四人は打ち合わせブースのテーブルに座ると、おそらくずっと打ち合わせしていた内容の続きなのだろう、思い思いにノートやタブレットを取り出して、真面目な表情に切り替えた。パーテーションは取り払われていて、僕の机からでも彼らの様子が見て取れる。
何か大事なことが決まらないようで、飲み物を飲みながら、それでも気分転換は出来ていないように見えた。
「それだとさ、自分で何とかするんじゃなくて、勝手に実現されちゃうような気がするんだよな」
「自分の手で掴むイメージだよな」
「ううん……だけど、それだと年齢層が合わない気がする」
「メロディラインが優等生過ぎるんだ」
 ううん、と四人が考え込む。ファイリングの続きをする振りをしながら、ちらちらとその様子を伺った。どうも四人は曲作りについていろいろと話し合っているらしい。
 響也さんが机を指先で叩くと、奏さんがベースになる音を鼻歌し始めた。歌維人さんが歌詞のないメロディをいくつかハミングして、それを詠汰さんが書き起こす。

 こうやってエンシオの曲は作られていくんだと思うと鳥肌が立った。今まさに歌が生まれようとしているところを僕は見ている。
四人の中にあるたくさんの音の中から、こうやって会話を重ねて歌が作られていく。どんな歌も自分たちで納得のいくまで作り上げ、自分たちのものにしていく。それが僕たちファンの耳に届けられ、喜びと勇気をプレゼントしてくれるのだ。
「和音はどう思う?」
 響也さんが、打ち合わせブースの椅子から上半身を起こして僕の方を見ている。言われた意味が分からなくて、目の合った響也さんに「??」という顔を送ってしまった。
「ははは、ごめん急に。今さ、新曲の打ち合わせをしているんだけど、どうも煮詰まって仕方ないんだ。和音はさ、夢って聞いて、何を思い浮かべる?」
「夢……ですか」
 突然僕なんかに聞かれて戸惑った。言われれば、ドラムについての夢は何時間でも語れるほどある。実は、アルバイトを始めてから、もうひとつ新しい夢が出来た。エンシオのスタジオミュージシャンになりたい。エンシオの曲作りにかかわりたいという夢。毎日スタジオの掃除をしていたら、そんなことを思うようになったりもしている。
 まだそんな大それた夢を口にするレベルにはない。ドラムをやりたいと母さんに言う勇気も出ないままだ。けれど、悩みを抱え始めた頃の一歩進むごとに感じたあの思い。
「原動力……ですかね」
 一言で片付けられる思いではないのだけれど、込み上げてくるようなぐっと胸を突くあの感情は、僕の原動力としか言いようがない。
「いいね、原動力」
「ちょっと俺たちが忘れかけていたというか」
「たしかに。摩耗していたところはあったな」
「ねね、和音。ドラムの話聞いてもいい?」
「ドラム……ですか。部活の時間がすごい嬉しかったのを覚えてます。あの、面接の時に、高音楽コンテストにエントリーした話を高杉さんにしたんですけど」
「うん、聞いた。俺たちの『スタート』がテーマソングに採用された年だよね」
「はい。あの時、僕裏方だったんです。部活のメンバーはあまり本気じゃなくて。だけど、『スタート』を聞いたら、何かを始められるんじゃないかって思って。最初は乗り気じゃなかったメンバーもだんだん熱くなって。僕もみんなのために何かするのが楽しくて。予選で落ちてしまったけれど、すごく良い思い出です」
 音楽コンテストのことを話すとつい前のめりになってしまうけれど、四人は笑顔で頷いてくれた。奏さんが言った。
「学校かぁ、いいね。夢を叶えるのって、一人じゃ出来ないもんなぁ。そういや俺たちも大学の食堂や部室で、いつも歌のことばっかり話してたよな」
「どんな歌でも歌ってやるって言っときながら、難しくてハモれなかったんだよな。悔しいから何回も練習して」
「コーラスサークルじゃ、男だけのグループってのも良く思われてなくてさ。サークルに所属はしてたけど、肩身は狭かったよね」
「……大学で資料映像撮らせてもらうか」
「……いいな。イメージが湧きそうだ」
「ありがとう和音! 和音のおかげでいいアイディアが浮かんだよ!」
「俺も、ちょっとあの頃思い出していくつかメロディ出してくるわ! サンキュー和音!」
「え? え?」
 四人は大きく頷くと、打ち合わせブースから出てくるなり、順番に僕の頭をぽんぽんと撫でて行った。それぞれに何か新曲について進展があったみたいだ。お礼を言われるようなことは何も言っていないと思うのだけれど、エンシオの新曲が出来るところに立ち会えたのだと思うと、ワクワクが止まらない。