心の読める僕が君に出会って変わった物語

 「おはよう蒼唯君!怪我の様子はどう?」
 「おかげさまで今日の夕方には無事退院出来そうです」
 「そっか、それは良かった!」
 花宮さんはそそくさと丸椅子を出すと昨日と同じ様子で僕の膝辺りの場所に座った。
 まさか本当に今日も来るとは……。
 しかも、ご丁寧に今日は初めから心の声が聞こえないようにされている。
 「花宮さん学校はいいの?」
 「学校には事情を話してるから大丈夫!「命の恩人のお見舞いに行きたいんです!」って言ったら一発だったよ〜。蒼唯君とは同じ学校だから先生達はみんな事情知ってたしね」
 その瞬間、終わったと思った。
 正直に言おう、花宮さんは可愛い。
 小柄で陽気な性格と、大きな目と二重、スっとした鼻筋に茶色がかったセミロング。
 雑誌に載ってるモデルと見比べても遜色ない程だ。
 もしかしたら既にスカウトされた経験だってあるかもしれない。
 そんな彼女が「命の恩人のため」と大勢の前で懇願したらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。
 僕がその命の恩人とやらだと分かればすぐに人に囲まれるだろうし、心の中では何を思われるか分かったものじゃない。
 「花宮さん本当にその調子で話したの?」
 「え?あ、いや、まぁ、だいたいそんな感じかな〜みたいな?!あはは……駄目だった?」
 珍しく歯切れの悪い花宮さんに頭を抱えてしまう。
 その言い方は絶対そういう言い方しちゃったやつでしょ……。
 花宮さんが何組かは知らないけど退院しても学校には行きたくない。
 絶対に道行く先生達から好奇な目で見られることになる。
 同級生達に知られてた場合は最悪だ。
 「じっーと、私の顔を見てどうしたの?」
 花宮さんは性格もいいし、陽キャだし、絶対に友達も多いだろう。もし絡まれでもしたら……。
 「もしかして……蒼唯君、怒ってる?」
 「いえ、怒ってはないです。ちょっと頭を抱えたい気分なだけで」
 「ごめん!」
 「大丈夫ですから、頭は上げてください!」
 「いや〜、焦ってたとはいえ、本人から言っていいか確認は取るべきだったね」
 流石に反省もしてくれているし、これ以上頭を抱え続けているのも失礼だろう。
 「それで、昨日の話なんだけどさ……」
 僕がそう切り出すと花宮さんは途端にいつもの調子を取り戻した。
 「そう!『お手伝い』の話でしょ!私もちゃんと家に帰って話まとめてきたから聞いて欲しくて」
 花宮さんが表情をパッと明るくして話すものだから言いずらかったけど、さすがにこれは言わないと駄目だ。
 「ごめんなさい。昨日も言いましたけど、やっぱり僕には無理です……。もちろん、代わりになにかあれば聞くので――」
 「そっか、仕方ないよね。蒼唯君の意見も聞かないといけないもんね」
 それから花宮さんが心の中で発した言葉に僕は息を飲んだ。
 (受けてくれなかったら、蒼唯君が心を読めることを学校のみんなにバラしちゃうかも)
 「え?」
 そんな花宮さんの脅し文句が頭に響いた。
 この人は可愛い顔をした悪魔だったのだ。
 「というか、花宮さん。心の声消してたんじゃないの!?」
 「あ、やっぱり聞こえてたんだ」
 一体どうやってそんなことしてるんだ?
 心の声が聞こえないと思ったらいきなり聞こえるようにしたりして。
 こんなことできる人に会うのは初めてだ。
 「本当にいったいどうやってるの、それ……」
 「さぁ、当ててみる?」
 僕には到底当てられない話だから黙りしていると花宮さんはニヤリと笑った。
 「それで、どう?受けてくれる?」
 「分かりましたよ!やればいいんでしょ!」と口から溢れ出る。
 苦渋の決断だったが心を読める力を広められることと比べたらそ断然そっちの方がいいに決まってる。
 僕が心を読めることが知られたらいよいよ僕の学校生活が終わってしまう。
 心が読める人なんて絶対に疎まれるし、良くて厨二病のやばいやつだ。
 「よく言った蒼唯君!」
 (こう言えば了承してくれると思ったよ)
 その言葉でハッとした。
 僕にそう言ったら願いを聞いてもらえるという確信は彼女にはなかったんだ。
 だから、彼女は僕に鎌をかけた。
 僕がすべきだった行動は「だから何?」と開き直り、その情報を広めても花宮さんが変な目で見られるだけだと強気な態度でいることだった。
 この条件を呑んでしまったことで、僕は彼女に弱味を握られてしまったんだ。
 「……花宮さん。嵌めましたね」
 「まぁね!」
 すごくいい顔で笑ってるよ、この人は……。
 最初から僕に断られること予想して、僕が首を縦に振るように仕向けてたんだ。
 わざわざ隠してた心の声まで読ませて。
 この人と一緒に居るときは頭を抱えてばかりだ。
 「これからよろしくね。蒼唯君」
 彼女はイタズラっぽくニヤリと笑い、僕に手を差し出した。
 元はと言えば、僕が彼女を殺人鬼と勘違いしたところから始まったんだ。
 さらに言えば、僕が軽率に「なんでもする」なんて言ったのも悪かった。
 彼女は別に僕にとんでもない要求をしている訳でもない。
 全て僕が招いてしまった結果なのだ。
 そう。僕が悪かった。
 だから、僕がこの件は責任をもって片付ける必要がある。
 それが自分を納得させるためだけの言葉であることは分かっているけどそう思わずにはいられなかった。
 「分かりました。これからよろしくお願いします」
 顔を引き攣らせながら、彼女の手を取った。
 そんな僕とは対照的に自然な笑みで「うん。よろしく」と言う彼女は、とびきり眩しく見えた。
 「それじゃ、『お手伝い』にあたっていくつかルールを決めさせてもらうよ!」
 元気にそう言った花宮さんを見ていると、さっきの選択を後悔してしまいそうになる。
 いったい僕はどうなってしまうんだ……。
 「私が決めたこの三つのルールには必ず従ってもらいます!いい?」
 「分かりました。もうなんでも言ってください」
 「なんかやけくそになってない?安心して!なにも無茶なお願いを聞いてもらおうとしたりはしてないから」
 「……例えば?」
 「え〜、なんだろ?フルマラソンを一緒に走るよ!とかは言わないつもりだよ」
 「それを聞いてちょっと安心しました。そんなことしたら僕はまたこのベッドで寝ることになるでしょうから」
 「蒼唯君って意外とギャグセンスあるんだね!」
 結構本気で言ったんだけどなぁ……。
 「そうじゃなくて!『お手伝い』をしていく上での二人の間のルールだよ!」
 彼女はそういうと左手の指を三本立てて、僕の方へ向けた。
 「一つ目は私たちの関係は誰にも言わないこと」
 なるほど。それは僕にとってもありがたい。
 昨日彼女が言った通りなら、『お手伝い』は彼女がしたいことのお手伝いだ。
 すると、彼女と連絡したり、一緒に行動することもあるだろう。
 そんなことが周囲に広がったら周りの人達からなんて思われるか分からない。
 「二つ目は全ての『お手伝い』が終わったらそのことをきれいさっぱり忘れること」
 「え?なにか危ないことに巻き込もうとしてますか?」
 「そんなことしないよ?!」
 「じゃあ、なんでそんなルールを?」
 「うーん……またいつか話すよ!」
 あからさまに話を逸らす彼女の心を読めたら良かったのだが……案の定、何も聞こえないしいつか本人の口から聞けることを期待しよう。
 ただ、今ので一気に不安度が増してしまったけど。
 「そして三つ目のルール。これが一番大切!」
 そう意気込む彼女を固唾を飲んで見守る。
 そこまで言うなんて一体どんなルールを言われるのだろうか。
 緊張感が張り詰めた病室でついに彼女が口を開いた。
 「お互いに相手のことを好きにならないこと」
 「……え?」
 思わず間抜けな声がでた。
 でも、確かに彼女ほどの人なら過去に恋愛面で苦労があったとしてもおかしくはない。
 そう考えると納得はできる……のか?
