『お父さんに会うことになった』

 柚介にはいつも家庭事情を聞いてもらっていたから、一応の気持ちで報告をした。

 『今、恵菜んちの下にいるんだけど、来れる?』

 クリスマスがあと1時間で終わろうとしている時、そう通知が入っていた。20分前になっている。お風呂に入っていて全然気が付かなかった。

 「柚介…!!」
 「おーきたか」
 「ちょっと、返信ないならすぐ帰りなよ、風邪引くじゃん」
 「いいって、俺丈夫だからさ!」
 「もう…そうやってこの前も風邪引いたじゃん。ほらコンビニに温かい飲み物買い行こ」
 「おー」 

 自転車を引きながら歩く柚介から白い息が出ている。もう、なんで待ってるのよ。ていうか、こんな時間になんで来てんの。

 「お父さん、会うんだ」
 「あ、そう。会いたいって連絡が来たんだって」
 「そっか…その気持ち的にはどうなの?会えそうなの?」
 「うん…なんか今日たくさんお母さんにお父さんの話を聞いたんだけど、会ってみたいなって思った」
 「美幸さんとちゃんと話せたんだな」
 「そう、もう何年ぶりってくらいに親子の時間過ごしたよ。明日早いからってもう寝ちゃったけど」
 「そっかー!よかったなあ!家族ってやっぱいいもんだろ」
 「柚介んとこにはまけるけどね〜」
 「んなことねーよ!美幸さん、お前のこと大事に思ってたよずっと」
 「そうかな」
 「おう!でもよかった〜落ち込んでるとかじゃなくて元気そうで!」
 「うん?」
 「前向きに会えるならよかったよホント!」
 「それ心配でわざわざこんな時間にきたの?」
 「たりメーだろ!俺らの仲じゃん」
 「・・・ありがとう」
 「アイス奢れよ〜」
 「はー?てか寒いのにアイスかい」
 「わかってないな〜!寒いなか食べるアイスが一番うめーんだよ!」
 「はいはい」

 彼女いるくせに…ほんとなんなの。
 なんて言ってやりたいのに口に出せないのは、どうしてなんだろう。今隣にいてくれている柚介の存在が暖かくて、どうして私じゃないんだろうって、そればかりが頭を巡っているからなのかな。

 「柚介」
 「ん?」

 私たちがいつも行くコンビニの前で、私が買ったアイスを口に運ぶ柚介。目の前の公園の時計が12時の10分前を指している。私は手を力一杯握りしめた。

 「あ…!」
 「え?何」

 下を見ていて気が付かなかったけど、柚介の声で顔を見上げると、昨日と同じ雪がちらほら降り始めていた。

 「ホワイトクリスマスだな」
 「そ、そうだね」
 「クリスマス当日に雪が降るなんていつぶりだー?去年は降らなかったし〜。あ、去年と言えばかーちゃんケーキの日付間違えて注文しちゃってたよな」
 「ああ、あったねそんなことも。結局次の日に届いて、落ち込んでた美希ちゃんをみんなで慰めたもんね」
 「そうそう。意外と完璧主義者だからミスったのが許せなかったんだよ。スッゲー落ち込んでたもんあん時」
 「んで柚介が、クリスマスが2回きたみたいで、特別でいいじゃんって言った途端に、すっごく喜んでね…ふふ、あの時の美希ちゃんの顔可愛かったな〜」
 「俺そんなこと言ったっけ?」
 「言ってたよ!」
 「柚介はやっぱすごいなって思ったんだから…」
 「ん?今なんて言った?」
 「いや?なんも言ってないよ」
 「そ?」
 「うん」

 私が珍しく柚介のことを褒めた言葉は、近くを通ったバイクの音にかき消された。
 去年のクリスマスのことはよく覚えている。中学最後のクリスマスだからって美希ちゃんが張り切って料理を作って、私はいつも通り一条家でご飯を食べた。柚太にミニカーのプレゼントをあげたら、「俺にはないのかよ」って拗ねて、「あんたになんであげなきゃいけないの」ってプチ喧嘩したんだ。 
 後日二人で雑貨屋に行ってお互いに欲しいものを買い合って解決したんだけど、あの日はすごく楽しかったし、まるでデートみたいでウキウキしてたな。次の日の26日に大きなケーキが届いて、落ち込んでいる美希ちゃんになんて声をかけようか困っていたら、柚介が言ったんだ。「クリスマスが2回きたみたいで、特別でいいじゃん!!」って。こういう所、好きだな〜って思った。ああ、柚介っぽいなって、感動したんだ。

 「あれ、さっき俺になんか言おうとしたよな?」
 「え?」

 時計は残り5分をきっていた。クリスマスの夜に、このホワイトクリスマスのせいにして、私が柚介に言いたいこと。聞きたいこと。それは…。

 「柚奈と付き合ったってほんとなの?」

 私はバカだ。もう一度柚介の口からちゃんと聞きたいなんて、自分の首をシメているのと同じことなのに、どうしても、二人っきりで、柚介の口からその言葉を聞きたかった。そしたら、きっと諦めがつくと思ったから。

 「うん。俺が告った」
 「そう…。よかったね!ずっと好きって言ってたしね!むしろようやく告ったか!みたいな所だよほんと。こんなに焦らさなくてよかったんじゃない?」
 「なんだよ、柚奈が俺のこと好きとか絶対ないってお前ら言ってたじゃんかよ!それで俺自信無くして…」

 昨日と同じ。ピクリと体が止まる。

 「柚奈…って名前で呼ぶようになったの?」
 「ああ、まあ一応?まだ本人には言えてないけどな〜なんかこう、目の前にすると緊張するんだよな〜。昨日も告った時、『富田さん』って堅苦しく言っちゃってさー…」

 ってことは、柚奈も『柚介』って呼ぶの?
 柚介って呼ぶのは私だけだったのに…。
 告白した時のこととか、聞きたくないよ。私が始めた話だけど、…もういいよ…。

 「そっか!でもよかったねほんと。おめでと」

 私は勢いよく立ち上がり、冷たくなった手をポケットに入れた。

 「おう、サンキュ。お前こそ、相澤とどうなの?お前らがそういう関係だって俺全然知らなかったんだけど」
 「は?別にどんな関係でもないよ、友達だよ」
 「あっちはそうじゃないじゃん。恵菜的に相澤はどうなの?なしなの?あいつ不器用だけど結構いいやつでさー、この前体育の時なんかー…」
 「私の話はいいって!!」

 つい強く言葉が出てしまった。なんで応援なんかするの?相澤くんのいいところを聞かせて、私に好きになれって?そんなの、柚介の口から一番聞きたくない言葉だよ。

 「あ、え?ごめん…ま、そうだよな。幼馴染だからって恋愛に首突っ込むなって話だよなごめんな」
 「そういうことじゃないけど…」
 「なんだよ、怒んなって」
 「そろそろ帰ろ。時間遅いし」
 「ああそうだな。もうこんな時間か〜」

 時計の針は12時を過ぎ、私は結局自分の気持ちを何も言い出せずに、ホワイトクリスマスに思いを閉じ込めて鍵をかけた。