育祭の写真だ。柚介の右隣で肩を組んでいるのが私。私の隣にいるのが親友の梨乃。柚介の左隣にいるのは柚介の親友で梨乃の彼氏の龍だ。

 「あれ、恵菜じゃん…」

 後ろから聞こえたのは少し掠れた柚介の声だった。

 「課題のプリント届け来た。大丈夫?」
 「あーサンキュ。ひっさしぶりに熱出たわ〜」
 「ほんと、課題届けに来るとか何年ぶりって感じよ、珍しい」
 「龍に頼めばよかったのに」
 「そう思ったんだけど、あの二人今日デートだって言うんだもん」
 「あー、今日あれか、1年記念日だっけ。なんか遠出するとか言ってたな〜」
 「そう、遠出って言っても隣の県だけどね。桜が綺麗なところらしよ」
 「へ〜。ゴホゴホッ」
 「ほらまだ寝てな、私は美希ちゃんのご飯食べに下行くからさ」
 「おう、プリント。サンキューな」
 「はーい。無理しないでね」
 「おー」
 
 いつもより元気がない柚介との会話を終わらせて私は美希ちゃんのご飯を食べに部屋を出た。
 リビングに行くと、歳の離れた柚介の弟の柚太(ゆうた)が一人でゲームして遊んでいた。私はその相手をしながらまるで家族の一員のように、美希ちゃんのご飯が出来上がるのを待った。

 「二人ともご飯できたよ〜」
 「はーい」

 私と柚太は揃って返事をしてダイニングに座った。
 この一条家でご飯を食べるのはもうこれで何度目だろうか。申し訳ない気持ちはもうすっかりなくなったくらいにはここで夕飯を済ませている。
 テーブルの真ん中にドンと置かれた唐揚げが、てんこ盛りに盛られていて、すごく美味しそうだ。美希ちゃんの唐揚げはニンニクが強くて美味しい。自分の母親の唐揚げは…と考えてみたけれど、もう何年も食べてないからか思い出せない。

 「最近も美幸(みゆき)さん忙しそうね。昨日テレビで見たよ〜」

 美幸さんと言うのは私の母親だ。沖田美幸。職業はアナウンサーだ。その名前を聞くと、誰もが知っていると答えるほど、人気のアナウンサーらしい。アナウンサーとしては一流でも、母親としては三流だと、娘の私は思う。

 「んーまあいつものことだよ」
 「ちゃんと話せてる?最近」
 「あんまり。夜にちょこっと話すくらいかな。バラエティのMC決まったってこの前言ってたから、それで忙しいのかも」
 「ほんとすごいわ〜美幸さん。働く女でかっこいい憧れちゃう」
 「美希ちゃんの方がすごいよ。お店のこともやってるのに母親としても完璧だもん」
 「やだも〜ありがとう嬉しいわ〜」

 美希ちゃんは照れたように答えた。するとその時、リビングに柚介が入ってきた。

 「あら柚介起きたの。ご飯食べれそう?」
 「んーううん。プリン食べる」
 「はーい」

 美希ちゃんが冷蔵庫からプリンを取り出し、ソファーに座っている柚介の前に置いた。

 「相変わらず風邪引いた時はプリンなんだ」

 私がそう言うと柚介は、

 「おう。恵菜はみかんゼリーだろ?」

 そう当たり前のように私の情報を口にした。

 「よーく知ってんね」
 「当たり前だろ何年の付き合いだと思ってんだよ」
 「言うて仲良くなったのは小6からだけどね」
 「はは、まあな」

 4年。私たちがこうやって家族ぐるみで付き合いだして今年で4年が経った。私立中学の受験で母親同士が仲良くなり、家になかなかいられない私の母親が美希ちゃんに頼んだのか、美希ちゃんが優しさで提案したのかは分からない。その頃から、よくこの一条家に来ることが多くなっていったのだ。
 私には父親がいない。幼い頃に家を出て行ったみたいだ。覚えている記憶と言えば、幼稚園の時の運動会で父親におんぶされて鬼ごっこをした時の、あの安心感と大きな背中くらいだ。
 だから余計に、一条家にいると楽しいし暖かい。自分の家にいるといつも一人で母親の帰りを待つだけ。映画やドラマを見て時間を潰しても、だんだんと飽きてくる。家は広いし、ベランダから見える景色はここら辺ではかなりいい方だけれど、すごく冷たい。一条家との関係に甘えていると言われたら、その通りだ。でも、柚介の近くいられるならば、ずっとこのまま甘えていたいと思ってしまう。何も変わらず、ずっとこのまま。一番近くで柚介を見ていたい。