 「この三つのルールを蒼唯君は守ると約束できる?」
 彼女はニコッと笑い僕に問いかけた。
 「分かりました。約束しましょう」
 元々、自分に彼女が欲しいなんて思ったこともない。
 そもそも、僕は人が怖いんだから彼女がどうこうと話せるような奴ではないんだ。
 花宮さんとの関係も他言する気はないし二つ目のルールも真意こそ分からないものの、よっぽどのことがない限りできないことは無いだろう。
 どのルールも僕に支障が出るものでは無い。
 「そっか。じゃあ退院後は楽しみだね」
 「……そうですね」
 「絶対そう思ってないでしょ!心は読めないけど今の蒼唯君の顔は見たらすぐ分かるんだからね!?」
 そんなに顔に出てたかな?
 「まぁ、いいや。これから連絡も取る事になるだろうし、連絡先交換してもいい?」
 「あ、分かりました」
 ベッドの隣にある棚からスマホを取った。
 それから、僕らはメッセージアプリでお互いのアカウントを登録。
 僕らの最初のメッセージは花宮さんからで三毛猫のイラストが「よろしく!」と言ってるスタンプだった。
 「じゃあこれからよろしくね。また明日!」
 「……行ってらっしゃい」
 時刻も十二時を回り、今日もまた彼女は学校に登校するために病室を出ていった……はずだったのだが、彼女は閉まったドアをもう一度開け、僕の方に顔だけを覗かせた。
 不思議に思ってる僕にイタズラな笑みを浮かべて彼女は言った。
 「あと、私たち同級生だし敬語禁止で!あと、私のことは紫音って呼んで!」
 「えっ?ちょっと待っ――」
 「私もこれから蒼唯って呼び捨てにするから!それじゃ!」
 僕が言い切る前に花宮さん――紫音はピシャリとスライド式の白いドアを閉めてしまった。
 女子を下の名前で呼ぶなんて小学生の頃以来だからなんだが気恥しい。
 なんて思っているとふと気がつく。
 また明日って、明日も会うつもりなのか?!せっかくアカウント交換したんだから、メールで済ませたら駄目なのかな?
 というか、会うってまさか学校内でじゃないよね?
 なんて考えが巡り、やっぱり彼女と居ると頭を抱えてしまう。
 病室は昨日と同じで僕の無言の悲鳴と、彼女の金木犀の匂いで満たされていた。
 病院の先生が言った通り、僕はその日の夕方には異常はなかったとして無事退院することができた。
 迎えに来てくれた母さんの車に乗りながら紫音との『お手伝い』のルールについて考えてみた。
 ルールは合計三つ。
 一つ目は「僕らの関係を人に言わないこと」
 これはあまり気にしなくていいだろう。
 あんな可愛い陽キャと僕みたいなのがつるんでると学校に広まると心の中で何言われるか分かったものじゃないし、わざわざ僕から言うこともない。
 二つ目は「『お手伝い』が全て終わったらそこであったことを忘れること」
 なにか危なげなことをやらさせるのかと思ったけどこればかりは彼女を信頼するしかない。
 お手伝いが法に触れるようなものでなければ僕は手伝うつもりでいる。それに『お手伝い』が終わった後、それを話す人が僕にはいないし、これから作る気もない。そう考えるとこれも一つ目と同様、あまり考えなくてもいいのかな?
 そして最後、三つ目が「お互いのことを好きにならないこと」
 紫音がなにを考えているのか分からないけど、男女の友情は恋によって崩壊するというのを聞いた事ある。実際に道を歩いている時に「好きだから、この関係を変えたい」と思っている片方と「今までの関係でいたい」と思う片方でお互いの関係が崩れかかっている人達の心の声を少なからず聞いたことがある。
 だとすると、このルールもある意味妥当なのかもしれない。
 そもそも、僕が人のことを好きになることがあるのかなという考えもある。
 心が読めるせいで人が怖いのに、その一歩や二歩も先の恋愛に果たして挑戦できるのか。

 『ねぇ、今、私の心の声聞こえてないでしょ?』

 でも、彼女は何かしらの方法で心の声を僕に聞かせないようにしたり、意図的にそれを解除できたりしていた。
 逆に僕は心の読めない彼女にだったら恋することがあるのだろうか?
 ……いや、色々考えすぎか。
 この二日で起こった出来事が多くて、頭がこんがらがる。
 大きく深呼吸をして背もたれにもたれこんだ。
 明日になれば学校もある。
 とりあえず、彼女になにか言われるまでは僕はいつも通りを過ごせばいいんだ。
 ただその日常に、ほんの少しだけ非日常が加わるだけ。
 今はそう思っとけばいいや。
 「どうしたの蒼唯?なんかわくわく顔して」
 「え?そんな顔してる?」
 車のルームミラーで顔を確認したけど特に変わった様子もなくいつもの僕の顔のように見える。
 「ええ。いつも次の日が学校だとこの世の終わりみたいな顔をしてるから珍しくって」
 「別に……なんにもないよ」
 「そっか。まぁ、とにかく蒼唯が無事で良かった。事故って聞いた時は本当にびっくりしたんだからね。人を助けたのは親として誇らしいけど、もっと自分も大切にしてあげなさい」
 「うん。ごめん」
 「なんで謝るのよ」
 (本当に無事で良かった……)
 そんな心の声が聞こえてきて、心配をかけたことに申し訳なくなってしまう。
 でも、そんなにわくわくした顔してるのかな?
 母が本当に僕がそんな顔をしていると思っているのは心の声から判断ができる。
 どうやら、僕は本当に明日を楽しみにしている子供のような顔をしているらしい。
 彼女の『お手伝い』をする。
 正直に言うと僕にとってメリットなんて何も無い、彼女への償いをするためだけの行動だけど、この話に僕はあろうことか興奮を覚えているのかもしれない。
 さらに言えば、不思議と彼女に振り回されることも別に気分が悪いとも思わない。
 心が読めるからこそ、苦労してきた僕の前に現れた、心の読めない彼女は僕に束の間、小学生の頃のような普通の高校生を体験させてくれた。
 彼女からは、嫌な心の声が無理やり聞こえてくることが無い。
 その事実が、紫音が今まで人と関わることを避けて殻に閉じこもっていた僕を引っ張り出そうとしてくれているみたいで僕も自分が変われることに期待しているのかもしれない。
 彼女との出会いで僕の止まっていた歯車が今、再び回り始めた気がしていた。
  「先生から明日には普通に学校に通っても大丈夫って言われたしこれで一安心ね」
 この母の一言がそんな期待に胸を膨らましていた僕の心に冷水を浴びせた。
 『命の恩人のお見舞いに行きたいんです』と彼女は言ってしまったらしいが、明日学校に行ったらなんて言われるだろうか。
 誰も紫音の命の恩人が誰か分からない状況が一番良い。せめてクラスには広まっていなければ助かるんだけど……。
 ひと握りの期待と漠然とした不安でその日はベッドに横になった。
 朝、学校に着いてまず一つ最悪の事実が分かった。
 「おはよう蒼唯!もう体は大丈夫なんだね!」
 「……うん。おかげさまで。というか、僕ら同じクラスだったんだね」
 「え!?それは酷くない?もう秋だよ?!」
 まさか紫音が同じクラスだったとは……。
 僕が今までいかにクラスメイトを見てこなかったというのがよく分かった。
 紫音の言っていた通り、もう秋だというのにこんなに目立つ人を認識してなかったことはさすがに自分を疑った。
 でも、よく考えれば僕は普段からどの心の声がどの人の声なのかを認識しないために極力人の顔は見ないようにしていたし、人の話し声は聞き流すことを徹底していたからありえないことではない。
 心の声でなにか言われてもそれが誰か分からなかったら心へのダメージが少ないのだ。
 だって、その人の顔を見る度に僕が嫌な気分にならなくて済むから。
 ただ、それがここにきてマイナスに働くとは……。
 確か彼女はクラスでここ二日間の午後登校の理由を「命の恩人のため」と言っていたはず。
 そして、今まで微塵も関わりがなかった僕なんかに朝、扉を開けて直ぐに紫音が話しかけに来たら教室にいる人たちがどう思うかなんてすぐに分かる。
 (え、あれが紫音が言ってた命の恩人!?めっちゃ陰キャじゃん。てか、クラスにあんな子居たんだ)
 (紫音そういう男がタイプだったとか意外〜!というか、同じクラスなのウケる!)
