久しぶりに、物置と化している自宅の防音室のドアを開けた。使わなくなった大きな引き出しや、粗大ごみに出すのがおっくうなのか、旧式の掃除機。使用者のいないベッドフレームとマットレス。手前の方には僕が小中学校で作った図工の作品や成績表、アルバムの入った収納ボックスがいくつか置かれている。
今までこういうものを母さん任せにしていた罪悪感を感じた。見たくないものを一人で黙々とこの部屋に仕舞っていたんだと思うと、やっぱりドラムのことを言うのはためらわれる。
けれど。僕は響也さんのことを思った。響也さんもまた、夢を否定されて今まで生きてきた。僕に勇気をもらったと言っていた。だれかと何かを共有することはこんなにも心強い。
今は分かってもらえなくても、いつか分かってもらえればそれで良い。今まで母さん任せにしていたこの部屋も、閉めっぱなしではなくて少しでも風通しが良くなればそれで良い。
引き出しや掃除機、ベッドなんて僕が捨てに行く。母さんの気持ちも、僕の気持ちも、少しずつ上書きが出来るようになると良いと思う。
「あら和音。珍しいわね、バイトは?」
「今日はないよ。ねぇ母さん、次の粗大ごみの日に、僕この部屋のもの捨てて来ようか?」
「いいわよ、別にこの部屋に置いておけば邪魔にはならないし……もしかして、防音室使いたいの?」
「……うん」
母さんと僕との間に、重い空気が流れた。
「……やっぱりドラムが好きで、諦められない。高校の時も部活でやってて、今も続けてる」
「そうだったの?」
「うん、叩いていたのは部室の中だけだったけど。今行っているアルバイト先が音楽事務所で……たまに使わせてもらってる」
「なんで……」
母さんは大きなため息をついた。昔ドラムセットを父さんの元へ送り返した時のような怖さはないけれど、それでもドラムに対する拒否反応は手に取るように分かる。
「分かってる。母さんのことを困らせるつもりはないんだ。だけど、これは父さんとはまったく関係なく、僕自身がやりたいと思ったことなんだ。大きなドラムセットとは言わないけど、練習パッドを置かせてくれないかな。もっと練習がしたいんだ」
「練習パッドって……和音、あんたそのためにバイトしてるの? 映画サークルは? 嘘なの?」
「……ごめん。あの時は言えなかった」
「今日のところは、これで終わりにして」
母さんの眉間には深い皺が寄っていた。これ以上話を聞いてもらうことは無理そうだ。
「ごめん」
「ご飯作ったら先に寝るわ。片付けよろしくね」
「分かった」
だめだった。やっぱりドラマーになりたいという夢を母さんに分かってもらうのは、そう簡単にいかなさそうだ。
夢はそこにある。いつでも僕のそばにあると分かってはいても、今はとても遠いところにあるような気がする。
響也さん、教えて下さい。響也さんみたいに強くなりたいです。強くて優しい音を奏でたいです。僕が響也さんたちの近くまで行ける日は来るんだろうか。エンシオのバックでドラムを叩ける日なんてあるんだろうか。
響也さんは僕が頑張っているのを見ると頑張れると言ってくれた。心を動かすと言ってくれた。けれど、今の僕を見たら響也さんは呆れてしまうんじゃないだろうか。
僕は本当にこのまま夢を追い続けていけるのでしょうか。こんな情けないことじゃいけないんだろうけれど、一生懸命夢を追いかけ続けるということに、少し息切れしてしまっているのかもしれません。
今夜はエンシオの歌が耳に届いても、心にまでは届きそうになくて、そんな自分が嫌だった。
今までこういうものを母さん任せにしていた罪悪感を感じた。見たくないものを一人で黙々とこの部屋に仕舞っていたんだと思うと、やっぱりドラムのことを言うのはためらわれる。
けれど。僕は響也さんのことを思った。響也さんもまた、夢を否定されて今まで生きてきた。僕に勇気をもらったと言っていた。だれかと何かを共有することはこんなにも心強い。
今は分かってもらえなくても、いつか分かってもらえればそれで良い。今まで母さん任せにしていたこの部屋も、閉めっぱなしではなくて少しでも風通しが良くなればそれで良い。
引き出しや掃除機、ベッドなんて僕が捨てに行く。母さんの気持ちも、僕の気持ちも、少しずつ上書きが出来るようになると良いと思う。
「あら和音。珍しいわね、バイトは?」
「今日はないよ。ねぇ母さん、次の粗大ごみの日に、僕この部屋のもの捨てて来ようか?」
「いいわよ、別にこの部屋に置いておけば邪魔にはならないし……もしかして、防音室使いたいの?」
「……うん」
母さんと僕との間に、重い空気が流れた。
「……やっぱりドラムが好きで、諦められない。高校の時も部活でやってて、今も続けてる」
「そうだったの?」
「うん、叩いていたのは部室の中だけだったけど。今行っているアルバイト先が音楽事務所で……たまに使わせてもらってる」
「なんで……」
母さんは大きなため息をついた。昔ドラムセットを父さんの元へ送り返した時のような怖さはないけれど、それでもドラムに対する拒否反応は手に取るように分かる。
「分かってる。母さんのことを困らせるつもりはないんだ。だけど、これは父さんとはまったく関係なく、僕自身がやりたいと思ったことなんだ。大きなドラムセットとは言わないけど、練習パッドを置かせてくれないかな。もっと練習がしたいんだ」
「練習パッドって……和音、あんたそのためにバイトしてるの? 映画サークルは? 嘘なの?」
「……ごめん。あの時は言えなかった」
「今日のところは、これで終わりにして」
母さんの眉間には深い皺が寄っていた。これ以上話を聞いてもらうことは無理そうだ。
「ごめん」
「ご飯作ったら先に寝るわ。片付けよろしくね」
「分かった」
だめだった。やっぱりドラマーになりたいという夢を母さんに分かってもらうのは、そう簡単にいかなさそうだ。
夢はそこにある。いつでも僕のそばにあると分かってはいても、今はとても遠いところにあるような気がする。
響也さん、教えて下さい。響也さんみたいに強くなりたいです。強くて優しい音を奏でたいです。僕が響也さんたちの近くまで行ける日は来るんだろうか。エンシオのバックでドラムを叩ける日なんてあるんだろうか。
響也さんは僕が頑張っているのを見ると頑張れると言ってくれた。心を動かすと言ってくれた。けれど、今の僕を見たら響也さんは呆れてしまうんじゃないだろうか。
僕は本当にこのまま夢を追い続けていけるのでしょうか。こんな情けないことじゃいけないんだろうけれど、一生懸命夢を追いかけ続けるということに、少し息切れしてしまっているのかもしれません。
今夜はエンシオの歌が耳に届いても、心にまでは届きそうになくて、そんな自分が嫌だった。