 月曜日、柚介はすっかり元気になって学校に来た。同じクラスの私たちは席も前後で、私の隣には梨乃。柚介の隣には龍。何とも居心地のいい席配置だ。もちろん、席替えの時に私たちが意図的に仕組んだもの。

 「ゆず〜!お前大丈夫かよ」
 「ああ!もうすっかり元気!」
 「よかった。でもゆずが風邪ひくとか珍しいよね、心配したんだからね〜」
 「わりーわりー」

 ゆずと言うのは柚介のあだ名だ。柚介と言う名前の漢字が柚(ゆず)だからと言う単純な理由。中学に入って間も無くして誰かがつけた。名付け親は知らない。今、あいつのことを柚介と呼ぶのは、私か柚介の家族くらいだ。中学からエスカレーター式で高校に入学したからか、高校でも私以外はあいつのことをゆずと呼んでいる。ちなみに言うと今柚介の隣で肩を組んでいる龍もあだ名だ。本名は佐藤龍之介。龍之介という名前が長いから龍になった。これも名付け親は知らない。もしかしたら柚介かもしれないなと、今ふと思ったけれど、そこまで重要なことではない。

 「あ、沖田さんおはよう!」
 「おはよ〜」

 私は教室に入るなりクラスの子と朝の挨拶を交わした。「沖田さん」これが私のあだ名だ。みんな私を「沖田さん」と呼ぶ。恵菜と呼ぶのは柚介と梨乃と龍くらいだ。どうして苗字で、しかもさん付けで呼ばれるのか分からない。中学に入るまでは…と考えてみたけれど、よく思えば小学校の頃から男子からは「沖田さん」だった。特定の仲がいい子としか遊ばないし、基本話さない。マイペースすぎる性格がみんなを遠ざけていることも分かっている。髪の毛も小・中学の時は短くて、顔だって特に可愛くない。だから私は「沖田さん」なのだろうか。

 「何、昨日寝れてないの?」 

 席に着くなり隣から話しかけてきたのは、梨乃だ。そういえば、梨乃は「梨乃」と呼ばれている。見た目は私より美人で賢いという印象を与える流し前髪なのにどうしてだろう。奥村梨乃。「奥村さん」と呼ばれていたのは確か中学に入学して数ヶ月の間だけだった気がする。

 「んー映画見てた。クマできてる?」
 「うん。ちょっとね。何見たの」
 「ゾンビ」
 「あんた好きだね〜ごめんけど私それだけは分かってあげられないからね」
 「何でよ〜面白いのに〜!今度一緒みよ」
 「やだやだ、絶対嫌!」

 そんな何でもない会話をしていると、担任が教室に入ってきて教卓に立ち、チャイムと同時に話し始めた。

 「えー、今日から、長期入院をしていた富田柚奈(ゆな)さんが通常通り登校することになりました」

 今日はどうやら、いつもと少し違った朝礼らしい。そう言えば、あの席の子、入学式の時に先生なんか言ってたな…と窓際の一番後ろの空いた席を見つめた。柚奈という名前に柚と言う漢字が入っているから、初めにその名前を名簿で見たときに、少し胸騒ぎをしていたのを思い出した。

 「えー、じゃあ紹介するな。入っていいぞー」
 
 教室の前のドアが開き、背が高くスラッとした女の子が入ってきた。
 
 「富田柚奈です。よろしくお願いします」
 
 彼女に向かってクラスのみんなで拍手を送る。
 
 「はーい。じゃあ富田さんはあの一番後ろの席でもいいかな」
 「はい」
 「よーし。これでクラス全員揃ったな〜」
 
 富田さんは先生が話し始めるのと同時に歩き出して静かに席についた。
 入学式から数ヶ月もいなかったから、富田柚奈という名前でどんな子だろうと想像していた子は少なくないはず。もちろん私も名簿を見た時に、こんな感じの子なんだろうなと、名前だけで想像してしまっていた。でもそんな想像を、彼女はいい意味で裏切ってくる風貌だった。クラスのみんなが所々ざわついているのは、きっと私と同じ想像をしていたからだろうと思う。
 昼休みには一気に彼女の噂が回っていた。静かにお弁当を食べている彼女を見に、他クラスからわざわざ来ている子もいた。長期入院の理由はヤクザの抗争に巻き込まれて怪我をしたからだとか、はたまた虐待を受けているとか。どこから湧き上がってきたのか分からない噂ばかりだった。でもそれはきっと彼女の風貌がそうさせたのだろう。髪を染めてはいけないという校則があるにも関わらず、彼女の髪色は少し明るかったからだ。そしてピアスもしている。