 (あいつ、俺の後ろの席でずっと寝てる奴か?なんであんなやつなんかに紫音さんが……!)
 (あいつ程度なら俺の方が……!羨ましい!)
 女子からは精神的にきつい心の声が入り、男子からは身の危険を感じる声がチラホラ聞こえる。
 というか、自分のせいとはいえ誰一人僕の存在を明確に覚えている人がいないとは……。
 僕も紫音が同じクラスと分からなかった程だから人のことを言えた立場ではないのだけれど。
 やっぱり学校なんて来なければ良かった。
 「てか、なんで話しかけに来たの!?僕、あんまり人と関わりたくないって話したよね?目立ったりしなくないんだけど?」
 「いいじゃん!これくらいなんともないよ!」
 「僕にとってはあるんだよ!!」
 周りに聞こえないように話すと紫音もそれに乗ってきて二人して小声で話す。
 本当にこの空気をどうしよう?!
 僕がなんか言ったりするのは逆効果だよね?
 さっきから本当に身の危険を感じる言葉も聞こえるんだけど?!主に男子から!
 紫音ってこんなに人気だったのか。だったら、紫音はもっと自分の影響力というものを自覚してほしい。
 すると、僕らが話している扉の方に大柄で小麦色の肌をした男の人と、ポニーテールで色白のスレンダーな女の人が教室の席から寄ってきた。
 「紫音、こいつがお前が前言ってた『命の恩人』とやらか?」
 「そうだよ!事故に遭いそうなところを助けてくれたの!」
 「紫音危なっかしいから事故に巻き込まれそうになるんだよ。もっと気をつけて!」
 「私も一応助けに入った側なんだけどね?!」
 「え?そうだったの?」
 クラスメイトであろう女の子が僕の方を見て言った。
 「確かに、しお……花宮さんは小学生を助けようとしてましたよ」
 (蒼唯。次、上の名前で読んだら蒼唯のこと学校中に話して回るからね)
 心の声で紫音から思ったより真面目なトーンで脅されて背筋がピンッと伸びた。
 恐る恐る紫音のことを見ると……なんというか、怖い顔をしてた。
 それから、紫音の鋭い眼光が僕を射抜いて思わず目を逸らす。
 何も知らないクラスメイトからしたら僕なんかと紫音のような人が下の名前で呼び合っていたらどう思われるかなんて分かるでしょ!っと突っ込みたかっけどこれ以上言うと本当に学校中に僕の話を広めそうなので言う通りにすることにした。
 「でも、紫音が事故についてあんまり教えてくれなかったから紫音が飛び出したんだと勝手に勘違いしてた」
 「教えてくれないっていうか学校にいる時間が少なかったからな」
 「確かに」
 男の人の声は低いけど、どこか人の良さが滲み出ているような、人懐っこい大型犬のような人という印象に対して女の人はよく見たらスカート折ってるし、ノリが軽い感じがする。……ちょっと怖い。
 「蒼唯ももう体は大丈夫なのか?」
 「え、あ、はい。というか、名前……」
 「比奈蒼唯だろ?窓側の後ろの角席の。もちろんクラスメイトの名前くらい全員分覚えてるって!」
 僕より頭一つ分高い彼は熱血な雰囲気ながら爽やかにはにかんだ。
 僕が聞きたかったのはいきなり下の名前で読んできたことについてだったんだけどなぁ……。
 クラスメイト全員の名前覚えているのも十分すごいことなんだけど。
 まさか、このクラスに僕の下の名前まで覚えている人がいるとは。
 「もちろんとか言うけどクラスメイト全員の名前全員とか、あんただけだからね?」
 「普通春までには全員覚えてるだろ?」
 「大輝君すごいね!私もみんなの上の名前までなら言えるんだけどなぁ」
 「紫音のそれも十分すごいことだからね?」
 三人の会話は次第に盛り上がっていき、僕はあっという間に置いてけぼりになってしまった。
 こういう時ってどうするのが正解だろうか?
 席に行っていいのか?一番角が立たない行動はなんだろう?
 思考停止しそうになりながら突っ立っていると紫音に大輝君と呼ばれていたクラスメイトがこっちにようやく気づいてくれた。
 「そういえば今まで俺たち、なんだかんだでまだ喋ったこと無かったよな!改めて俺は加賀(かが)大輝(だいき)。大輝でいいぜ」
 「私は佐倉(さくら)乃々(のの)。好きな呼び方でいいよ」
 「……比奈蒼唯です。よろしく」
 「二人は私の中学校からの友達だよ!」
 大輝君が右手を出してきたので僕も手を取る。
 彼の手は運動していない僕なんかよりずっと硬くてゴツゴツしていた。
 体格的に野球とか、なにかスポーツをしていたのかもしれない。
 相変わらず大輝君の笑顔は眩しかった。
 笑顔が素敵な男性とはこういう人のことなんだろうなと腑に落ちた気分だった。
 だけど、申し訳ないが正直に言ってしまえばこの状況は厄介そのものだった。
 この二人はいい人だ。今話している表面上でも、心の声を聞いていてもそれが分かる。
 人の愚痴やら悪口やらが二人からは一切出てこないのだ。
 でも、人間関係というのは話している本人同士だけのものではない。
 それを見て、他の人がどう感じるかも、また人間関係なんだ。
 見ている人だけではない。誰と誰が話しているという噂話を聞いた人もまた、当人達に色々な感情を抱く。
 人間関係というのは複雑に絡み合う糸のようなものなんだ。
 決して人には推し量れない、無限に広がっていくもの。
 だから紫音はさておき、この二人とはこれ以上関わることはできない。
 他の人の心の声を聞く限り、大輝君も佐倉さんもクラスでは人気者のようだし、廊下を歩くだけでも僕とこの三人が話していたという噂話を聞いた人は僕に色々なことを思うだろう。
 紫音が僕に駆け寄ってきたときのクラスメイトの反応しかり、それは決していい感情ばかりではないはずだ。
 だから、これ以上深く関わるのは辞めておこう。
 話しかけられたら頑張って失礼な態度にならない程度の最低限の会話をしていたら、きっと二人もそのうち僕に飽きて離れていくだろう。
 今だけ耐えれば大丈夫。
 心の中でそう思っていた時だった。
 (蒼唯、聞こえる?)
 紫音からの問いかけが頭に響いた。
 紫音の方を振り向くと目が合い、それで僕が聞いていることを確認したようだ。
 (これから記念すべき第一回目のお手伝いをしてもらいます)
 「え?こんな時に?今じゃなきゃダメなの?」
 「ん?蒼唯なんか言ったか?」
 「え、あ、なんでもないです!」
 小声で紫音に話したつもりだったんだけど、大輝君耳良すぎない?
