井手浦先輩と顔を合わせたのはあの日以来だ。今日は将英学園の制服ではなく私服姿。身分を偽っての不法侵入ではなく一般の来場者として堂々と敷地内に入ってきている。
彼は校舎の外壁に背を預け、地べたに座り込んでいた。いぶかしげな表情を向ける僕に笑顔で軽く手を振ってくる。
「可愛い格好だね瑠衣くん。似合ってるよ」
先輩の態度はいつも通りで悪びれた様子はなく、余計に怖く感じた。数メートルの距離を空けて向かい合う。
「この間はごめんね。気が動転して酷いことを言っちゃって。反省してるんだよ」
隠し撮り写真で脅し、酷い言葉を投げ付け、最後は僕を突き飛ばして立ち去った。あれは先輩の本性だ。謝罪の言葉を鵜呑みにはできない。
「許してとは言わないけど、怪我をしてるのは本当なんだ。足を捻っちゃったみたいでさ」
「えっ」
言いながら、先輩は自分の足をさすっている。座り込んでいたのは歩けないからだったのか。
「大丈夫ですか、すぐ保健室に……!」
僕は文化祭の実行委員で、今は巡回中。困っている人を見つけたら対応する義務がある。慌てて駆け寄り、すぐ隣に膝をつく。怪我の程度を確認するため、先輩の足に手を伸ばした。
「あーあ。そーゆートコが可愛いんだよねぇ」
「なっ……!」
近付いた僕の手首を掴み、自分のほうへと引っ張ると、先輩は意地の悪そうな笑みを浮かべた。バランスを崩して先輩の上に伸し掛かるような体勢になってしまう。
「だ、だましたんですか!?」
「いやいや、流石に油断しすぎでしょ」
「怪我したなんて言われたら心配くらいします」
「……素直ってゆーか、バカ正直ってゆーか」
あきれた顔をしながらも、先輩は僕の手首を離さない。それだけでなく、もう片方の手を腰に回して抱き寄せてくる。
「ちょっと、離してください」
「嫌なら無理やり振り解けばいいのに」
「だ、だって」
今着ている服はオフショルダーのニットに膝丈のスカート。普段着とは勝手が違い、服が伸びたり捲れたりしそうで下手に動けない。
「人を呼びますよ」
「やってみなよ。周りからはカップルがイチャついてるようにしか見えてないから」
そう言われ、バッと後ろを振り返る。校舎の陰とはいえ、少ないが人通りはある。通り掛かった人たちは僕たちの姿を見ても気まずそうに目をそらし、立ち去っていく。女装姿が完全に仇になっていた。
「ほらね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる先輩。通行人に助けを求めるのは無理だ。先輩のほうが口がうまい。適当に言い訳をして、何事もなかったように邪魔者を追い払うだろう。