あの日以来、私はアイツの言うことを聞くフリをして、ずっと逃げる隙を探していた。
 だけどなかなか、逃げる隙を与えてはくれなかった。

 きっとアイツは、分かっているんだ。私が逃げたいと思っていることを。 それでも私がいい子を演じていることで、何もされることはない。
 このまま、何事もなければいいのに……とさえ思ってしまう。

「子猫ちゃん」

「……なに?」

「俺と一緒に来い」

「……っ」

 ここでは、この男のルールに従って生きるしかない。 月が出るところにさえいなければ、生活はほとんど人間と変わらない。
 彼が吸血鬼だということを、時々忘れてしまう。

「子猫ちゃん」

「……なんですか」

 その子猫ちゃんという呼び方はやめてほしい。 私はペットじゃない。

「今日から俺の部屋で一緒に生活してもらうよ」

「……っ!」

 唯一の救いだった、私だけの部屋がついになくなる。……イヤだ。

「……返事はどうした」

「っ……はい」

 ついにこの時がやってきてしまった。  アイツに言われたあの言葉が蘇る。

【俺の子供を作る時が来たら、部屋を一緒にする。 いいな】

 それは一番聞きたくない、言葉だった。  しかもアイツの部屋は、今桜木が監禁されてる部屋の隣だ。
 私たちが逃げ出さないかを監視するために、自分の近くに置いてるんだ。……これでもう、本当に逃げ場はなくなった。
 やっぱり私はこういう運命なんだって、改めて思いしらされた。