夢は叶うものじゃなくて叶えるもの。新曲『make dreams come true』が形になっていくのを、間近で感じることが出来る。まだ事務所内のスタジオでの本格的なレコーディングはないけれど、授業を終えて事務所に出勤すると、だれかしらの声が聞こえるようになった。
いつも四人一緒で仕事を受けているわけじゃないから全員揃わないこともあって、響也さんと奏さんで第一スタジオのソファで楽譜に何か書いていたり、歌維人さんと詠汰さんが録音ブースに入っていたり、スタジオでの様子はいろいろだけれど、少しずつ色鮮やかになっていく新曲を聞くにつれ、込み上げるような気持ちに胸がきゅっとなる。
ファン心理に流されそうになるのを我慢しながらスタジオの清掃をしたあと、高杉さんの指示で書類を作ったり、メールをチェックしたり、事務所に届く荷物の管理をしたりする。
自分の時間を捻出するのにも少しずつ慣れてきて、アルバイト前や休憩時間にドラムの練習をさせてもらうことで、ドラムレッスンも前よりはるかに捗るようになっている。
高杉さんやメンバーが打ち合わせに時間がかかりそうな時は弁当を頼まれることが多いけれど、この日のみんなの気分は、どうもお酒のようだった。打ち合わせを終えたら絶対飲むというのが、合い言葉らしい。
「まずいつもの店で惣菜を買ってから、あとはコンビニで飲み物を買おう」
「はい」
事務所のあるビルの近所に、テイクアウトを頼むことの多いイタリア料理屋さんがある。そこでいくつかのお惣菜をパッキングしてもらうのを、歌維人さんと詠汰さんと三人で待つことにした。
和音だけだと大変だからとついて来てくれたけれど、要はちょっとした息抜きなのは見ていて分かる。
「和音は時間になったら勝手に上がってね」
「俺らはたぶん日を跨ぐだろうからな……」
「お疲れ様です……」
「うう、和音は優しいなぁ」
「和音が来てくれてめちゃくちゃ助かってるしね」
「詠汰は後片付けが壊滅的に下手くそだからな」
「ごめん」
「大丈夫です。仕事なんで」
「でも大変だろ? プラベなんてなくない?」
歌維人さんが心配そうに聞くと、詠汰さんもうんうんと頷いた。
「そうだよ。遊ぶ暇もないでしょ。彼女とかに怒られない?」
彼女なんて考えたこともなかった。今までの自分の人生の中で夢中になってきたものと言えば、ドラムとエンシオしかなかった。
「彼女はいたことないんで分からないですけど、今ドラム叩かせてもらっている時間がプラベみたいなもんなんで、今、楽しいしかないです」
すると二人は、一瞬驚いたように顔を見合わせて、それから笑った。
「和音、すげえなやっぱり」
「うん。絶対プロのドラマーになれるよ」
「ありがとうございます、頑張ります」
「いつか一緒に音楽作ろうな」
「は、はい!」
そう、いつかエンシオのスタジオミュージシャンになりたいという新しい夢は、日に日に心の中で大きくなっている。まだだれにも言っていないけれど、エンシオのメンバーである歌維人さんからそんな風に言ってもらえると、自信が持てそうな気がした。
「それに比べたら響也なんかさ、今でこそ眼鏡掛けて真面目そうに見えるけど、昔はいつも付き合ってる子変わるんで有名だったんだぜ」
「そうそう。一ヶ月ごとに彼女変わってたよね」
「え……」
歌維人さんと詠汰さんの話を聞いて、思わず言葉を失った。
「意外だろ?」
「……ははは」
どうしよう、こういう時に受け答えするマニュアルを僕は持っていなくて、浮いた笑いだけを返してしまった。話を盛り上げられない気の利かないやつだと思われたかもしれない。
「お待たせしました、相枝様」
「は、はい」
「やった、早く食べたい」
「和音と詠汰で会計しておいてくれ。俺が飲み物買ってくる。和音はコーラで良い?」
「はい、ありがとうございます」
良いタイミングで惣菜のテイクアウトが出来てくれた。心の中でほっとする。正直言って、あまり響也さんのそういう話は聞きたくなかった。
どうしてそんな風に思うのだろう。響也さんはモテるに決まってるじゃないか。一人の彼女を大事にするイメージがあったから、たくさん彼女がいたことにギャップを感じたのかもしれない。けれど、そんなこと僕があれこれ言うことでもないし、響也さんの声が好きなことに変わりはない。第一、勝手にイメージなんてしたら響也さんに失礼だろう。
そうやって否定してみるものの、何か得体のしれないもやもやが胸の中に残っている。
「和音、大丈夫? お金足りる?」
「あ、だ、大丈夫です。高杉さんにもらってます」
「じゃあもっと買っとけば良かったね」
「そうですね」
詠汰さんは、派手な見た目とは逆におっとりした優しい喋り方をしてくれる。少し気持ちが軽くなって、軽口を言い合って笑った。
イタリアンのお店を出ると、レジ袋を両手に下げた歌維人さんがコンビニの前に立っていた。
「買いすぎた。半分持ってくれぇ」
歌維人さんは歌維人さんで、メインボーカルを張っている時とのギャップが激しくて、普段はこんなに気さくなんだと驚いたものだ。
「和音、今飲む? 俺もちょっと飲む。ほい、詠汰も」
