太陽が山の向こうに沈んでいく。俺は愛犬のハナと田んぼと畑が続く道を歩いている。かえでの病室での出来事から、1週間後、俺と玲央は退院することとなった。あれから、怜央と俺はかえでの部屋を出禁となってしまったのだ。かえでの診察が終わった後、看護師長が俺たちの病室に来て「楽しいのはわかるけど、やりすぎなのよ君たちは。かえでちゃんはしばらく安静が必要だから、君たちは入室禁止!」と言われてしまったのだ。
俺と怜央はそれ以来、かえでの姿も見ていない。
退院するときにだけでも会えればよかったのだが、出禁が解除されることもなくそのままだった。連絡先も交換できないままだ。
「会いたいな」
抱き上げたハナの毛に顔をうずめる。ハナのふわふわの毛は、かえでの動くたびに揺れる前髪を彷彿とさせた。
ヒグラシが夕暮れ時を知らせる。俺はとぼとぼとかえでに会いたい気持ちを抱えながら、登坂をハナと歩く。
だらだらとつづく緩やかな坂を登りきると、丘が見える。そこは俺とハナだけの遊び場だった。
「え?」
坂を登り切って見えた光景に俺は目を疑った。入院する前にはなかったものがそこにはあったのだ。
深夜、俺は病院に来ていた。
病院の関係者入口から入り、かえでの病室を目指した。深夜の病院は暗く、非常灯の明かりが小さく廊下を照らすだけだった。人の気配もしない。あまりにも静かすぎて不気味だ。
人に会わないようにと隠れながら進んだが、本当に誰にも会わなかった。
順調なくらいに進み、かえでの病室の前にまで来てしまった。
緊張で心臓がばくばくし、喉からなんかでてきそう。手汗もやばいくらいにかいている。俺はTシャツで手を何回かぬぐい、そっとかえでの病室の扉をあけた。ベッドにカーテンがかかり、淡い光がみえる。
かえでの病室は以前と変っていないように見えた。ただ、一つだけベッドわきに車いすが増えていた。
もしかしたら、かえでの病状はよくないのかもしれない。今から俺がやろうとしていることは、かえでの負担になることだと思う。それでも、この機会を逃したらもう二度とできない気がした。
「かえで、かえで起きてるか?」
「ハルカ・・・?」
小さく弱弱しい声が聞こえる。前よりも本当に小さくか細い声だ。
俺はおそるおそるカーテンをあけた。