 佐倉さんは心の中で(なんか言ってた、今?)なんて言ってるのに。
 紫音は心の声で僕に黙っていても思いが伝わる一方で僕が紫音になにか伝えなければいけない時は喋らないといけないのは不便だな。
 教室の中じゃ、僕は紫音と会話しただけで命の危機を感じるというのに……。
 (それで、お手伝いの内容なんだけどね……)
 紫音はもうこのまま喋り続けることを決めたようで、僕も自然体を装ってその声に集中した。
 (実は蒼唯にはこの二人の恋を実らせて欲しいの)
 僕は思わず紫音を二度見した。
 僕は人と関わるのは嫌だとさっきも言ったはずなんだけど!
 (二人は私の大切な友達なんだ。だから、二人が幸せになるところをこの目で見たいの)
 紫音は明るく、分け隔てない性格の通り、友達も多いだろう。他の人からの心の声でもそうなのが分かる。
 でも、そんな紫音が二人を『大切な』友達とするということは二人は特別な存在なのだろう。
 力になってあげたい気持ちはもちろんある。
 ただ、僕は……。
 (もちろん、それには私も協力する!二人で成し遂げるんだよ!人と関わるのが怖いくても私が隣にいるから大丈夫。だからお願い!)
 紫音のその必死なお願いに僕は嫌とは言えなかった。
 この件といい、事故から人を庇ったりとなんだかんだ僕ってお人好しだったのかな?
 人と関わることがないから初めてそんなことを思った。
 大輝君と佐倉さんが二人で喋っている横で僕は黙ったまま紫音の方を向いて渋々頷いた。
 すると、紫音の顔は途端と明るくなり、今にも飛び跳ねそうに身震いをした。
 「さぁ、二人ともそろそろチャイムなるから席ついて!蒼唯も呼び止めてごめんね!」
 「確かに病み上がりを呼び止めて悪かったな。万が一辛くなってら相談してくれよな!」
 「改めて紫音のことありがとね!」
 紫音に背中を押されながら去っていく二人に手を振りながら自分の席に向かう。
 まだ登校しかしてないのにこんなに話したのも久しぶりでなんだか疲労で体が重い気がした。
 一限目のチャイムも鳴り、号令に合わせて頭を下げた時に、紫音からの心の声がまた頭の中に響いた。
 (蒼唯なら、二人の好きな人を心の声を聞いてたら分かるでしょ?)
 紫音の言葉通り、僕なら二人の好きな人を簡単に知ることができる。
 というか、二人の好きな人なら既にもう分かっている。
 ただ、この恋はちょっと……いや、非常に複雑なようだった。
 『放課後、靴箱集合で』
 一日の授業も終わり、教科書を鞄に入れ帰り支度をしているとスマホに一件のメールが入っていた。
 送り主はもちろん、紫音から。
 というか、僕のスマホには母さんと祖父母、それから紫音のアカウントくらいしか登録されていないのだけど。
 ……一応、父さんのアカウントも登録してあるが会話履歴が動いたことは今までない。
 紫音の方を見てみると、紫音は僕より先に帰り支度を終えたようで教室を出る時に僕を見て、(待ってるよ!)と心の中で言って出ていってしまった。
 まだ何も聞かされていないし、正直このまま帰ろうかとも思ったけど、紫音に言わなければいけないことがあるし、心が読めることを広めるられても困るから今日はそのままついて行くことにして、紫音が出てから少し間を置いて教室を出た。
 「蒼唯も帰るのか!退院したばかりなんだから気をつけて帰れよ!」
 「あ、大輝君。ありがとうございます」
 「だから、大輝でいいって!あと、敬語もいらないから。もっとフランクに話して欲しい!」
 僕は反応に困った。
 紫音の時もそうだったけど、あんまり人と関わりを深めたくないから距離も縮めたくない。
 朝は大輝君とも少し話したけど、それは今日限りの、退院したクラスメイトが学校に久しぶりに来たから物珍しさで話したという程度の特別な会話にしたかった。
 でも……。
 『こいつがいると場が時シラケるんだよな』
 不意にそんな過去の言葉が僕の胸を締め付けた。 「……うん、わかったよ」
 「おう!それじゃあ俺も部活行ってくるわ!野球部だから毎日練習あるんだよ」
 「大変だね。頑張って」
 やっぱり野球してたんだ。
 大輝は手を振って教室の前の扉から出ていった。
 僕もそれを見て、靴箱へ向かう。
 今のはあれで良かったんだ。
 大輝の主張を無視して敬語で喋り続けたら、空気の読めないやつとして嫌われる可能性もあった。
 心を読んで敬語抜きで話して欲しいというのは本心だというのも分かっていたし、この対応で良かったはずなんだ。
 階段を降りる足はいつもより早く回り、額からは変な汗をかいた。
 あれは僕がその時に判断した最良の選択だ。
 そうやって階段を一段降りる度、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
 「あれ?蒼唯早かったね!急いで来てくれたの?嬉しい!」
 「別に……急いでないし」
 「嘘だ!汗かいてるよ。嬉しいけどそこまでしてくれなくてよかったのに」
 紫音は持っていたハンカチで僕の額を拭こうと顔を近づけた。
 「あれ?蒼唯、なんか顔色悪い?」
 さらに顔を近づけてきた紫音の肩を掴み咄嗟に引き剥がす。
 「あの、近い……です」
 「え?あ、ごめん!人に見られたらどう思われるか分からないもんね!」
 紫音は急に早口でなにやら言ってきたけど、僕としては顔色の話から逸れたことで内心ほっとしてあまり聞こえていなかった。
 「……気にしてるの私だけ?恥ずかしっ」
 いつもより少しだけ赤い顔をして小さく呟いたその声は聞こえてて、その言葉に僕も今になって恥ずかしさが込み上げてくる。
 「ほら、蒼唯行くよ!バスに遅れちゃう!」
 靴に履き替えてから紫音は僕の手を取って引っ張っていく。
 「ちゃんと歩けるから離して!あとバスってどういうこと?いったいどこに行くの?!」
 「知らない!」
 「知らないって……」
 気にしてるのが自分だけだと思ったから怒ってるのか?
 『お互いを好きにならないこと』とルールを決めたのは紫音の方なのに。
 プンスカと怒った紫音の手は僕の手を決して離そうとせず、仕方がないので甘んじて受け入れた。
 せめて、誰にも見られてませんようにと願いながら歩いた。
 校門を出て、道を真っ直ぐ歩くこと約十分。
 やっとバス停に付き、ここでやっと手を離してくれた。
 ここ来るまでに同じ学校の人とすれ違わなかったのが本当に奇跡だ。
 うちの学校の生徒のほとんどが何かしらの部活動に入っているのが関係しているのだろうか。
 そのせいで帰宅部は今まで肩身が狭かったが今はそれに深く感謝したい。
 「で、本当にどこに行くの?」
 「よくぞ聞いてくれたね!
