退院の日が来た。約一ヶ月の入院と検査の結果、あとは通院でリハビリを続けていくことになった。整形外科の方で肩をしっかり治して筋肉をつければ、またドラムを叩けるようになるよ、と先生は言ってくれた。
ただ聞こえづらさと時折起こる頭痛は、リハビリで完全に取り戻せるかどうかはなんとも言えないということだった。
「おせあに、ないました」
「よく頑張りましたね、通院も引き続き頑張っていきましょう」
「は、い」
響也さんが根気強く僕に話しかけ続けてくれたことで、まだ不明瞭ではあるけれど響也さん以外の声もだいぶ聞こえるようにはなっていた。決して一生聞こえないままではない、という希望が持てたのは、響也さんが伝えてくれた言葉のおかげだ。
響也さんが玄関に車を回して待機してくれている。僕は先生への挨拶を終えて、退院手続きをしている高杉さんと母さんを待っている。
事故対応のほとんどは高杉さんがやってくれた。母さんの、音楽事務所やドラムに対する夢への不安を払拭してくれたのも高杉さんだった。まず音楽への熱意、それから僕が大学とアルバイトとドラムのレッスンをきちんと両立させていること、事務所的にもとても助かっていて、いずれは正社員雇用を打診したいこと。
そんな中での今回の事故は、事務所としても責任を感じているからと出来る限りの対応をしてくれたそうだ。
僕がいないと困る、そう高杉さんとエンシオのメンバーが口添えをしてくれて、母さんは僕にこんなメッセージを書いてくれた。
『お父さんのことで意固地になっていたお母さんが悪かった、ごめんね。もう反対はしない。みなさんのためにもきちんと怪我を治して、大学を卒業して、和音がプロのドラマーになれることを応援してる』
響也さんが運転する車の助手席へ乗り込んだ。僕が座りやすいようにと、シートを出来るだけ後ろへスライドさせておいてくれたのも響也さんだ。高杉さんと母さんは後部座席へ乗り込み、車は静かに速度を上げた。
しばらく無音の時間が過ぎる。僕がこの入院期間で考えていたことをまとめるのに、帰りの時間はちょうど良かった。
BGMのようにエンジンの回転音が聞こえて、その合間にエンシオの曲が聞こえるような気がして音の出所を探そうと耳を澄ませれば、その様子に気付いた響也さんがスピーカーのボリュームを上げてくれた。
「聞こえる?」
「は、い」
聞こえる。僕の大好きな人たちの声が。僕をいつも励ましてくれたエンシオの歌が。これさえ聞くことが出来れば、もう僕は何も要らない。もう一度エンシオの歌が聞けるようになって本当に良かった。
何度も何度も聞いて歌詞は頭の中に入っている。どうやって彼らが歌うかも分かっている。まだ幾分膜がかかったような耳の中へ透明な水が入ってくるようにエンシオの歌が沁み込んできて、気持ちが込み上げる。
車は静かにスピードを落とし、僕の家の前へ止まった。母さんが先に下りて、トランクの荷物を家へと運び入れてくれる。
車の中には高杉さんと響也さんと僕の三人だけになった。
「和音、聞こえる?」
高杉さんが助手席へ身を乗り出してくれた。
「はい、きこえます」
「バイトのことを考えるのは、骨折が完全に治ってからでいいから、まずはゆっくり休んでから、リハビリをやっていこうな、そうお母さんにも話をしておいた」
「ありがと、ございます。それです、けど」
ただ聞こえづらさと時折起こる頭痛は、リハビリで完全に取り戻せるかどうかはなんとも言えないということだった。
「おせあに、ないました」
「よく頑張りましたね、通院も引き続き頑張っていきましょう」
「は、い」
響也さんが根気強く僕に話しかけ続けてくれたことで、まだ不明瞭ではあるけれど響也さん以外の声もだいぶ聞こえるようにはなっていた。決して一生聞こえないままではない、という希望が持てたのは、響也さんが伝えてくれた言葉のおかげだ。
響也さんが玄関に車を回して待機してくれている。僕は先生への挨拶を終えて、退院手続きをしている高杉さんと母さんを待っている。
事故対応のほとんどは高杉さんがやってくれた。母さんの、音楽事務所やドラムに対する夢への不安を払拭してくれたのも高杉さんだった。まず音楽への熱意、それから僕が大学とアルバイトとドラムのレッスンをきちんと両立させていること、事務所的にもとても助かっていて、いずれは正社員雇用を打診したいこと。
そんな中での今回の事故は、事務所としても責任を感じているからと出来る限りの対応をしてくれたそうだ。
僕がいないと困る、そう高杉さんとエンシオのメンバーが口添えをしてくれて、母さんは僕にこんなメッセージを書いてくれた。
『お父さんのことで意固地になっていたお母さんが悪かった、ごめんね。もう反対はしない。みなさんのためにもきちんと怪我を治して、大学を卒業して、和音がプロのドラマーになれることを応援してる』
響也さんが運転する車の助手席へ乗り込んだ。僕が座りやすいようにと、シートを出来るだけ後ろへスライドさせておいてくれたのも響也さんだ。高杉さんと母さんは後部座席へ乗り込み、車は静かに速度を上げた。
しばらく無音の時間が過ぎる。僕がこの入院期間で考えていたことをまとめるのに、帰りの時間はちょうど良かった。
BGMのようにエンジンの回転音が聞こえて、その合間にエンシオの曲が聞こえるような気がして音の出所を探そうと耳を澄ませれば、その様子に気付いた響也さんがスピーカーのボリュームを上げてくれた。
「聞こえる?」
「は、い」
聞こえる。僕の大好きな人たちの声が。僕をいつも励ましてくれたエンシオの歌が。これさえ聞くことが出来れば、もう僕は何も要らない。もう一度エンシオの歌が聞けるようになって本当に良かった。
何度も何度も聞いて歌詞は頭の中に入っている。どうやって彼らが歌うかも分かっている。まだ幾分膜がかかったような耳の中へ透明な水が入ってくるようにエンシオの歌が沁み込んできて、気持ちが込み上げる。
車は静かにスピードを落とし、僕の家の前へ止まった。母さんが先に下りて、トランクの荷物を家へと運び入れてくれる。
車の中には高杉さんと響也さんと僕の三人だけになった。
「和音、聞こえる?」
高杉さんが助手席へ身を乗り出してくれた。
「はい、きこえます」
「バイトのことを考えるのは、骨折が完全に治ってからでいいから、まずはゆっくり休んでから、リハビリをやっていこうな、そうお母さんにも話をしておいた」
「ありがと、ございます。それです、けど」