朝練でたっぷり絞られて、目もすっきりと覚めて、朝飯に食堂に行く。同じような運動部の生徒たちがわらわらと飯を食っている。皆食べる量はたんまりだが、大概体はしゅっと引き締まって、そして食堂は男臭かった。
「カズナリ様、デザートでございますうぅぅ」
 空いている席にトレイを持って座ると、アキミがははーっとデザートを差し出す。
「おう」
 昨日の約束通り、これから一週間、アキミの飯についてくるデザートはカズナリのものだった。今日は杏仁豆腐だが、アキミは匂いをかいで惜しそうに渡した。

 急いで朝飯をかき込むと、ふたりは食堂を出た。昨日写しかけた宿題を完璧に写さねば。
「あー、朝飯足んねえ」
「昼まで我慢しろ。ぼれ、宿題」
「アイサー、鬼軍曹殿」
「誰が鬼だ。宿題写してんのはどっちだ」
「申し訳ありませーん」
「早く写しちゃえよ。遅刻するぞ」
「はーいー」
 わざと雅な返事をするアキミを、カズナリが蹴った。
「わーん、暴力はんたーい!」
「は・や・く・し・ろ」
 カズナリの堪忍袋の緒はなかなか切れないが、一旦切れると後々まで怖い。それがわかっているアキミは、これはヤバいとばかりにせっせと宿題を写しはじめた。

 遅刻ギリギリで宿題を写し終えて、カズナリが今日の時間割通りに教科書とノート、それに参考書を入れてくれていたカバンに宿題と筆記用具を放り込む。そしてバタバタとふたりして部屋を出ると鍵を締めて寮を出る。そこから先は腐っても陸上部。走る速度は大したものだ。

 眠い眠い午前中の授業をなんとか乗り越え、アキミはギリギリまで写していた宿題を提出して、お待ちかねの昼飯だ。
 食堂は朝晩のみの営業で、昼は購買部のパン争奪戦が戦いの場となる。これがカズナリはなんとも苦手だ。どうしても人混みに臆してしまい、もじもじと出遅れてしまう。パンは欲しいが買えずに黒山の人だかりをぽつんと眺めている。ここではアキミの出番だ。小柄な体をうまく使って嘘のようにするすると人波をかいくぐっていく。なにせ男子校。ガタイのいいのがガンガンと当たってくるがそんなことは全く気にしない。
「……おばちゃーん! こんにちはー! コロッケパンと焼きそばパンと生クリームパン二個ずつー! それにプリン一個!」
「あーらアキちゃんかい! あいよっ」
 声が大きくて愛想のいいアキミは、おばちゃんたちのアイドルだった。
「ありがとー! また明日ね!」
「待ってるよー!」
 おばちゃんたちとアキミのやり取りを眺めながら、こういうのはアキミが得意なんだよなあ、と感心しながらカズナリが溜め息をついた。
「ほい、カズ」
「サンキュ。お前つくづくこういうの上手いよな」
「まかせて、超得意」

 食おうぜー、と中庭でふたり並んでパンを広げると見事な炭水化物。これだけ食べても放課後の練習で残らず消化してしまう。贅肉にならず、筋肉になるのだ。
「カズナリ様、デザートでございます」
「わざわざ買わなくていいよ。飯についてくるのを貰えれば、それでいい」
「まじ?」
「マジ」
「うっお、ラッキー」
「でもこのプリンは貰っておく」
「あうあうあうあう」
「約束だかんな。文句あんなら宿題ちゃんと自分でやれや」
「俺バカだもん。陸上バカ」
「わかってんじゃん」
「ひどいっ」
 よよよ、と泣き崩れる真似をするアキミを放っておいて、カズナリはパンを食べ始める。
「時間なくなるぞ」
「あーい」
 促されてけろりとアキミもパンをぱくつき始める。
 ふたりとも炭水化物満載のパンたちだ。が、そのくらい食べないと午後の部活で腹が減って仕方がない。成長期真っ只中だ。
 カズナリはコーヒー牛乳を、アキミは牛乳を、それぞれ一リットルのパックで飲んでいた。
「中等部からやってるけど、それ効果あんのか?」
 呆れたようにアキミの牛乳を指差す。
「信じよ、されば叶わん」
 ずびーと牛乳を飲みながら、神になるアキミ。
「の、割に伸びねえなあ」
「うるさいっ、これからよ、こーれーかーら」
 小柄なアキミが、身長を一ミリでも伸ばしたくて、一日二リットルの牛乳を日課にしていることは公然の事実。その割に百六十台の小柄なまんまなのもこれまた事実。