それは、学校の登校中までいつものつまらない日常だった。

「ねえ、彼がもしかして……」
「え、あの噂の? ってか、マジなの?」
「んー、本人から直接聞いたわけじゃないけど、確かな情報筋って噂」
「結局、噂じゃん! ……ねえ、ちょうど当事者が居るんだし、誰か真相聞いてきてよ」
「えー、無理無理。アンタが聞けばいいじゃん」

 騒がしい、そう感じざるを得ないほどの熱い視線が幾つも雲雀はひしひしと伝わっていた。

 本来であれば注目の的とは無縁の存在。
 本当の自分を隠している雲雀は心当たりがあるようでない違和感に内心ざわついていた。原因が教室のドアを開けるまでは……。

「おっーす! みんな、おは――」
「おい、知崎! 聞きたいことあんだけど!」
「あ、鷹千代くん! あの噂って本当なの⁉」

 鷹千代が教室へ顔を出した瞬間、男女問わずして一斉に視線と言葉が飛び交う。

「え、何々? みんなして俺を待ってた感じ? はっ、俺のモテ期再到来?」

 きらり、と歯を光らせるが鷹千代を取り巻くいつものメンツが鋭いツッコミをすかさず入れる。

「いやいや、来たこともないだろ」
「けど、意外とタカって人気あったりするんよね。顔だけは一流だし」
「だけは、は余計だわっ! 顔以外も超イケてるし! ねー、スズメくん」

「…………え」

 ふと、鷹千代に集まっていた視線は一気に教室の隅でぽつんとしていた雲雀の方へと向けられた。そして、一部の生徒が小声で耳打ちをするが会話が漏れて彼らの耳に各々届く。

「ねえ、やっぱりあの噂って……」
「本当、なのかも。知崎くんと楠間くんが付き合ってるのって」

「っ!」

 雲雀が勢いよく机に両手を置き、むやみに立ち上がる。その唐突な仕草に肩を跳ねる生徒も何名かいた。

「何で、どうして……」

「え、どういうこと?」
「わぁ……あの反応、マジっぽい」
「あぁ、通りでタカってばスズメくんにちょっかい出してたわけね。今、納得したわー」
「楠間君のこと、見ててちょっと可哀想だなとか思ってたけど、あれって二人の自演ってことだよね? 私たち、ノロケ見せられてたの?」

 ざわさわと教室が騒がしくなる。それぞれの感想が雲雀の表情を青褪めさせているとも知らずに……。

「うぅ……」
「雲雀⁉」

 頭を左手で抑えて、雲雀はその場に蹲る。眩暈や貧血のようなものが一気に襲い掛かった。
 恋人のピンチと察した鷹千代は速やかに彼のもとへと駆け寄る。他の生徒たちを押し退けて。

「はぁ、はあ、はぁ……はぁ、うっ」

 身体が嘘のように言うことを聞かない。


 過呼吸――乱れた呼吸だけが安否を確認する上で唯一であった。

「だだ、大丈夫?」
「せ、先生呼んでくる!」

「大丈夫。俺が保健室に連れて行くから。雲雀のやつ……ちょっと、疲れちゃったみたい」

 鷹千代の一言でその場にいた生徒たちが急に静かになる。これ以上、不要な発言をする者もいなければからかう者もいない。鷹千代はふわりと皆に笑って見せると、未だ呼吸が落ち着かない雲雀を軽々と持ち上げた。――お姫様だっこにて。

「んじゃ、俺ちょっくら行ってくるから。先生への言い訳、みんなに託した!」

「お、おう……」
「お、お幸せに……?」

 陽気なグッドサインを困惑する生徒たちに向け、鷹千代は早々に教室をあとにする。
 それから保健室へ向かう途中、雲雀の様子を気にしながらも彼は足早に保健室へと向かっていくのだった。