奏さんと歌維人さんと詠汰さんも、一斉に来たら迷惑だからと交代でお見舞いに来てくれていた。みんな仕事があって忙しいはずなのに、そんな気配を少しも見せないで、僕の気持ちを明るくしようとしてくれる。その気持ちが嬉しいのだけれど、タブレットの文字では伝えづらくてもどかしい。
 みんなの声が、エンシオの歌が聞こえないのが何より辛い。僕はちゃんと喋ってるつもりだけれど、僕自身、自分の声が聞こえない。きっと今まで通りに喋れていないんだと思う。
 事務所のみんなが今まで通りに話しかけてくれたあと一瞬ためらう場面が何度かあって、申し訳なさでいっぱいになる。

『和音、もう病院食以外のものも食べていいんだっけ?』
 歌維人さんがタブレットにそう書いてくれた。
『はい』
『なんか欲しいものある?』
『じゃあコーラを』
『和音はそう言うと思って』
 じゃーん。詠汰さんが後ろ手に隠していたコーラのペットボトルをベッドの脇に置いてくれた。
『ありがとうございます。すみません、みなさん忙しいのに』
『和音は気にしなくていいんだよ、今まで自分らでやってきたことを和音が代わりにやってくれていて、助かってたんだからさ』
『そうそう。和音は何も気にしないでゆっくりしててよね』
『高杉さんもここのところ和音に任せっきりで動いてなかったから、ダイエットにちょうどいいんでない?』
『たしかに。こないだエレベーター点検があって、階段を上らなきゃいけなくてヒーヒー言ってたもんね』
 二人の掛け合いがタブレットの上を踊っているように見えて、楽しい気持ちにさせてくれた。
『そろそろ響也が来るでしょ。俺らは事務所に戻ってるね』
『じゃあね、和音』
『ありがとうございました』
 バイバイ、と二人が病室を出て行く。毎日僕の顔を見に響也さんが来ていると知ったメンバーは、なぜか響也さんと僕を二人にしようとしてくれるんだけれど気のせいだろうか。
 そんなことを考えて、意識しすぎな自分が恥ずかしくなって布団にもぐった。いくらやることがなさすぎて妄想ばかり膨らんでいるとはいえ、それはいくらなんでもおこがましい。

「寝てんの? 寝てないじゃん」
 布団を剥がされて、僕と響也さんの目が合った。出し抜けに響也さんというのは心臓に悪い。思わず顔を赤くしてしまった。
「どうした、熱でもあるのか?」
「……」
 無言で首を振る。
「何か飲むか? ってコーラはまだだめだろう。だれだ買ってきたのは。詠汰かそこらだな?」
「……ぁい」
「飲んでいいかどうかは、先生に聞いてからな」
「……ぁい」

 入院してから数週間が経って、僕はなぜか響也さんの声なら何を言っているのか理解出来たし、響也さんも僕の声を理解してくれていた。どうしてなんだろう。
 響也さんが僕に対して普通に接してくれるおかげで、僕の声が決して相手に伝わっていないわけじゃないという安堵が生まれ、不安が少しずつ解けていくのを感じていた。
「ちょっと長くなるから文字に書くな」
 そう言って、響也さんはタブレットを手に取った。

『俺は、和音の耳も声も絶対治る、と思ってる。階段から落ちた時に何かのショックがあったのかもしれない。でも精密検査して異状はなかったんだ。絶対に治る。そのためにはどんな小さなことでも見落としたくない。どんな小さなことでも俺に伝えてほしい。
和音の声は生きている。和音のドラムの音も生きている。俺は和音の声もドラムの音もしっかり覚えている。もし和音が今聞こえないって言うなら、俺が和音の耳になる。もし話せないって言うなら俺が和音の声になる。和音には夢を諦めて欲しくないんだ』
 
 途中から、タブレットの文字が霞んでよく読めなくなった。こらえていた涙が溢れて止まらなくなって、剥がされた布団を頭から被った。
「和音と一緒のステージに立ちたいと思ってる。だけどな、和音。焦らなくていいんだ。音楽はいつでも和音を待ってるから」
 俺もずっと待ってるからな、と布団の上からぽんぽんと優しく撫でられた。このタブレットの文字は消さないで保存しておくんだ。僕は布団の中で、タブレットを抱きしめた。