 「あの子話しかけてみる?」
 「ん?急にどうしたの」

 いつも通り教室でお昼を食べていると梨乃が私に話しかけてきた。

 「だってさっきから恵菜、あの子の事ばっか見てるからさ。話しかけたいのかな〜って思って」
 「あーいや別にそういうんじゃないんだけど…」
 
 いつの間にか彼女ばかり見ていたみたいだ。何だろう。彼女は視線を奪う力があるようだ。つい見惚れてしまっていた、と言った方がしっくりくる気がする。誰とも似つかない風貌に強い自我を感じて、誰かと違うことが怖い私は、羨ましいと感じていると、心に素直になれたらきっとすぐにも分かる感情なのに、『柚』というあいつとの共通点が、そんな感情も嫉妬心が蝕んでいく感覚だった。柚介が彼女を気に入ったらどうしよう。好きになったらどうしよう。私と似ても似つかない彼女を好きになったら、勝ち目なんてないよ。と、嫉妬心と同時に私は、何故だか物凄い不安に駆られていた。誰かを見てそんな風に感じた事は初めてだった。
 ふと柚介を見ると、あいつも彼女を見ていた。

 「梨乃、話しかけいこ」
 「え?今?」

 どうしてこんなに体が動いたのかは分からない。柚介が話す前に話しておきたい、とでも思ったのだろうか。…何だそれ。

 「富田さん、初めまして。私沖田恵菜って言います。これからよろしくね」
 「私奥村梨乃!よろしく!」

 いきなり話しかけられてびっくりしているのか一瞬お弁当を食べている手がビクついたのが分かった。「よろしく」の言葉を待っていた私達を彼女は簡単に裏切った。

 「そう言うの、いいから」
 「そう言うの…?」
 「変な噂されてるから可哀想って思ったんでしょう?それなら大丈夫。慣れてるから」

 思っても見なかった返答に戸惑う。戸惑う私を差し置いて、梨乃が物申した。

 「よろしくって言ってんだからよろしくでいいの。噂とかうちらだってどうでもいいし」

 そう話す梨乃をまん丸な目で彼女は見つめていた。

 「…よろしく」
 「そう。じゃあ戻ろ恵菜」
 「あ、う、うん」

 思い出した。中学の頃全く同じ場面に遭遇していたこと。そしてそれが梨乃と仲良くなるきっかけだった。父親がいない私は、両親の話になると、父親がいる私を演じてきていた。ある時そんな自分に疲れて、仲良くしていた子に父親がいない事を打ち明けた。そしたら次の日から、病気で亡くなったとか、交通事故だとか、離婚したとか、浮気して出てったとか。直接私に聞くわけでもなく、噂がどんどん広がっていき、父親がいないということも、あまり知られたくなかったのにも関わらず、どんどん広まっていった。そうして私=可哀想というイメージがついた。
 そんな時に梨乃が私に話しかけてきた。一点の曇りもない笑顔で、瞳で、言葉で。

 「ねえ、友達にならない?」
 「え?」
 「私奥村梨乃、よろしくね!」
 「でも私と仲良くなんてしたら、みんなから−…」
 「よろしくでいいじゃん!よろしくって言われたら、よろしくでいいんだよ!」
 「…よ、よろしく」

 こうやって私と梨乃は仲良くなり、毎日一緒にいるうちに、親友と呼べるくらいまで仲良くなった。梨乃は親友であり相棒だ。





 「え?ゆず今なんて言った?」 

 ある日の放課後の帰り道、いつも通り4人で下校していると、柚介が変なことを言い出したので、思わず龍が聞き返した。私もいまいちよく分かっていない。

 「だから、俺、好きな人できたかも」

 …はい?

 「は?!誰だよ。びっくりするわいきなり」
 「そうだよ、珍しいよ龍がこんなに声を荒げんの。そんくらいすごいこといきなりぶっ込んだって事だよあんた」

 …うん。いきなりすぎる。というか、こんなこと初めてだ。柚介は今まで一度も好きな子がいると私たちに話してきた事はない。男友達と遊んでいる方が楽しいと、女に興味がないと、言っていたのに。頭の中でぐるぐると言葉が回る中、ふと富田結奈の顔が浮かんだ。