 「勿体ぶらずにちゃんと教えて」
 「つれないなぁ〜。そんなだとモテないよ」
 「モテなくていいんだよ」
 その後もブツブツと文句を言ってたけど向こうに乗る予定のバスが見えてやっと紫音は目的地を口にした。
 「駅前のショッピングモールに付いてきてもらおうと思って」
 「ショッピングモール?」
 「うん。レッツショッピング!」
 紫音は右手を空に突き上げて気合十分だけど、僕はあまり乗り気ではなかった。
 でも、バスがもう到着してしまう。
 これを逃したら今度こそ同じ学校の誰かに僕らが話しているところを目撃されてしまう。
 それは絶対に避けたいから端的に質問をした。
 「それは『お手伝い』のうちの一つ?」
 バスが到着し、乗り口に足をかけた紫音は振り返ってニッコリと笑った。
 「さぁ?あんまり考えてなかった。でも『お手伝い』って言ったら来てくれるならそう言おうかな」
 紫音は分かって言ってる。
 これに僕が乗らなかったら明日には僕の心を読む力が学校中に広めると言うことを。
 僕はため息をついてバスに乗り込んだ。
 だって僕に拒否権はないんだから。
 「大丈夫!蒼唯にも関わることだから!」
 僕を脅してるにも関わらず、その笑顔は皮肉にも眩しく見えた。

 「着いたよ!ここが今日の目的地です!」
 「……本当にここで合ってる?」
 「ここで合ってるよ!ここまで来てなんで疑うの?」
 バスに揺られ三十分、それから徒歩で十分した頃だろうか。
 ついたのは僕らが住んでるあたりで一番大きなショッピングモール。
 中には雑貨屋などはもちろん、映画館やゲームセンターまで併設されていて、今日は平日だというのにさっきから人がどんどん入っていく。
 それにここは中高生がデートで行くのに有名なスポットなんだけど……。
 チラリと横を見るけど、紫音はそんなこと一つも気にしていなさそうだ。
 「……悪いけど、人が多いところは苦手でだから今からでも帰っていいかな?」
 「残念だけど、今日ばかりはそれは無理です!」
 自分の体質を用いた上手い言い訳だと思ったんだけど今日の紫音は強い。
 いや、『お手伝い』といい、ここまで引っ張られてきたことといい、紫音が僕のこれからを強引に決めてくることはいつものことか。
 改めて自覚してガッカリと肩を落とす。
 なんで僕はこんな人に弱味を握らせてしまったんだ……。
 「ほら、蒼唯!グダグダしてないで行くよ!」
 紫音はまた僕を引っ張りショッピングモールの扉をくぐった。
 ただ今回掴まれたのがはバス停までの手首ではなく、今回はしっかりと手が握られていたことには少し驚いたけど、周りのカップルに馴染むにはこの方が良かったんだろうと自分を勝手に納得させた。
 それから紫音に引っ張られるままに色んなところを回った。
 クレープを食べたり、作りもしないハンドメイドのお店を覗いたり、文房具店を見てたり、ゲームセンターでUFOキャッチャーもした。
 「どう?楽しい?」
 「……まぁ、普通かな」
 「蒼唯ってツンデレ?」
 「違う!」
 でも、久しぶりに人と外で遊んで案外悪くないと思ってる自分がどこかにいるのは確かだ。
 こんなこと、人の心が読めるようになってからしていなかったから分からなかったけど案外僕の中には心が読めるようになるまでの性格がどこかに残っているのかもしれない。
 でも、そろそろ限界だ。
 「っ!!」
 僕は頭を抑えて思わず蹲ってしまった。
 「どうしたの蒼唯?!もしかして事故の影響がまだ……!」
 「……大丈夫。これは心が読める弊害ってやつかな」
 「弊害?とりあえず休もっか。無理して連れ回してごめんね。向こうの椅子まで歩ける?」
 紫音の肩を借りて少し先の椅子に腰掛ける。
 紫音が僕の傍に椅子にも座らず、心配そうに顔を覗き込むので悪い気がして向かいの椅子に座ってもらった。
 僕はノイズキャンセリングの無線イヤホンをつけて落ち着くまでじっと耐えた。
 そんな僕を紫音は心配そうな顔で黙って見ていた。
 落ち着いた頃にイヤホンを外してから紫音は話しかけてくれた。
 「蒼唯大丈夫?」
 「うん。もう大丈夫。もういい時間になって人が徐々に帰っていってるんだろうね」
 「どういうこと?というか弊害って?」
 「簡単に言えば『音酔い』に近いのかな?」
 この現象を言語化したことがなくて形容するのが難しい。
 「僕には心の声が僕の意思関係なく、直接頭に響くように聞こえるんだ。耳を塞いでも貫通してくるほどの大音量スピーカーが耳元に置かれて、常に鳴ってる感じって言ったらイメージしやすいかな?」
 「え、そんな感じで聞こえてたの?!確かにそれは嫌だ……蒼唯もよくそれで普通に生活出来てるね」
 「最初は何回も吐いたし、倒れたよ。特に学校とかこういう場所は人が多いからその分声も増えて、それこそ脳が割れるように痛む時もある」
 それを聞いて紫音の顔は青くなり、勢いよく頭を下げた、
 「ごめん!私そんなこと知らずに無理やりここに連れてきて……」
 「ち、違うよ!謝って欲しかったんじゃないんだ!今日は本当に楽しめたし、そのことを事前に言わなかったのは僕だ」
 紫音をなだめて、頭を上げさせる。
 弱味を握って脅すことには何も感じないのに、こういうところは意外と気にするらしい。
 「でも私。蒼唯が心を読めることについて、分かったような気でいて何も知らなかったんだなって」
 「それはそうだよ。僕が意図的に話さないようにしてるんだから」
 「どうして?」
 その言葉が胸にブスリと刺さったような気がした。
 これから口にする言葉が僕の心を重くした。
 「言っても誰も信じてくれないからね。信じてもらえても、次にはその人は僕のことを化け物だと忌み嫌ってる。それはそうだ。心を読める人なんて身の周りにいて欲しくないに決まってる」
 自虐的な笑いが溢れ出る。
 それで幼い頃、僕がどれだけ苦労したか。
 そのせいで、僕は人が怖くなってしまったんだから。
 「でも、もしかしたら分かってくれる人がいるかもしれない――」
 「それはないよ」
 僕は紫音が言い切る前にそう言って遮った。
 「人っていうのは自分に分からないものを遠ざけたがるんだ。だから、天才って呼ばれる人は周りに避けられるし、その逆の人は他人に疎まれ、蔑まれる。僕はそういう声を何度も聞いてきた」
 学校の中で、街の中で、お店の中で、そのような場面は何度も何度も目にした。
 「人が人を嫌う理由なんて、『自分と違うから』なんて理由で十分なんだよ」
 紫音はしばらく下を向いて聞いていた。
 紫音はどこでも明るくて、きっとみんなに好かれてきたんだろう。
 だから、きっとこういう、人の心の闇とは無縁のはずだ。こうなるのも無理は無い。
 僕が「気にする事はないよ」と言いかけた時、紫音は肩をワナワナと震わせて、勢い余ったかのように机をバンッと叩き立ち上がった。
 「でも私は違うよ。私だけは蒼唯のことを信じてるし、化け物だなんて思わない」
 紫音のその真っ直ぐな瞳に僕は絆された。
 人に嫌われて、人を嫌いになって関わらなくなった僕に久しぶりに向けられた純粋な感情だった。
 「私は心読まれないしね」
 「本当にどうやってるの?それ」
 「企業秘密です!気になるなら当ててみな!」
 紫音は口の前にバツを作って目細めて僕を威嚇した。
 「じゃあ、今日はなんで僕をここの連れてきてくれたの?」
 今日一日、新鮮な体験を楽しめた一方でそのことがずっとその事が疑問だった。
 「蒼唯のこと、もっと知りたいと思って!」
 紫音は席に座り、屈託のない笑顔で笑った。
 しまったと思った。向かい側ではなく、隣とかに座らせるべきだった。
 思わず顔を逸らすと紫音は「これからパートナーになるんだからね」と言って、その言葉でやっと顔から熱が冷めた。
 紫音は自分から『お互いを好きにならないこと』なんてルールを作ったくせに言い回しや行動がいちいち紛らわしい!
