みんなからはぐれていたのはほんの数分ほど。それでも、見知らぬ山で迷子になった事実は恐ろしく、実際より何倍も長く感じた。途中で誰かが僕たちの不在に気付き、迅堂くんがすぐに自分のリュックを放り投げて探しに来てくれたんだとか。

 あの時、僕も亜衣も迅堂くんに惹かれた。

 亜衣は迅堂くんと釣り合う自分になるために性格を変えた。引っ込み思案だったのに活発な女の子を演じ、クラスの中心にいる彼と一緒に遊べるポジションを得た。最初は無理をして明るく振る舞っていたけれど、そのうち亜衣は本当に快活で社交的で誰からも好かれる女の子になった。

 自分を慕って性格まで変えた亜衣を、彼も意識するようになった。中学に上がり、亜衣は髪を伸ばした。小学校の間は母親の趣味でお揃いの服ばかりだったが制服は男女で違う。僕はスラックス、亜衣はスカート。誰も僕たちを見間違えなくなった頃、迅堂くんが亜衣に告白をして、二人の交際が始まった。僕は一番に報告され、心から祝福した。

 その日の夜、一人になってから少し泣いた。

 迅堂くんを好きになったのは困っていた時に手を差し伸べてくれたから。あの時の笑顔はまさに太陽。不安で押し潰されそうだった小さな僕たちは、彼に救われたのだ。

 僕の気持ちは、きっと亜衣の影響だろう。小学生の頃は『二人で一人』みたいな双子だった。どちらかが泣けば片方も泣き、笑えば笑う。感情が切り離せていなかったんだと思う。その感覚を、僕だけがずっと引き摺っている。

 他の人を好きになれば、きっと心から亜衣と迅堂くんを祝福できるはず。

 男だから好きになったんじゃない。たまたま好きになった人が迅堂くんだっただけで、自分が女の子になりたいわけじゃないし、守られたいとも思わない。

 もし次に誰かを好きになるのなら、どんな相手になるのだろう。今の僕にはまったく想像ができなかった。