「土佐辺くん、ちょっといいかしら」

 帰り際、土佐辺くんと一緒に教室を出ようとしたところで檜葉さんが話し掛けてきた。

「あー、えっと、僕、先に帰ってるね」
「ちょっと待ってろ安麻田」
「え、でも」

 先に帰ろうとしたら、土佐辺くんに腕を掴まれた。なんで引き止めるんだ。大事な話なら僕が居たらマズいよね。例えば、告白とかだったら。

 うろたえる僕を見て、檜葉さんがプッと吹き出した。

「ふふっ、安麻田くんが思ってるような話じゃないから安心してよ」
「それならいいんだけど……」

 僕が何を考えているかお見通しだったようだ。そんなに顔に出てただろうか。恥ずかしい。

「テスト週間中に勉強会をやりたいの。ほら、土佐辺くん成績いいでしょ? 駿河くんと安麻田くんにも教える側として参加してもらいたくて」
「勉強会?」
「そう。スポーツ推薦組が危ないみたいで」

 うちの学校、将英学園は運動部にも力を入れているが、最も重要視しているのは学力だ。幾ら大会で好成績を収めても、定期テストで赤点を取れば部活動への参加は許されない。故に、試合への参加も難しくなる。

「そういうことなら仕方ねえな」
「僕も構わないよ。じゃあ駿河くんには僕から話をしておこうか?」

 駿河くんは今日は塾がある日なのでホームルーム終了後すぐに帰ってしまった。話をするならメールか明日会った時になる。しかし。

「ううん、明日私が直接お願いするわ」
「そ、そっか」

 僕の申し出を、檜葉さんは断った。自分の頼み事だから自分で話をつけるのだという。

「学校は居残り禁止だろ? どこでやるんだ」
「近くに市の図書館があるでしょ。二階の会議室を借りようと思って」
「なるほど、悪くないな」

 学校から徒歩五分くらいの場所にある市の図書館は、申請すれば無料で会議室を借りることが出来るという。他の利用客の迷惑にもならないし、勉強会にうってつけの場所だ。

「帰りに利用申請しておくわね」
「明日から金曜の放課後まで?」
「ええ。希望者だけ参加するって感じで。土佐辺くんも安麻田くんも、都合が良い日だけでもいいから教えに来てくれる?」
「わかった」
「う、うん」

 話がついたところで檜葉さんは帰った。残された僕たちは顔を見合わせて苦笑いをする。

「駿河とは違うタイプの優等生だな」
「キャリアウーマンって感じだよね」

 誰かのために自分ができる範囲で最善を尽くす。簡単なようで実行するのは難しい。檜葉さんが立ち去ったほうをチラリと見て、土佐辺くんは小さく息をついた。

「でも、あれは我欲だな」
「え?なに?」
「なんでもねーよ。帰るか」
「うん」

 そういえば、いつの間にか土佐辺くんと帰るのが当たり前みたいになっている。最寄り駅まで同じ道程だから全然構わないんだけど。