 今まで人と話してこなかった僕には十分刺激的な訳で……。
 紫音はどうしてか心も読めないし、本当に何を考えてるのか分からない。
 「ねぇ蒼唯。もしよかったらあなたの昔の話を聞かせて」
 でも、心が読めないからこの力を手にする前のように僕は紫音と話すことができるんだろう。
 だから僕は紫音になんでも話してしまうんだろうなって、そう思った。
 それこそ今まで誰にも話してこなかったような話を。
 「じゃあ、僕の昔の話を聞いてくれる?」
 それから紫音には僕が心を読めるようになってすぐの話をした。
 父さんと母さんが離婚したこと、その後は母さんに引き取られてここへ引っ越して来たこと、心が読めるようになって人が怖くなってしまったこと。
 それらを僕が吐き出すように話し、紫音はただ黙って聞いてくれていた。
 「……そんな過去があったんだね」
 「気にしないで。今となってはもう過ぎたことだよ……っていつまでも人が苦手なままの僕が言うのも変なんだけど」
 自嘲気味に笑って見せたが、今度は紫音は笑ってくれなかった。
 「その後、お父さんとは会ったあるの?」
 「いやないよ」
 「なんで?蒼唯はお父さんがまだ好きなんでしょう?……あっ、家が遠いとか?」
 「父さんがいるところは引っ越す前の所だから日帰りで行って帰って来れる距離だよ」
 「じゃあ、なんで?」
 「怖いんだ。僕が心を読めるようになったのは母さんと家を出てからだから、父さんの心の中は一度も読んだことがない」
 「……つまり?」
 「父さんが僕をどう思っているのかを知るのが怖い。もしかしたら父さんは僕のことが嫌いなのかもしれない」
 「それは、蒼唯のお父さんが言ってたことなの?」
 「ううん。でも、きっとそうだ。そうでなければ二人は離婚しなかったし。今頃僕のスマホには父さんからメッセージが送られてきてるよ」
 僕は父のアカウントが登録されて、トーク履歴が動かないままのスマホ画面を紫音に見せた。
 「だから、会いに行っても無駄だし、僕は父さんに会って傷つきたくない」
 そう言って下を向く僕の顔を紫音は覗き込んで悲しそうな顔をして言った。
 「じゃあ、なんでそんなに苦しそうな顔をしてるの?」
 僕は咄嗟に顔を上げた。
 僕は今、そんな顔をしてたのか?
 紫音と出会ってから、僕の表情は豊かになってしまったのだろうか?
 目の前の心配そうな顔をしている紫音にもう大丈夫と示すため、顔を一度両手でパチンと叩き、作りなれてない不器用な笑顔を披露した。
 紫音は心の声は隠せるくせに、表情から出る感情は隠せないらしい。
 まったく器用なのか不器用なのか分からない人だ。
 「さ、話はこれでおしまい。ここでの用事はまだ何か残ってるの?」
 さっきまでの重い空気を引き摺ってしまうかと思ったがさすがは紫音。
 僕が慣れてないながらに頑張って雰囲気を明るくしようとしているのを受けて紫音もいつもの調子で僕の手を引いた。
 これが紫音がクラスで人気者になっている所以なのだろうな。
 「あと行きたいところが一つ残ってるの!付き合ってくれる?」
 僕に答える暇を与えずに、紫音は手を引っ張っていく。
 僕は紫音を事故から助けたけれど、今は紛れもなく紫音が僕を救ってくれた瞬間だった。
 「最後はここだよ!」
 さっきまでいた三階からエスカレーターで二階へ降りて、ついたのは雑貨屋さん。
 隣の服屋やペットショップなんかと大きさを比べるとやや小さい。
 入口は狭く、店頭にまで物が雑多に置かれている。
 「ここでなにか買いたい物でもあるの?」
 「うん。最初に言ったでしょ!蒼唯にも関係することだって」
 細い入口をスイスイ進んでいく紫音の後ろを僕は黙ってついていく。
 どうやらここで僕に関係するものを買うらしい。
 正直何も想像がつかないのだけれど……。
 紫音は既に物の目星がついているようで「あれ?この辺だったような気がするんだけど……」なんて言いながら同じコーナーをぐるぐると見て回っている。
 肝心の僕は何を買うのか知らされていないので何もできず、紫音の後ろをカルガモの子供のようについて歩いた。
 「あっ!これだよこれ!」
 紫音が棚の隅々まで見るように探していると僕らが最初に通過した辺りの棚から手のひらサイズの箱を手に取った。
 「何それ?」
 「ふふん。私たちのコミュニケーションを楽にしてくれるものだよ」
 謎のドヤ顔で「この前見つけたんだ〜!」なんて言ってる紫音を尻目に箱の中を除くと中には白と黒で対になっているブレスレットが二個入っていた。
 ブレスレットの両方には腕時計の時計部分のような円盤がこれも色が白黒で対になるようについていた。
 もしや……!と思ってさっき紫音が箱を取った場所をよく見るとすぐそばのポップには『遠距離カップルのためのブレスレット』なんて書いてある。
 「あの……紫音さん。これは一体?」
 「これを蒼唯と私でつけようと思って!」
 『僕らの関係性は周りには秘密にする』ってルールを決めたのは本当に紫音だよね?
 しかもお揃いだし……。
 紫音は自分で決めたルールを守る気があるのか?
 「ペアルックなのは申し訳ないんだけど、これには訳があって……」
 「訳って?」
 「蒼唯、ちょっと腕出して!」
 紫音に言われて右腕を出すと、紫音はブレスレットの黒の方を僕の手首に巻いた。
 「僕にアクセサリーとか似合う気がしないんだけど……」
 「まぁまぁ、そう言わずに!」
 紫音に促され、そのまま手首につける。
 意外と腕にフィットして付け心地は良かった。
 「それじゃあ、いくよ?」
 「えっ?それってどういう――」
 言い切る前にその言葉の意味がわかった。
 紫音が対になっている白の方の円盤部分を二回タップすると僕がつけていた黒のブレスレットが振動し始めた。
 「これって……」
 「そう!びっくりしたでしょ?どれだけ遠く離れてても繋がるらしいよ!」
 確かにすごいけど、これがどう僕に関係するのだろう?
 「今日、二人で内緒の会話をした時、蒼唯は私の心を読んでくれたから私は話さずに済んだけど、蒼唯が私に話す時はどうしても声に出さないといけなくて不便だったじゃん?」
 確かに、紫音は言葉を口にしなくて良いが僕は紫音になにか言う時、口に出さないといけない。それに僕は何度困ったことか。
 特に大輝は耳が良いから特に困ったし、この調子なら紫音はこれからも学校で話しかけてくるだろうからどうしようかと悩んでいたところだ。
 「これがあればさ、私が今日みたいな会話じゃなくて『はい』か『いいえ』で答えられる形式で話を振れば、蒼唯もこの振動の回数で答えることができてお互い言葉に出さずに会話が成立するんじゃないかなって思って!」
 「あっ、確かに」
 例えば、紫音が今日のように「放課後集合、場所は靴箱」と心の中で呟く。
 僕はそれを聞いて、『すぐ行く』なら一回、『今日は無理』なら二回振動させると事前に決めていたら確かにこの会話は言葉を口に出さずに成立してしまう。
 「そう考えると便利……かも?」
 唯一問題があるとすれば、紫音とお揃いをつけていることがバレれば僕がクラスで村八分にされる可能性があるってところくらいか。
 それでも、人と喋りたくない僕からしたらメリットの方が勝つ。
 それに幸いにも僕は誰かがブレスレットに少しでも違和感を感じたらそれを心の声で察知することができる。
 「蒼唯の反応も良いし、じゃあ買ってこようかな」
 「あ、待って。僕もお金出す」
 「そんなのいいよ〜。私が勝手に言い出したんだから」
 「駄目だよ。お金関係はちゃんとしよう」
 これは僕のための物でもあるし、女子に奢ってもらうのも男として格好がつかないだろう。そう店員に心の中で笑われるのも嫌だし。
 値段を見ると、二万円と値は貼ったが、これを二人で割るし、これからの僕の心労が幾分か休まるのなら安いものだろう。
 どうせ毎月貰っているお小遣いも家に引きこもってばかりで使い道も無いし。
 その後紫音がレジにスタスタと歩いていき、会計を終わらせているのを少し離れたところで見ていると店員と紫音は何かを話し、その後僕の方を見て笑った。
 「おまたせ!買えたよ!」
 「……紫音、店員さんに何言ったの?」
 さっき店員さんから(チッ、カップルがイチャつきやがって)って聞こえたんだけど……。
 「えっ?『後ろの彼氏さんとお揃いですか?』って聞かれたから『そうなんですよ!でも、私の彼氏は恥ずかしがり屋でー』って言っといたよ!蒼唯なら分かるでしょ!」
 確かに、定員の心を読めば分かるけど!
