廊下の奥から、中学生くらいの女の子が点滴をつけ、点滴のスタンドを転がしながら歩いてくる。水色のパジャマにカーディガンをはおり、少し長めのショートカットの前髪は赤色の小さなボンボン付きのゴムで結んでいた。結んでいる前髪が歩くたびに揺れている。その姿が俺が飼っているポメプーのハナに似ていると思った。ともかく小さく、動きが子犬のようなのだ。
「かえでちゃーん!」
「おい、待てって・・・」
怜央が女の子に突進していく。怜央のロケットのようなスピードであの小さい女の子にぶつかったら大惨事だ。俺は怜央を止めようとするが、怜央は止まらない。
ぶつかるかと思ったが、直前で怜央は止まった。女の子と会話をしながら、怜央は俺の方を指さしている。すぐに怜央は女の子の手をとってこちらに向かってきた。
「かえでちゃん、こっちはハルカだよ」
怜央は俺の前に到着すると、女の子に俺のことを紹介した。女の子を呼ぶときはちゃん付けで、俺はなぜ最初から呼び捨てなのだろうか。なんとなく、怜央の中の俺の地位が低いのではないかと感じる。
「こんにちは、俺、山中ハルカです」
「本間かえでです。この絵を描いた」
かえでと名乗った女の子は青色の空と朝顔の絵を描いたとも言った。看護師さんの話によれば、俺と同い年の子が描いたと言っていたことを思い出す。絵を描いたという目の前にいる本人はどう見ても、中学生にしか見えない。立っていても177センチある俺の胸のあたりまでしか高さがない。
「ちっさ・・・」
やばいと思ったが、もうすでに声に出ていた。思ったことがすぐ声に出てしまうのは俺の悪いところだ。自覚もしているが、言葉で出てしまったら取り消すことはできない。
「失礼だな。こうみえても私は高校二年生です」
かえでさんはちょっとだけ、背伸びをして俺に対抗してみせた。そういうところも、うちのハナに似ている。俺の頭の中には、自慢気な顔のハナとかえでさんの顔が重なって浮かんでくる。もうまともに、かえでさんの顔を見れない。また、失礼なことを言ってしまうかもしれないので顔を横にそむけた。しかし、我慢すればするほど笑いがこみあげてきてしまう。
「ハルカ、だいじょうぶか?」
怜央が気遣ってくれる。俺は笑いをこらえつつ、怜央に大丈夫だと答えた。
「もう、なんで笑うの?ハルカ君は失礼すぎだ」