「お疲れー」
今日はカラオケで小さな祝賀会が開かれていた。
つい先程大学での中期テストを全て終えたからお祝いだ。明日から夏休みが始まるという事実も俺らのテンションを高くしていた。メンバーは尚弥と優希。涼介はカラオケが苦手らしく不参加だ。
「敦は何時まで入れるんだっけ」
「14時まで」
尚弥の質問に答える。今日は文芸部のサークルもある。なのでこの後大学に戻る。サークル活動の前に一旦涼介とも合流する予定だ。
「じゃあ敦優先で曲入れる」
優希が笑顔で提案してくれた。
「いいの」
尚弥と優希、2人の顔を見渡しながら尋ねる。2人とも快く承諾してくれた。
時間になりお金だけ渡してカラオケ店を出る。そのまま涼介との待ち合わせ場所に向かう。場所は大学ではなく近くの河川敷だ。涼介がサークル活動までそこで時間を潰している。
暑いのだから大学で待てば良いのでは、と尋ねたら静かで人気のない場所にいたいと返された。
俺も河川敷に着く。涼介の姿はすぐに見つけた。日陰で腰を下し本を読んでいた。すぐ近くには自転車が止められていた。
「ん」
俺は違和感を抱く。
涼介は大学やその周辺の移動はバスが徒歩だ。そもそもこの辺で1人暮らしをしている学生以外自転車を用意してないだろう。
誰の自転車なんだろうと疑問に思うと涼介の隣に葵先輩が座っていることに気づく。
2人は俺に気付いていない。
それもそのはずだ。視野の広い葵先輩が今は涼介のことしか見ていない。涼介も葵先輩だけを見ていた。
元々柔和な顔つきをしている葵先輩がいつも以上に優しい表情をしている。頬はやや赤くなっていて先輩の白い肌によく映えていた。
葵先輩のこんな表情は初めて見た。涼介も顔を赤ながら葵先輩を見ていた。2人の距離はやけに近く1目見るだけで親密なのが分かる。
そして涼介は片手に小説を持っていた。表紙だけて何の本か分かる。「星の雨」だ。
俺がたまたま同じ時間に先輩と同じ本を読んでいて喜んだ本。そんなこと2人からしたらなんでもなかった。
この2人って両思いなんだ。
何故か急に悟った。
今までも2人が仲が良いとは感じていた。けれど恋愛感情に発達することはないと思っていた。涼介が色恋沙汰に興味を持った所を見たことがなかったから。
2人に声をかけることもその場から離れることもできない。ただその場に立ちすくむ。
俺の硬直は後ろから肩を叩かれたことで解けた。振り返ると菜摘先輩がいた。
先輩はとても悲しげに微笑んだ後「行こう」と俺の手を引く。2人の所へと連れて行かれる。
「あーおい、涼介君」
菜摘先輩の声に2人とも振り返る。
「あれ、菜摘に相葉くん。どうしたの」
「葵の家に遊びに行ったけどいなかったから引き返してきた。何度かラインと電話もしたんだよ」
「え、嘘」
葵先輩は急いでアイファンを確認する。
「ごめん。全く気づかなかった」
申し訳なさそうに眉を下げて謝罪する。そんな先輩を見てラインを確認する暇もないほど涼介と2人でいる時間が幸せだったのかな、なんて卑屈な考えが浮かぶ。
「いいよ。いいよ。約束してたわけでもないし。敦はここで涼介君と待ち合わせ」
話題を変えるように俺に尋ねる。
「そうです」
「そっか。時間だしサークル行く」
菜摘先輩の言葉に従い4人全員で大学に歩き出した。