「先輩。お待たせしました」
「いいよ。まだ約束の10分前だしね」
菜摘先輩は気楽な調子で手を振る。
「それにしてもなんか緊張しますね」
「敦って意外と緊張しやすいよね。まぁなんとかなるでしょ」
軽く俺の背中を2、3回叩く。先輩なりのなんとも雑な応援なのだろう。ただ菜摘先輩のおかげでここでたたらを踏んでも仕方ないと思えた。店内に入る。
「よ、1週間ぶりかな」
既に座っていた涼介に声をかけながら座る。菜摘先輩も俺の隣に腰掛けた。
「久しぶりだね。菜摘先輩もこんにちは。それで何」
何、の後に言葉が続かなくても言いたいことはわかった。ラインで話したいことがある。菜摘先輩も当日一緒。これだけを伝えて呼び出したのだ。話したいこととはなんだと聞かれているのだろう。
「実は報告したいことあってさ」
言葉を区切り隣の菜摘先輩を見つめる。満面の笑みで見つめ返された。その後2人で頷きあう。
「俺たち付き合うことにしました」
ピースサインを作って涼介に向ける。
「え、いつから」
「夏休み入ってすぐくらいだよね」
あらかじめ決めておいたことなのでスラスラと答える。
「その、本当に」
涼介は困惑した顔で聞く。俺が葵先輩を好きなこと気づいていたのだから当然だろう。
けれど菜摘先輩がいる前で葵先輩への恋愛感情なんて指摘できないのだろう。
「いや、俺たちって結構気が合うんだよ。趣味がカラオケなこと。ゲーセンとか騒がしい場所でテンション上がるし」
これは嘘ではない。実際俺と菜摘先輩は好きなことがほとんど一緒だ。
「この前初めてカラオケ行ったけど好きなアーティストまで一緒。めっちゃ楽しかった」
「楽しすぎてオールしちゃいましたしね」
これも事実だ。河川敷で菜摘先輩に会った日、カラオケに連れて行かれた。最初は乗り気じゃなかったしうんざりしてた。それでも歌っているうちに気は紛れ最後にはしっかりと楽しでいた。
「こんど夏祭りに行く約束もしてるんだ」
話しながら俺に寄りかかる。先輩愛用、パイナップルシャンプーの匂いが香った。最後にパイナップル食べたのいつだっけなんて場違いなことを思う。
「良かったら涼介も来る?俺ら夏休みあまり予定入れてないし」
「でもせっかくのデートなんでしょ」
「問題ないよ。葵も誘う予定だしね」
相変わらず俺に体重を預けたままで答える。完璧に恋人の距離感。演技が上手な人だ。
「なら行きたいかも」
「オーケイ。決まりな」