「ハル! やめろ!」

 気づくと僕は叫んでいた。
 ハルが驚いた顔で僕を見る。

「ユズ? なんで?」
「いいからやめろ! カッターを首から離して!」

 僕とハルの視線がぶつかる。
 次の瞬間、ハルの手からカッターが離れ、カシャンッと足元に落ちた。

「う……うわぁ……」

 しりもちをついた聖亜がガタガタと震えている。
 僕はハルの足元に落ちたカッターを拾うと、自分のポケットに戻した。

「ハル、ごめん。やっぱりやるときは自分でやるよ」

 ハルが不満そうな顔で僕に言う。

「自分でなんか、できないくせに」

 僕は黙ってうつむいた。
 降りはじめた雨が、コンクリートを濡らしていく。

「ユズは自分でなんか、できないじゃないですか! 毎日ポケットにカッター持ち歩いてるくせに、一度だってできなかったでしょ! だからボクがやってあげるって言ってるんです!」
「もういい」
「よくないです! 悪いのはこいつのほうでしょ! 死ぬのはユズじゃなくて、聖亜のほうでしょ!」
「もういいってば! ハルに僕の気持ちなんか、わかるわけない!」

 目の前に立つハルの顔が曇る。その髪も、肌も、制服も、しっとりと濡れている。
 ハルは僕から目をそむけると、校舎の中へ消えてしまった。

「ハル……」

 僕は力が抜けて、その場に座り込む。
 聖亜はまだ震えながら、そんな僕を見ている。

「ごめん……ハル」

 僕はうつむいてつぶやいた。

「でもやっぱり……これは僕の問題だから……」

 自分の手を汚さずに解決しようなんて、卑怯なやり方だ。
 聖亜には、僕が自分で向き合わないと……。

「おい」

 聖亜の声が聞こえる。
 ゆっくりと顔を上げると、聖亜が濡れた顔をそむけて言った。

「助けてくれて……ありがとな」

 ぼんやりする僕の前で、聖亜が立ち上がる。
 そして校舎に向かって、速足で歩き出す。

「ま、待って! 聖亜! 首から血が……」
「こんなの唾つけときゃ治る」

 背中を向けたままそう言って、聖亜が校舎の中に消えていく。
 それを見送ったあと、僕も立ち上がり校舎に入った。