翌朝。

相変わらず、朝から晴天で太陽は容赦なく照りつけていた。
昨日ぐっすり眠れていない私の目には、その光は眩しすぎて目が開かない。

アラームより早くスマホに陸からの「おはよう」メッセージ。
あー、やっぱり夢じゃなかったんだなとぼんやり考えながらベッドから何とか起き上がる。
バスケの朝練か何かで陸は朝が早いのかな、とぼんやり想像しながらも、彼氏からの「おはよう」のメッセージ、もっとドキドキしてもいいはずだけどな、と他人事のように思ってる私がいた。

朝ごはんのトーストを食べながら、ふと、、昨日の事を思い返した時、河原で瑛人に見られたことを思い出した。
あの時、瑛人は私じゃなく陸の方を向いて頭を下げたっけ。それに対して陸も笑ったような気がした。
2人はもともと知り合いなんだろうか。
昨日の私たちを見て、瑛人はどう思ったんだろう。
自らノートの持ち主を一緒に探すと言いだしておいて、2日続けて行かずに、陸といた私を見て瑛人はどう思った?

学校への道をゆっくりゆっくり歩きながら、私はそんなことばかりを考えていた。

「おはよー!!」

学校に着くと校門近くで莉愛が待っていた。

「おはよ」

「ありゃ、なによ日菜。学校1のスーパースターの彼女になった初日にしてはテンション低めじゃない?」

「そ、そんなことないよ?ちょい寝不足なだけ」

「もしかして湯川先輩と長電話でラブラブトークとかしちゃった?」

莉愛はムフフと嬉しそうに笑った。

「ないない、今朝おはよーってやりとりしただけだよ」

教室へ向かう階段を登りながらそう言うと、莉愛は大袈裟に驚いて見せた。

「なに、湯川先輩ってクール系なの?うちなんか毎日電話かかってくるよ、学校でも会ってるに。」

「何よ、のろけちゃって」

「違うよー、夜遅くまで話そうとするから毎日寝不足なんだよ」

そう言いながらも、莉愛は幸せそうだ。

その時、階段の上で、瑛人とすれ違った。

「おはよ」

一瞬素っ気なく見えたのは私の気のせいだろうか。
瑛人は特にそれ以上何も言わずにすっと通り過ぎた。
それを見て、なぜか私の心がちくんと痛んだ。

私と瑛人が秘密を共有してることは、誰も知らないから
莉愛は、そんなことは特に気にせず教室に向かって行く。

「おはよー」

いつも通り。
いつも通り、にこにこして元気よく教室に入る。

あ、、よかった、、

早紀は普通に学校に来ていた。
きっとまだ陸と私が付き合い出した事は耳に入っていないのだろう。
早紀は私の方をチラリとも見なかったけど、それはもう仕方がない。私は知らないふりをして自分の席について荷物を下ろした。
そして、表面上はいつもと何一つ変わらない1日が始まった。

舞も莉愛も気を使ってか、あえて陸の話を教室ではしないでいてくれたから、その日は特に普段と変わることのない一日が過ぎていった。彼氏ができた事で、世界が変わって見えることもなかったし、全てがキラキラして見えることもなかった。

終礼が終わり、私が教室を出ようとした時だった。
廊下で瑛人が私を待っていた。

「ちょっといい?」

表情を変えず、瑛人は私を手招きした。

「ん、どした?」

「あのノート今持ってる?」

瑛人は声を潜めてそう言った。

「え、、」

ドキンとした。
ノートは持っている、、

「日菜、もう持ち主探し無理だろ」

相変わらず、声を潜めたまま瑛人は言う。
 
「湯川先輩と付き合う事になったんだろ?だから、、」

瑛人は私から少し目を逸らした。

「なんで知ってる、、の?」

昨日、一瞬見られたけどあれだけで??

