エンシオの歌を聞く時、いつも目の奥がぐっとなる。泣きたくなるような込み上げる気持ちに身を任せるのは心地良い。今日もきっとそうなる。
部屋のドアを閉め、布団を頭から被ってイヤホンの先端を両耳に突っ込んだ。少しの緊張と期待に深呼吸しながら、動画チャンネルの再生ボタンに触れる。
『スタート』のアカペラバージョンの配信日だった。授業のあとにドラムのレッスンがあったからリアタイ出来なかったのは惜しかったけれど、こうやって一人の世界に入ってエンシオの音だけ聞いていられる時間は確保したからよしとする。
両耳のイヤピースはしっかり入っているけれど、どんな些細な音も逃さないよう耳朶ごと指で押さえれば、やがて画面に色がついてゆっくりと動き始めた。
「エンシオです」
「こんにちはっす」
「前回の予告通り、今日は『スタート』のアカペラアレンジやります」
「ちょっと待って、水を飲ませてくれぇ」
「そういうのは先に終わらせといてよ」
「ではやりますよ、『スタート』」
「待って待って」
いつもと同じように、ユーモアを交えた曲紹介が和ませてくれる。サビからアレンジされて歌は始まった。四人の表情はぐっと変わり、エンシオの世界が広がっていく。
胸をぎゅっと掴まれるって、こういうことを言うんだと思う。一音一音の響きと言葉の重なりが、渦を巻いて身体を宙に浮かび上がらせていく。音のうねりがイヤホンから溢れてくる。
絶対良いに決まっているとは思っていたけれど、アカペラバージョンはやっぱり良い。布団の中なのに鳥肌が立つ。ヒット曲のひとつ、『スタート』。作曲は歌維人、作詞は響也。
僕の背中を押してくれた大切な曲だ。息の合ったハーモニーは繊細なのに強くて、決して強くはない僕に力をくれる。
歌詞を懸命に目で追い、胸の中でもう一度追えば、やっぱり目の奥がぐっとなった。布団の中で胸にたまった息をひとつ吐いて、曲の終わりの余韻を耳で惜しんだ。
四人組ボーカルグループ、エンシオ。彼らのすごいところは、四人が四人ともハイスペックなルックスに加えて、コーラスワークが巧みなこと。そして、全員作詞作曲が出来ること。
音大サークルの先輩後輩でもある彼らのハモってみた動画が評判を呼んで、三年前にCDデビューをしている。デビュー曲は『Any song is ours』、どんな歌も僕らのもの。タイトルの頭文字は、グループ名の由来でもある。
その頃のエンシオは曲の制作も動画編集も全部自分達でやっていて、音の数も少ないし動画もブレブレだったけれど、映像から押し寄せてくる声の渦に、一瞬で心を鷲掴みにされたのを思い出す。
四人の中でも、中音域を担当する響也の声が好きだ。メインではなく高音でも低音でもないけど、響也の声ならどんなに小さくても聞き分けられる自信がある。
響也の、だれをも押し退けず、それでいてだれよりも意志の強いその声は、ネガティブになっていた高校時代の僕を一番に応援してくれた。
今も夢を持ち続けられるのは、エンシオが、響也がいてくれるから。明日も頑張ろうと思えるのは、彼らの歌があるから。
今度は音量を小さくして再生ボタンをもう一度押し、目をつむって聞くことにした。耳から入ってくるそれは、身体中に浸透していくみたいだ。
部屋のドアを閉め、布団を頭から被ってイヤホンの先端を両耳に突っ込んだ。少しの緊張と期待に深呼吸しながら、動画チャンネルの再生ボタンに触れる。
『スタート』のアカペラバージョンの配信日だった。授業のあとにドラムのレッスンがあったからリアタイ出来なかったのは惜しかったけれど、こうやって一人の世界に入ってエンシオの音だけ聞いていられる時間は確保したからよしとする。
両耳のイヤピースはしっかり入っているけれど、どんな些細な音も逃さないよう耳朶ごと指で押さえれば、やがて画面に色がついてゆっくりと動き始めた。
「エンシオです」
「こんにちはっす」
「前回の予告通り、今日は『スタート』のアカペラアレンジやります」
「ちょっと待って、水を飲ませてくれぇ」
「そういうのは先に終わらせといてよ」
「ではやりますよ、『スタート』」
「待って待って」
いつもと同じように、ユーモアを交えた曲紹介が和ませてくれる。サビからアレンジされて歌は始まった。四人の表情はぐっと変わり、エンシオの世界が広がっていく。
胸をぎゅっと掴まれるって、こういうことを言うんだと思う。一音一音の響きと言葉の重なりが、渦を巻いて身体を宙に浮かび上がらせていく。音のうねりがイヤホンから溢れてくる。
絶対良いに決まっているとは思っていたけれど、アカペラバージョンはやっぱり良い。布団の中なのに鳥肌が立つ。ヒット曲のひとつ、『スタート』。作曲は歌維人、作詞は響也。
僕の背中を押してくれた大切な曲だ。息の合ったハーモニーは繊細なのに強くて、決して強くはない僕に力をくれる。
歌詞を懸命に目で追い、胸の中でもう一度追えば、やっぱり目の奥がぐっとなった。布団の中で胸にたまった息をひとつ吐いて、曲の終わりの余韻を耳で惜しんだ。
四人組ボーカルグループ、エンシオ。彼らのすごいところは、四人が四人ともハイスペックなルックスに加えて、コーラスワークが巧みなこと。そして、全員作詞作曲が出来ること。
音大サークルの先輩後輩でもある彼らのハモってみた動画が評判を呼んで、三年前にCDデビューをしている。デビュー曲は『Any song is ours』、どんな歌も僕らのもの。タイトルの頭文字は、グループ名の由来でもある。
その頃のエンシオは曲の制作も動画編集も全部自分達でやっていて、音の数も少ないし動画もブレブレだったけれど、映像から押し寄せてくる声の渦に、一瞬で心を鷲掴みにされたのを思い出す。
四人の中でも、中音域を担当する響也の声が好きだ。メインではなく高音でも低音でもないけど、響也の声ならどんなに小さくても聞き分けられる自信がある。
響也の、だれをも押し退けず、それでいてだれよりも意志の強いその声は、ネガティブになっていた高校時代の僕を一番に応援してくれた。
今も夢を持ち続けられるのは、エンシオが、響也がいてくれるから。明日も頑張ろうと思えるのは、彼らの歌があるから。
今度は音量を小さくして再生ボタンをもう一度押し、目をつむって聞くことにした。耳から入ってくるそれは、身体中に浸透していくみたいだ。