怜央が俺の描いた絵を指さしながら言った。テーブルの上には俺の描いた絵がある。犬と漢字で書き添えたのだが、どうみても馬のようなトラのような猫のような動物が真っ白い画面の隅っこに小さくいた。そう、俺は絵が苦手だ。
「ハルカのへったくそぉ」
怜央が歌うように俺のことをからかい始める。
「そういうことをいうやつはこうだっ!」
俺は怜央をくすぐりの刑に処した。まん丸い小さな体はきゃっきゃっと縮まりながら楽しんでいる。
「ぎゃはははは、くすぐってぇきゃははは」
病院には不釣り合いなほどの笑い声が響く。かえでも声をあげて笑っていた。
助かったと俺は思った。さっきの失態がチャラになるほど、明るい声で三人で笑った。
だが、かえでがすぐに咳き込んでしまった。ちょっと咳き込んだって感じではない。苦し気な咳き込み方だった。
「かえでちゃん大丈夫か?」
怜央がかえでの側に寄り添う。怜央は病院での生活が長いせいか、人の症状の悪化に敏感なようだ。
「ごめんね。はしゃぎすぎたかも・・・。」
かえでが咳混みながら謝る。
「おれ、先生よんでくる」
怜央が勢いよく病室を飛び出していった。
「かえで、ごめん。」
「気にしないで、ちょっとはしゃぎすぎちゃっただけだから」
かえでは咳混みながらも、笑って俺に気にするなと伝えてくれた。俺には何もできない。かえでに対して、労わる言葉すらでてこなかった。
かえではベッドにはいり、少し休むねと言った。
俺は、ベッドに入ったかえでの肩までそっと布団をかけた。それぐらいしか俺にはできない。
「ヘブンリーブルー見たいなぁ」
かえでは枕元に飾ってある朝顔の写真を見ていた。その表情はどこかもう諦めているように見える。俺は心臓が少しだけツキっんと痛むのを感じた。
かえでに俺ができることはなんなのだろう。
俺は生まれて初めて、誰かになにかをしてあげたいという強い欲求に心が動かされた。
かえでのベッドのカーテンをひいてあげると、すぐにかえでの担当医と看護師が駆け込んできた。俺は邪魔をしないように自分の病室にもどる。かえでに俺は何をしてあげられるだろうか、そればかりを考えながら。