 「僕らの関係は口外しないんじゃなかったの?そもそも、僕ら付き合ってないし」
 そう言うと紫音はまたもやムッと頬を膨らました。
 「あの人とは今日きりの出会いだから良いんだよ。それに、そんなこと言ってるからモテないんだよ!」
 「だから、僕は――」
 何度も言うのも面倒臭くなって、言うのを途中で辞めた。
 紫音と話しているといつも主導権を握られて調子が狂う。
 「それで、ちゃんと買えた?」
 「もちろん!蒼唯にはこっちの黒の方あげるね」
 「ありがとう」
 手で受け取ろうとしたら「つけてあげるよ!」と言われ、利き手では何かと見えてしまう機会が多そうなので、左の手首につけてもらった。
 「じゃあ、紫音のもつけてあげる」
 「え!いいの?ありがと!」
 僕ばかりブレスレットをつけてもらっているからお返しにと思って言ったが、予想以上に喜んでくれてなんだか体がむず痒かった。
 「わぁ〜!改めて見ると綺麗だね!」
 紫音は左利きなので右手首につけて、僕のと並べて見比べるように手を出した。
 「これで会話も少しは楽になるね!」
 「そうだね。助かるよ」
 「えへへ〜」
 紫音は照れたように頭をかいた。
 「これで今回の『お手伝い』も少しは楽になりそうかな?」
 僕に貸された最初のお手伝い。
 それは『佐倉さんと大輝の恋を成就させる』こと。
 「二人の好きな人は分かった?心の中で想像させないといけないなら私からそういう話を振った方がいいよね?」
 二人のことが本当に大事なんだろう。
 紫音は二人のこれからのことを考えているようでわくわくが隠し切れていない。
 でも、この恋は……。
 「いや、もう分かったよ。二人の好きな人」
 「えっ?!もう分かってたの?」
 「うん。でも二人の好きな人は……」
 「あー!やっぱり私には教えないで!そういうの言われると私すぐ態度に出ちゃうから!」
 「えっ?」
 心の声は隠せるのに?と喉を出かけた言葉を必死に飲み込んだ。
 今の状況の方が僕にとって好都合だったから。
 言わなくていいならそれに越したことはない。
 二人の好きな人はきっと軽々しく口にしてはいけない。
 特に、佐倉さんのは……。
 「ねぇ、二人の恋を叶えるのって急がないといけないことなの?二人のことを見守るとか……高校を卒業してからもきっとそれぞれに進展があるだろうし――」
 「それじゃあダメなんだよ」
 紫音がはっきりと言い切ったのに少し怯んだ。
 紫音の顔は下を向いて表情は読み取りにくかったけど苦しそうな表情だった。
 (時間が無いの……)
 紫音の漏れ出たような心の声が頭に響いた。
 時間?
 なんの時間だろうか?
 紫音とあの二人は別々の場所に進学してしまい、会うことができなくなるとか?
 この三人の仲なら卒業した後でも自然と定期的に集まっていそうだけれど。
 僕らの出会いといい、まったく紫音はよく言葉の意図が分からないことを言って僕を混乱させる。
 言葉の意味は気になったけど、今それを言及するのは辞めておいた。
 心が読めなくてもこんな表情をした人に聞くほど僕は能天気では無い。
 「……はっきり言って、きっとこの恋が叶うのは難しいと思う。それでもやるの?」
 「うん。やるよ」
 紫音は迷いなく、そう答えた。
 「例え、それで二人の恋が叶わなかったとしても?」
 「それならそれでいいんだよ。私は二人が幸せに過ごしているところを見たいだけなの。二人はいつも何かを気にしているみたいだったから」
 紫音は何かと人のことをよく見ている。
 この紫音の余計なお世話で振り回される二人も可哀想な気もするが、きっとそれが紫音の優しさで、人に好かれる理由なんだろう。
 「それにね、蒼唯。失敗することっていうのは無駄な事じゃないんだよ?きっと今の蒼唯には分からないだろうけど」
 「……その通りみたい」
 失敗は成功の母だという話をしているのだろうか?
 でも、結局失敗したら何も残らないし、それまでに努力してきたことを溝に捨ててしまうのと一緒だ。
 成功して、始めて意味を成す。
 だから、失敗すると分かっていることはしない。無駄になってしまうから。
 僕は確かに、紫音の言葉を理解できずにいた。
 「別に今すぐに二人の恋を叶えようって話じゃないの。来年でもいいし……そうだね。期限は卒業するまで。とかでどうかな?そりゃ、早く叶う方がいいだろうけど」
 「……卒業まで『お手伝い』は続く予定なの?」
 僕はそっちに驚いた。
 一体、この人は僕の弱味をいつまでも利用するつもりなのだろうか?
 「それは、私と蒼唯次第かな?早く終わらせたいなら頑張って二人とも仲良くなってね!」
 どうやら僕は頑張るしかないらしい。
 この悪魔のような人のせいで。
 「そろそろ時間だし私は帰るね」
 「なら僕も帰るよ。一階まで行こう」
 エスカレーターで下へ降りる途中、紫音はまるで買いたての玩具で遊ぶ子供のように僕の目の前で何度もブレスレットを振動させた。
 最初は僕もやり返すつもりで振動を送り返していたものの紫音が飽きることなく何度も送ってくるので途中から反応するのは止めた。
 一階に到着してバス乗り場に一番近い出口の前まで来た時、紫音は足を止めた。
 「私はここでいいや」
 「帰りはバスじゃないんだ」
 「あ〜……今日はこっちの方にまだ用事があって」
 秘密は多い紫音だが、歯切れが悪い返答は珍しい。
 けれど特段気にすることも無くバイバイと手を振った。
 「うん。また明日」
 別れ際、手を振る紫音の手首には僕の左手首につけられたブレスレットとお揃いのものがつけられていて、なんだか照れくさかった。
 紫音と別れ、バス乗り場の目の前まで歩いたところでふと、ノイズキャンセリングイヤホンを忘れていることに気がついた。
 多分、僕が音酔いで休憩してた時に外部の音を遮断するために使って机に置きっぱなしにしてしまったのだろう。
 仕方がない。ショッピングモールが閉まるまでにまだ十分時間もあるし取りに帰ろう。
 バス乗り場の目的地を目の前に、踵を返して元いた場所まで戻る。
 エスカレーターで三階へ上がり、無事イヤホンを見つけた後、せっかくだから紫音がまだ見えるか見てみるかと思いついた。
 紫音が向かって行ったのは僕がさっきまでいたバス乗り場とはショッピングモールを挟んで反対側。
 すぐ近くの硝子張りの壁からならそっち側が見える。
 時間もまだそんなに経ってないし、紫音もバスに乗るものだろ思っててバス乗り場側の出口で別れたからまだ見える位置にいるかもしれない。
 そんな少しの好奇心が僕の中でふつふつと湧き上がってきた。
 少し歩き、硝子張りの壁を見て、僕と同じ学校の制服の女子を探す。
 「あっ、居た」
 後ろ姿だけど、僕と同じ制服の女子を一人だけ見つけた。
 今の時間はこの辺りも高校生が多いが、みんなバス乗り場がある反対側ばかりで、逆に僕が見ている側は特に何もないから人も少ない。
 あるものと言えば、すぐそこに見える僕が少し前まで入院していた総合病院くらいしか……。
 その時だった。
 紫音だと思って目で追っていた人物がその総合病院に入っていったのだ。
 一瞬、見間違えかと思って目を疑った。
 肝心な顔こそ見えなかったけど、あの女の子は紫音と同じくらいのセミロングで身長も同じくらいだったような気がする。
 紫音が病院に入っていく。
 その光景を見て、紫音はなにかの病気なのかもしれないという少し悪い想像が頭をよぎった。
 それから、また落ち着きを取り戻すように深呼吸をして、硝子張りの壁から離れ、バス乗り場へ向かった。
 なにも、病院に行くのは病気の人だけじゃない。
 もしかしたら家族のお見舞いかもしれないし、そもそもあれは紫音じゃない可能性すらある。
 そもそも僕がそんなに気にする事はない。
 そうだ、気にする必要は無いんだ。
 紫音と僕はやっぱり他人に過ぎないのだから。
 そう自分に言い聞かせた。
 その時、ブレスレットから振動がきて、驚いて体がビクつく。
 なんだ、紫音は元気じゃないか。
 そう思い、僕も円盤をタップした。

 あれから次の日。
 僕の学校での日常にも紫音のせいで大きな変化が起きた。
 「――おはよう蒼唯!」
 「お、おはよう大輝くん……」
 「だから、大輝でいいって」
 大輝は登校したばかりの僕目掛けてやってきて背中をバシバシと叩いた。
 これが体育会系のノリか……僕はこれから本当にやっていけるだろうか?
