「桜木ユズル」

 目の前の男は、私に桜木の名前を口にした。

「っ……!?」

「その反応……。やっぱりお前、アイツの女か」

「桜木に、なにするつもり……?」

 私がそう聞くと、男は「お前は何も知らなくていい。余計なことは詮索するな」と私に言ってきた。

「いい加減にして……。こんなことして、許されるとでも思ってるの?!」

「わーわーわめくなって言ってんだろっ!!」

 その男は、近くにあった瓶を壁に投げつけた。

「……っ!!」

 衝撃で瓶がパリーンと割れて、その破片が私の頰を掠めた。

「いったっ……」

 頰が切れて、血が滲み出ていた。

「……あらあら、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

 男はニヤリと笑うと、私の頰に着いた血を舌で舐めた。

「っ……や、やめてっ!」

 なんなの、コイツ……気持ち悪い。 早くここから出たい……。

「ほーう……なかなかいい女だな」

 彼は私の頰を触り、上から下まで見回す。 ゾクッとした感触が体全体に行き渡る。

「なあ、一個提案なんだが……お前、俺の女にならないか?」

「……はあ?」

「お前なかなかいい女だから、俺の女になるなら、ここから出してやってもいいぜ」

 はあ……? 何言ってんの?
 コイツ、頭おかしいじゃないの……。

「さあ、返事は?」

「何言ってんの。なる訳ないでしょ!」

 こんな男の女になるつもりなんか、さらさらない。 私が好きなのは桜木だけ。

「そうかぁ、いい提案だと思ったんだけどな」

「ふざけないで! なる訳ないでしょ」