 「誰だよ。相手は」

 い、いやだ。私今すごく居心地が悪い。…あれ。何これ。

 「富田。あの転校してきた子」

 名簿を見た時の胸騒ぎ、彼女が初めて登校してきたあの日に感じた衝動が蘇る。

 「まじか!!!ゆずあーゆーのがタイプなん?気強そうだけど、まあ美人だしな〜」
 「ちょっと、龍…」
 「…」

 何か話さないと不自然だって事はわかっている。柚介のことで私が口を出さない事は今までだって一度もないんだから。

 「タイプか分かんないし、ぶっちゃけ好きかもイマイチ分かんねーけど、なんか目がいくんだよ」

 …聞きたくないよ…柚介からそんな言葉、聞きたくない。

 「そ、それは、恋だよ!柚介!」
 「恵菜…?」

 梨乃が私の腕を掴んできた。

 「好きな人って無意識に目で追ってたり、どんだけ離れてても見つけたりするもんだよ?」
 「げ、恵菜に教えてもらうなんて俺ださくない?」
 「はー?何よそれ」
 「嘘うそ、そーゆーもんなんかな恋って。俺分かんねーから教えてよ。…てか、恵菜って恋したことあったの?俺と同じ部類だと思ってたけど」
 「あるよ。恋の一つや二つ、したことあるわよ!バカにしないでよね」
 「へ〜知らんかった。相談しろよな〜」
 「ゆ、柚介なんかにいう訳ないでしょ〜?!いい返事返ってくるとは思えないし」
 「何だよそれ!ひでーな、俺ら幼馴染なのによ〜」

 次の瞬間、梨乃に掴まれていた腕が勢いよく引っ張られる。

 「え、恵菜!そう言えば私付き合って欲しいところあったんだった!」
 「何だよ急に、梨乃今日俺んち来るって…」
 「今日!今日限定のお店なの。忘れてた〜ごめん龍。また今度!明日でもいいしさ!ほら行こ恵菜!」
 「え?あ、うん」
 「じゃーなー」

 「急に何だよあいつら〜」と嘆いている龍の声が聞こえながらも、私たちは一度も振り向くことなく角を曲がった。

 変な空気が流れる。今日限定のお店でもないし、むしろチェーン店だし、限定スイーツがあるわけでもなさそうだ。

 「梨乃〜全然今日限定とかでもなさそうだけど〜?あはは、あれ、私と二人になりたかった?てか龍のこといいの?今日お家デートだったんでしょ〜ヤキモチやくよきっと。あいつさー…」
 「恵菜」
 「うん?」
 「好き、なんでしょう?ゆずのこと」
 「え?全然!ないないない!ただの幼馴染だよ。幼馴染とも違うか、ただ付き合いが長いだけだよ」
 「気づいてたよ。私は」

 梨乃の一点の曇りのない瞳には、どうしても嘘がつけない。全て見透かされていそうで、嘘をついても手遅れな気がする。
 ああ、今まで誰にも言わずに、言えずにいたのに。このままでいいって思ってたのに。こんなにも簡単に崩れていくんだ。

 「…そ、そうか〜やっぱり梨乃には何でもお見通しだよね」
 「どんだけ恵菜がゆずのこと好きなのかも知ってるよ。だって恵菜、ゆずのこと見る目が優しいんだもん」
 「何それ〜バレバレだったってこと?」
 「うん。さっきも、きつかったでしょ」
 「ううん。私は大丈夫」
 「好きな人に好きな人がいるって、辛いはずだよ」
 「ううん。辛くないよ…まあ、ちょっとだけびっくりはしたけどね」
 「だよね…ゆずがあんな事言い出すなんて初めてだもんね」
 「本当、ちゃんと成長してんだなって母親目線になるくらいだよね〜」
 「で、どうすんのこれから」
 「んー、どうもしないよ」
 「告白とか、しないの?」
 「しないよ!そんなの」
 「何でよ。付き合っちゃったらどうすんの富田さんと。告白も出来なくなるよ?あ、まあしていいんだけどね?彼女いても。でもなんて言うか、いい気持ちではないじゃん。結果分かってするのもさ」
 「それだよ」
 「え?」
 「今告白したって、結果分かってるもん。だから今のままでいいんだ私は。ただでさえ仮の幼馴染なのにさ、それすら無くなったら私、柚介の近くに居られなくなっちゃう。見ていたいの。柚介のことずっと。これからも」
 「恵菜…」
 
 静かにカフェオレを口にする。今までの梨乃と二人で過ごす時間の中で一番静かな時間を過ごした。
 
 好きって伝えて何になる?振られたら、今みたいに馬鹿話すら出来なくなる。振った側、振られた側の肩書だけが残って、今が近すぎる分だけ気まずくなって。柚介は優しいから気を遣って目も合わせてくれるし話してくれるかもしれないけれど、その気を遣って話している柚介に、私が耐えられる保証はどこにもない。 
 私は、私を気遣う柚介と一緒にいたいわけじゃないし、そんなのは御免だ。今の柚介を失う勇気なんてあるわけがない。今は伝えない方がいい。伝えない。あの屈託のない笑顔を見れなくなるよりマシだ。大丈夫、本気でそう思っている。