 『お手伝い』を終わらすためには大輝と乃々さんの二人の恋を成就させなければいけない。
 そのために僕は二人と早く仲良くならなければいけないのだが……小学校高学年の頃からまともに人と話してこなかった僕に今更そんなことが本当にできるだろうか?
 「あ、蒼唯じゃん。おはよ」
 「ひっ!……佐倉さん、おはよう」
 「さすがにそんなに驚かれたら私も傷つくんだけど……」
 「乃々が後ろから話しかけるからだろ?」
 「でもそんな驚く?」
 「ご、ごめん、ジュース買ってくるから許して欲しい……」
 「それじゃあ、私が最低なやつみたいになるでしょ!」
 「乃々、お前そんな風に見られてたのか」
 豪快に笑う大輝の頭を容赦なく引っぱたく佐倉さんを目の前に完全に置いてけぼりを食らったように感じる。
 (私、そんなにガラ悪そうに見えたかな……?)
 口では大輝を罵ってる佐倉さんだけど佐倉さんも気にしてしまったみたいで本当に申し訳なくなる。
 「あれ、三人とももう来てたの?」
 「紫音だー!おはよ!聞いてよ大輝と蒼唯がさぁ!」
 「えぇ?!俺ら?!」
 「おはよう乃々ちゃん!おーよしよし。何があったか話してごらん」
 こちらに視線を向ける紫音に助けを送りたいけど……。
 あっ!ととある閃きをして僕は昨日まではなかった左手の黒のブレスレットに手を伸ばす。
 本来の使用用途とは違うけど伝わってくれ!そして僕を助けて!
 紫音は振動を右手のブレスレットから受け取り全てを察したかのようにこちらを見たままニヤリと笑った。
 「とりあえず、蒼唯と大輝が悪いってことね!」
 「「違うって!」」
 本当に僕はこの三人とやっていけるのだろうか?
 胃が痛くなりそうだ。
 そして一年の月日が経ち、僕らは高校生二年目の秋を迎えた。
 「おはよう蒼唯!」
 「大輝おはよう。今日も時間ギリギリだね」
 「朝練があるから仕方ない!でも今日は早い方だろ?」
 「確かに」
 「男子だけで楽しそうにしてんじゃん。私も混ぜてよ」
 「乃々!おはよう!」
 「おはようございます。乃々さんも今来たところ?」
 「私はもうちょっと早く着いてたよ。そこのでかいのと違ってね」
 「遅れてないからセーフだろ?!」
 結局僕は大輝と乃々さんの二人ともとなんだかんだ話せる程度の仲にはなることができた。
 おおよそ大輝と乃々さんの二人と仲良くなるという最初のミッションを成功さしたと言っても過言では無いだろう。
 そして二年生になった僕らは奇跡と言うべきか、神のイタズラと言うべきか、僕と大輝と紫音と乃々さんの四人は同じクラスになった。
 早く『お手伝い』を終わらして自分の身を守るため、紫音の言いつけ通り僕は二人とはある程度の仲も深めた。
 そもそも、二人は素がいい人達だったから僕から話しかけにいく努力を少しすればあとは紫音がフォローしてくれたし、すぐに仲良くなることができた。
 僕に友達ができるなんてあの事故の日以前の僕からしたら考えられない。
 これは僕の成長と言うべきなのか、紫音にいいように振り回された結果と見るべきなのか……。
 紫音から言われた例の『お手伝い』、『大輝と乃々さんの恋を叶える』お願いは未だ叶っていない。
 そもそも、恋愛なんてしたのは心を読む力に目覚める前の小学生の初恋の時だけだ。
 そんな僕が恋愛を成就させるなんて無理なことだ。
 もちろん、自分が大切なので叶える努力はしているけども。
 「いい加減蒼唯も私のこと乃々って呼び捨てにしてくれてもいいじゃん!紫音には呼び捨てな上にタメ口なのに」
 「今のところは勘弁してください……」
 (えぇ……私だけ仲間外れみたいじゃん)
 だって、紫音にはそうしないと「心が読めることバラすからね」って脅されてるし……。
 乃々さんのようにキラキラとした青春を謳歌しているような女子高生となんて今まで話したことないし、僕からしたら遠く向こうの存在だったので乃々さんには未だに敬語が抜けない。
 さん付けとはいえ、頑張って下の名前で呼んでるので妥協していただきたい。
 だから、決して仲間外れにしたいわけじゃないから心の中で不貞腐れないで欲しい。心苦しくなる。
 「にしても紫音まだ来てないの?」
 「確かに今日は遅いな。休みか?」
 「連絡入れてみますか?」
 僕が鞄からスマホを取り出そうとした時、教室の後ろの扉が勢いよく開いた。
 「セーフ!危ない!間に合った!」
 そこには汗で額が湿った紫音が。
 どうやらここまで走って来たようだ。二年の教室は四階だっていうのに。
 そんな紫音に僕らが声を変える前に他の女子二人が話に行ってしまい、乃々さんは僕らに一言言ってそこへ混ざりに行った。
 「みんなこれ見て!この映画良さそうじゃない?!」
 乃々さんの方を見送ると紫音のよく通る声が耳に入った。
 なんだか盗み聞きしているようで悪いかな?
 心の声は僕の意思に関係なく聞こえてくるけど実際の声のプライバシー位は守った方がいいだろう。
 今は大輝と話していよう。
 そう思い大輝に話しかけようとした時に紫音と一緒に居たクラスメイトが少し大きな声で気になることを言った。
 「ちょっと紫音!その映画はつい先月みんなで見たじゃん!」
 「……何度でも見たいってことだよ!あの映画良かったからさ!」
 「えぇ〜!?終わった時紫音、期待してたのに残念だったって言ってなかったっけ?」
 紫音の周りの席でどっと笑いが起き、その大声に僕は思わずその会話を聞き入った。
 「あれ?そうだったっけ?多分何かの映画と混ざってるかも!」
 (寝坊したせいだ……)
 あはは、と笑う紫音の心から久しぶりに声が聞こえた気がした。
 寝坊して頭がパニックになっているとかだろうか?
 授業が始まる時間までにはついているからそんなに慌てなくてもいいのに。
 紫音のその言葉の意味は僕にはよく分からなかったし、僕の心を読む力は心の声が頭に勝手に流れてくる都合上、複数の声が被ったり、聞き流し状態になることが多いから僕自身が聞き間違えることも多い。
 だから、その時も僕の聞き間違えとして特に気にすることは無かった。
 その代わりに、と僕は大輝の方を見る。
 大輝は紫音と乃々さんがいる方をじっと見ていて、僕が見ているのに気づくと何か覚悟を決めたように僕に言った。
 「蒼唯に相談したいことがあるんだ。今日の放課後空いてるか?」