「コーラにポカリ、後はオレンジジュースに緑茶。何飲む」
「緑茶で」
「はいよ」
コップに注いで渡せば「ありがとう」と受け取る。
涼介を家に呼んどいて何を話せばいいのか分からない。葵先輩のこと好きなのか聞けばいいのか。いくら友達でもいきなりこんなこと尋ねるのは配慮に欠けてないか。それに仮に好きって言われたらどうすればいいのか。
「葵先輩とは何にもないよ」
「え」
なんの脈絡もなくかけられた言葉に呆然とする。そんな俺の様子に気づいてないのか涼介は続ける。
「本当にたまたま会っただけだよ」
「たまたまってあんな場所で」
言いながらこれじゃあ涼介を責めてるみたいだと反省する。涼介は気にせずに淡々と続ける。
「先輩にとっては通学路なんだよ。あの河川敷のちょっと先のマンションに1人暮らししてるんだって」
「あの辺に学生向けのマンションなんてあったっけ」
「葵先輩の家、裕福だから」
「ああ」
その言葉だけで全てに納得がいった。学生向けではないお高めのマンションに住んでいるんだろう。
「いや、でもさ、涼介は葵先輩のこと好きなんだろう」
「好きじゃないよ」
間髪挟まず返される食い気味な否定。涼介にしては感情的で不自然だった。
「意外と分かりやすいよ。涼介は」
言いながら脳裏に浮かぶのは昼間の光景。まるで脳内に保存された一枚のイラストであるかのように鮮明に思い出せた。
「好きじゃないよ。それに僕は、友達の恋愛を邪魔するような真似はしないよ」
「え」
再び放たれる予想外の言葉。思わずフリーズしてしまう。
「葵先輩を好きなのは敦でしょ」
「なんでそう思うんだよ」
涼介みたいに否定するべきか。それとも肯定するべきかすら分からないまま尋ねる。
「だって葵先輩を見る時、悲しそうな顔するから」
「え」
そんな顔してたのだろうか。全く自覚なかった。
「いつも楽しそうに笑っている敦が切なそうな顔をする。葵先輩を見ている時だけね」
自分ではどんな顔をして先輩を見ていたかなんてわからない。けれど先輩が親しげに誰かと話している時、胸が痛んだのは事実だ。
それでも俺だって涼介の恋愛を邪魔したい訳ではない。2人が両思いなら付き合うべきだって思っている。だからこそ嘘をつくべきなんだろう。
「勘違いだよ。俺は葵先輩のこと好きじゃないよ」
「本当に」
覗き込むように見つめられた。嘘をついたら暴く。そんな姿勢だった。
「本当だよ。確かに先輩は可愛いし、綺麗だし、所作も美しい。視野も広くて周りを気にしてる。それに性格も優しくて穏やかだとは思うよ」
喋りながら何を言ってるんだろうと頭を抱えたくなった。葵先輩のこと思えば思うほど好きだったことに気付かされる。
「俺が葵先輩に恋愛感情を抱いたことはないよ」
それでも俺は自分でも説得力がないと分かる嘘をつき続けた。
涼介と別れた後1人でフラフラと夜の町を歩く。部屋にいたくはなかった。とはいえファミレスやファーストフード店など騒がしい場所も嫌だった。
気づけば昼間も訪れた河川敷に来ていた。
当然のように誰もいない。
夜とはいえまだ気温は高く、生ぬるい風が頬を撫でる。とても静かな空間だった。たまに遠くから誰かの話し声が聞こえる。なんとなく落ち着く。
涼介がこの河川敷で時間を潰していた理由がわかる気がした。
「なーに黄昏てるの」
元気な声に振り返ると菜摘先輩がいた。
「そういう気分の時もあるんですよ」
意図して明るい声を出す。
「私に言いづらいかも知らないけど、もし辛かったら話くらい聞くよ」
心配そうに俺の顔を見つめる。何故そんな顔をするのだろうか。
「もしかして菜摘先輩も俺が葵先輩のこと好きって知ってました」
先輩は何も言わなかった。ただ悲しげに微笑んだ。
「でも葵先輩は涼介が好きなんですよねー」
暗いトーンにならないように気をつける。
「涼介君も葵のこと好きだしね」
「菜摘先輩鋭いですね」
「そりゃあね。涼介君って人に気を使って緊張してる所があるけど葵と話す時だけは凄く自然だったから」
「でも涼介、俺の恋愛を邪魔する気はないとか言うんですよ」
俺だって両思いの2人が付き合うのを阻害したい訳ではないのに。
菜摘先輩はしばらく何かを考えるかのように黙りこんだ。
「ならさ、私と付き合ったことにしちゃう」
「えっと」
唐突の提案に面食らう。まともに言葉も返せない。
「いや、だって涼介君このままじゃ絶対に葵と付き合ったりしないよ」
「絶対ですかね。なんとか説得しようと思ってるんですけど」
「絶対むりだよ」
先輩は強く断言する。そして言葉を続ける。
「涼介君は敦のことが大好きなんだから」
その言葉は自然と胸に染み込んだ。俺だって涼介のことが好きだ。もっと仲良くなりたいし親友と呼べる間柄にだってなりたい。
「でもだから葵先輩と付き合わないって意味わからない」
「涼介君は万が一でも君が傷ついたり悲しむことをしたくないんだよ」
「なんだよ、それ」
俺だって涼介の嫌がることなんてしたくない。だからこそ菜摘先輩の提案に乗ることにした。