大好きなカレーのニオイ、炊き込みご飯のニオイ、チョコレートのニオイ。
 全部受け付けなくて、ニオイを嗅ぐと吐き気で気持ち悪くなるばかりだった。
 これが妊娠するってことなんだ。これが妊婦か……。

 安定期に入るまで、きっとこんな生活が続くんだ。 早く、安定期に入ってほしい。
 こんなの辛すぎる……。

 大好きな食べ物を受け付けられないって、とてもキツイ。 最近はなんだかグレープフルーツが、特に食べたくなる。 
 グレープフルーツは苦手なのに。 妊娠すると好みが変わるって言うけど、本当なのかな。
 グレープフルーツだけ、今は食べられる。それで乗り切る訳にもいかないのだけど……。

「っ……気持ち、悪い……」

 そんな私に「真琴、大丈夫か……?」と桜木が寄り添ってくれる。

「無理っ……」

 最近はつわりがひどすぎて、なにも出来なくなってしまった。

「辛いよな、つわり」

 横になっていることすらも、しんどくて……。

「ん……ちょっと、しんどいかも……」

「ムリしなくていい。休んでろ」

「うん……」

 桜木は、優しい目と優しい声でそう言ってくれた。
 こんなにも、つわりがひどいものだなんて思わなかった。
 でも妊娠するって、本当に奇跡だと思う。 今私をの中に起きている小さな奇跡が、何よりも生きている証拠だ。

 私がこの子のために、何でもしたいって思うのは、きっと私の中にある小さな母親としての希望があるからなんだと……お母さんはそう言っていた。