「いただきます」
「いただきー」
コンビニから事務所に戻るまでのエレベーターを待つ間、もやもやはコーラと一緒に飲み干した。
いつも四人一緒で仕事を受けているわけじゃないから全員揃わないこともあって、響也さんと奏さんで第一スタジオのソファで楽譜に何か書いていたり、歌維人さんと詠汰さんが録音ブースに入っていたり、スタジオでの様子はいろいろだけれど、少しずつ色鮮やかになっていく新曲を聞くにつれ、込み上げるような気持ちに胸がきゅっとなる。
ファン心理に流されそうになるのを我慢しながらスタジオの清掃をしたあと、高杉さんの指示で書類を作ったり、メールをチェックしたり、事務所に届く荷物の管理をしたりする。
自分の時間を捻出するのにも少しずつ慣れてきて、アルバイト前や休憩時間にドラムの練習をさせてもらうことで、ドラムレッスンも前よりはるかに捗るようになっている。
高杉さんやメンバーが打ち合わせに時間がかかりそうな時は弁当を頼まれることが多いけれど、この日のみんなの気分は、どうもお酒のようだった。打ち合わせを終えたら絶対飲むというのが、合い言葉らしい。
「まずいつもの店で惣菜を買ってから、あとはコンビニで飲み物を買おう」
「はい」
事務所のあるビルの近所に、テイクアウトを頼むことの多いイタリア料理屋さんがある。そこでいくつかのお惣菜をパッキングしてもらうのを、歌維人さんと詠汰さんと三人で待つことにした。
和音だけだと大変だからとついて来てくれたけれど、要はちょっとした息抜きなのは見ていて分かる。
「和音は時間になったら勝手に上がってね」
「俺らはたぶん日を跨ぐだろうからな……」
「お疲れ様です……」
「うう、和音は優しいなぁ」
「和音が来てくれてめちゃくちゃ助かってるしね」
「詠汰は後片付けが壊滅的に下手くそだからな」
「ごめん」
「大丈夫です。仕事なんで」
「でも大変だろ? プラベなんてなくない?」
歌維人さんが心配そうに聞くと、詠汰さんもうんうんと頷いた。
「そうだよ。遊ぶ暇もないでしょ。彼女とかに怒られない?」
彼女なんて考えたこともなかった。今までの自分の人生の中で夢中になってきたものと言えば、ドラムとエンシオしかなかった。
「彼女はいたことないんで分からないですけど、今ドラム叩かせてもらっている時間がプラベみたいなもんなんで、今、楽しいしかないです」
すると二人は、一瞬驚いたように顔を見合わせて、それから笑った。
「和音、すげえなやっぱり」
「うん。絶対プロのドラマーになれるよ」
「ありがとうございます、頑張ります」
「いつか一緒に音楽作ろうな」
「は、はい!」
そう、いつかエンシオのスタジオミュージシャンになりたいという新しい夢は、日に日に心の中で大きくなっている。まだだれにも言っていないけれど、エンシオのメンバーである歌維人さんからそんな風に言ってもらえると、自信が持てそうな気がした。
「それに比べたら響也なんかさ、今でこそ眼鏡掛けて真面目そうに見えるけど、昔はいつも付き合ってる子変わるんで有名だったんだぜ」
「そうそう。一ヶ月ごとに彼女変わってたよね」
「え……」
歌維人さんと詠汰さんの話を聞いて、思わず言葉を失った。
「意外だろ?」
「……ははは」
どうしよう、こういう時に受け答えするマニュアルを僕は持っていなくて、浮いた笑いだけを返してしまった。話を盛り上げられない気の利かないやつだと思われたかもしれない。
「お待たせしました、相枝様」
「は、はい」
「やった、早く食べたい」
「和音と詠汰で会計しておいてくれ。俺が飲み物買ってくる。和音はコーラで良い?」
「はい、ありがとうございます」
良いタイミングで惣菜のテイクアウトが出来てくれた。心の中でほっとする。正直言って、あまり響也さんのそういう話は聞きたくなかった。
どうしてそんな風に思うのだろう。響也さんはモテるに決まってるじゃないか。一人の彼女を大事にするイメージがあったから、たくさん彼女がいたことにギャップを感じたのかもしれない。けれど、そんなこと僕があれこれ言うことでもないし、響也さんの声が好きなことに変わりはない。第一、勝手にイメージなんてしたら響也さんに失礼だろう。
そうやって否定してみるものの、何か得体のしれないもやもやが胸の中に残っている。
「和音、大丈夫? お金足りる?」
「あ、だ、大丈夫です。高杉さんにもらってます」
「じゃあもっと買っとけば良かったね」
「そうですね」
詠汰さんは、派手な見た目とは逆におっとりした優しい喋り方をしてくれる。少し気持ちが軽くなって、軽口を言い合って笑った。
イタリアンのお店を出ると、レジ袋を両手に下げた歌維人さんがコンビニの前に立っていた。
「買いすぎた。半分持ってくれぇ」
歌維人さんは歌維人さんで、メインボーカルを張っている時とのギャップが激しくて、普段はこんなに気さくなんだと驚いたものだ。
「和音、今飲む? 俺もちょっと飲む。ほい、詠汰も」
「いただきます」
「いただきー」
コンビニから事務所に戻るまでのエレベーターを待つ間、もやもやはコーラと一緒に飲み干した。