「桜木……あのさ」

「なんだよ」

 私は桜木に「さっきのこと……忘れて」とお願いした。

「はっ?」

「さっきのキスは、なんていうか……その」

 キスのことを忘れてほしいとお願いしたかった。
  
「言っとくけど俺……さっきのキス、なかったことにはしないからな」

 桜木からそう言われて、私は急に恥ずかしくなってしまう。

「まさかとは思うけど、俺の唇奪っといて忘れてほしい……とか言わないよな?」

 ウソッ……えっ、バレてる?

「……忘れないで、ほしい」

「忘れるかよ。 つーか忘れられる訳ないだろ」
   
 私は気になって「え、どうして……?」と聞き返してみた。

「言う訳ねえだろ、バーカ」

「え、なんでよ。……意地悪」

 すごく気になっているのに、教えてくれない。

「……なあ、真琴」

「ん?」

「きっとお前だけだよ、俺のこと信じてくれんの」

 桜木は「だから……俺もお前のこと信じるわ」と微笑みを浮かべた。

「……うん、信じてよ」

 私たちの友達としての距離は、なんだか急に変な縮まり方をしてしまった。……だけど、私は嬉しかったんだ。
 だけどこの時の私たちは、更なる試練が待ち受けていることに気が付かなかったーーー。


✱ ✱ ✱


「……桜木?」

「………」

「ちょっと、桜木ってばっ!」

 少し大きい声で桜木の名前を呼ぶ。

 「えっ……? あっ、悪い。どうした?」

「どうした、じゃないわよ。早くノート提出して。後出してないの桜木だけなんだから」