思わず足を止めて振り返る。
すると、後方の街路樹の足元——花壇に並ぶ低木の隙間から、ザッと勢いよく立ち上がった人物がいた。
Tシャツの上からでもわかるガタイの良い体に、手にはビデオカメラを構えている。
「えっ……桃ちゃん? なんでここに」
突然現れた幼馴染の姿に、私は声を裏返らせた。
「すず! 惑わされるな! そんな奴の言うことなんか聞くんじゃない!」
「もー! 桃ちゃんってば何やってんの!? せっかく隠れてたのに、見つかっちゃったじゃん!」
そんな声と共に、彼の後ろからもう一人、ポニーテールにホットパンツ姿の少女が現れる。
「沙耶まで……」
桃ちゃんの後ろにいたのは、やはり沙耶だった。
どうやら尾行されていたらしい。
桃ちゃんは空いた方の手でビシッと井澤先生の顔を指差すと、怒気を含ませた声で高々に言い放った。
「やい、そこの怪しい男! オレたちのすずを一体どこに連れて行くつもりだ!?」
「怪しい男、ね。キミにだけは言われたくないなぁ」
井澤先生——もとい井澤さんは、わずかに笑いを堪えた様子で言う。
桃ちゃんは尚もビデオカメラを構えたまま。
まるで花壇から生えてきたかのようなその立ち姿は、傍目から見ると井澤さんよりもずっと怪しかった。
「ねぇ、すず。そんな見ず知らずの人についてっちゃダメだよ。何を吹き込まれたか知らないけど、車になんか乗ったら誘拐されちゃうよ!?」
沙耶が言った。
彼女の指摘は最もである。
しかし井澤さんは特に慌てた様子もなく、二人の顔を交互に見て、
「桃城流星くんと、岩清水沙耶ちゃん、だったかな。二人とも、比良坂すずとは幼馴染だったな」
まるで何でもお見通しだと言わんばかりに、ふっと息を吐くようにして笑った。
「えっ。ちょっと。なんであたしたちのこと知ってんの!?」
沙耶がギョッとした顔で聞く。
これには私も驚かされた。
「話せば長くなるんだけどな。さて、どうしようか」
井澤さんはスマホで時刻を確認し、うーんと小さく唸る。
「おい、すず。今すぐそいつから離れろ! オレたちのもとへ戻ってこい!」
いつになく切羽詰まった声で桃ちゃんが言った。
その様子から、彼が心の底からこちらを心配してくれているのがわかる。
けれど、
「ごめん、桃ちゃん。私は……この人についていきたい。この人と一緒に、調べたいことがあるんだ」
「何言ってんだよ、すず。調べたいことって、もしかして記憶のことか? お前との思い出なら、オレたちが誰よりも知ってるじゃないか。オレたちよりも、その怪しい男の方を信用するってのか!?」
悲しそうに訴える桃ちゃんの姿に、私の胸は痛んだ。
彼らは比良坂すずを心配している。
できることなら、早くこの混乱した状況を打開して彼らを安心させてあげたい。
「仕方ない。予定は狂うけど、キミたちも一緒に乗って行くか?」
と、まさかの提案をしたのは他でもない井澤さんだった。
「えっ。いいんですか?」
沙耶は素っ頓狂な声で聞き返す。
「いや、騙されるな沙耶。こいつはオレたちを三人とも誘拐するつもりなんだ!」
「さすがにこんなガタイの良い男子高校生を誘拐できる自信はないな……。ほら、もう時間がないから出発するぞ。車に乗らない奴はここに置いていく」
「わー! 待って待って!」
井澤さんが運転席に乗り込むと、沙耶と桃ちゃんも慌てて車に走り寄る。
私は当初の予定通りに助手席に座り、他の二人は後部座席へと乗り込んだ。
「それじゃ、行くぞ。目指すはM県氷張市。ここから三時間弱のドライブだ」
そう言って井澤さんはアクセルを踏み込む。
四人を乗せた車が動き出す。
七月の終わり。
ツクツクボウシの声が反響する朝。
私は自分の真実を求めて、かすかな記憶に残る思い出の場所へと旅立った。