「ねえ、桃ちゃん。この映像、もう一度観せてもらえないかな?」
僕が頼むと、桃ちゃんは「おうよ!」と気持ちの良い返事をしてくれる。
そうして再びスクリーンに映し出されたのは、あの黒背景に白い文字だった。
『人の魂は、人の記憶に宿る』。
たった三分程度の、僕らの日常を切り取ったショートムービー。
おそらくはコンテストでの受賞は難しいだろう、世の中にとっては何の価値もないと思われる映像。
けれど僕にとっては、大事な人と、大好きな街で過ごした、かけがえのない時間がそこに詰まっていた。
過去の思い出を、僕の人生を再生するかのようなそれは、まるで走馬灯のようだった。
映像を見ながら、段々と意識が遠のいていくのがわかった。
もう、目を開けているのも辛くなってくる。
そろそろ時間なのかもしれない、と思った。
「ねえ、凪」
隣に座っていた彼に、僕は声をかける。
「手を、握ってくれないかな」
きっとこれが、最後のお願いになる。
彼の温もりを、最後まで感じていたかった。
凪もそれを察してくれたのか、少しだけ驚いたように、けれど何かを悟ったように、小さく頷いて、僕の右手を両手で包み込んでくれる。
彼の体温と、そこに流れる血の脈動を感じながら、僕は言った。
「凪……今までありがとう」
視界が霞んで、何も見えなくなる。
彼の手の感触も、段々とわからなくなっていく。
「美波。……おい、美波!」
視界も、思考も、すべてが真っ白に塗りつぶされていく中で、凪の声だけが耳に届く。
人は死の間際、最後に聴覚だけが残るという迷信がある。
もしかしたら、これがそうなのかもしれない。
凪が泣いている。
美波、美波と、何度も僕の名前を呼んでいる。
応えられないのが残念だった。
(ごめんね)
美波が消えていく。
意識が、空へと還っていく。
「美波。俺、忘れないよ。美波のこと。ずっと……忘れないから」
最後の瞬間まで、彼は僕に寄り添ってくれた。
きっとこれからも、僕のことを覚えていてくれる。
そんな人がそばにいてくれた僕の人生は、間違いなく幸せだった。
人の魂はどこに宿るのだろう?
脳か、心臓か。はたまた体の全ての細胞か。
あるいは記憶に宿るのだろうか。
もしも魂の在処が記憶にあるとすれば、この世に生きる誰か一人でも僕のことを覚えていてくれるなら、僕の魂はそこに存在する。
凪が僕のことを覚えてくれている限り、その記憶の中に、僕は生き続ける。
僕は、愛崎美波。
体は女だけど、心は男。
恋愛対象は女性で、明るく元気な、ちょっと強引な可愛い子が好き。
性別のことで悩んだり、母とケンカしたり、辛いこともたくさんあったけれど、良い友達に恵まれて、幸せな思い出をたくさん作ることができた。
そして、それを覚えてくれている人たちがいる。
『僕』が何者であるかの証明は、きっとそれで十分だったんだ。
凪も、沙耶も、桃ちゃんも、みんなが僕の存在を証明してくれる。
そして、母だってきっと。
光希くんは、元気にしてるかな。
僕はもうそろそろ、お迎えが来るみたいだ。
夏の終わりまで生きることはできなかったけれど、でも、思い残したことはないよ。
僕の生きた証はここにある。
僕が幸せだったことを、覚えてくれている人がいるから。
だから、お先に。