「別に知りたい訳じゃないけど、うちの女子が言ってた。」


「え、、」

ということはもう直ぐあっという間にみんなに広まっちゃうって事だよね。。

「ま、とにかく。オレと2人でいるとこなんか見られてややこしい事になったらマズイだろ。だから、もうノートはオレに返して。」

瑛人は周りを気にしながら、少し早口でそう言うと左手を差し出した。

「で、でも、私も持ち主を、、」

ノートを渡してしまったら、中身を全て見られてしまったら、、

「日菜が持ち主探しをしなきゃいけない理由はないだろ」

「そうだけど」

「早く」

少し苛立ったように瑛人にそう言われて、私はカバンからノートを取り出した。

「もう、中身のことは忘れろ。オレもいつまでもこれを持ってるわけにいかないから、これからの事はまた考える。」

瑛人は私からノートを奪い取るように、受け取るとそのまま階段を降りていなくなった。

私は呆然と立ち尽くしていた。

「日菜、、?石崎くんと何かあったの?」

後ろで見てたらしい舞が声をかけてきた。

「え?あ、ううん。何でもないよ」

私は笑ってみせた。
何でもないことはない。
私の本音が詰まりまくった激ヤバノートが再び瑛人の手に渡ってしまったのだ。そしてもう2度と私の手には帰ってこないかもしれない。
中には具体的な人の名前は書いてないから、きっと誰のものかはわからないはずだけど、、。

「明日、デートとかしちゃうの?」

莉愛はあまり気にしてない風で、そうたずねてきた。

「うん、なんか、映画?行こうって。」

「わー、ザ、デートって感じ♪いいな、2人並んで手とかこっそりつないだりして?きゃー!」

莉愛は1人で盛り上がっている。
手とか、、すでに繋いだし、何ならほっぺにキスまでされたし、、

「私も明日蒼耶とどっか行こうかなー、最近ゲームとかばっかなんだもん。日菜みたいに、映画とかー、、」

テンション高めに莉愛が言いかけた時、早紀がすごい表情をして私の横を通り過ぎた。

莉愛は萎んだ風船みたいに急に小さくなる。

「行こ。今日も先輩の王子シュート見なくちゃ」

わざとらしく大きな声で、早紀はそう言うと数人の女子と階段を降りて行った。

「まだ、、知らない感じかな、あれ多分湯川先輩のバスケ見に行くんだよね」

「どうだろ。。でも隣のクラスの女子が知ってたっぽいから、、知れ渡るのはすぐかもしれない」

私はそう言ってため息をついた。

「帰ろ」

私たちの後ろから舞がヒョコっと顔を出した。

「それとも湯川先輩と帰る約束してる?」

舞の言葉に私は首を横に振って、3人で歩き出した。

「ここしばらく一緒に帰ってなかったもんねー」

莉愛もちょっと嬉しそうに私に笑いかけた。

私達はいつも通り、暑い暑いと言いながら帰り道を歩いた。たった数日なのに最近いろんなことがありすぎて、こうやって3人で帰っていたのがもう何ヶ月も前だったような気がする。

「ね、またあそこでなんか冷たいの食べない?」

莉愛がそう言って、コンビニを指差した。

「だね、暑すぎるー」

舞も日傘の下で顔をしかめてみせた。
舞のように日傘をさしてない私と莉愛の頬は真っ赤で汗だくだ。

私達はコンビニに飛び込むと「ふーーぅ」と同時にため息をついた。

「もう、ここから出たくないー」

莉愛はそんなことを言いながら、アイスのケースを眺めている。

「じゃ、またあそこで食べよ」

「いいね。じゃあやっぱイチゴフローズンかな、アイスは行くまでに溶けちゃうかも」

舞と莉愛がそう話しながら、「ね」と私を見た。
あそことは、河原の高架下の事だ。

河原には、瑛人がいるかもしれない。
一瞬、私の顔がこわばったけれど、断る理由が見つからない。

「昨日の湯川先輩とのことも聞きたいしさ」

舞はそう言うと、レジ前の方にフローズンドリンクを注文しに行ってしまった。

「日菜も行こ」

莉愛に手を引っ張られ、私は仕方なくレジ前に向かった。

いつも通り、チョコ、いちご、抹茶のフローズンドリンクをチョイスして私達は河原に向かって歩き出した。

「湯川先輩にあそこで告白されたんでしょー、いいなー」

昨日の赤いベンチが見えてくると、莉愛がそう言った。
今日は帽子を被ったおじいちゃんが座っている。
私はそのベンチよりもずっと先、瑛人がいるかもしれない高架下を見ようとしていた。

「とりあえず、あっつい。早くあそこ行こ。誰もいないといいけど」

舞はそう言うと、少し早足になって高架下へと向かって行く。

「あれ、、?誰かいるかも。。」

少し先に行った舞はそう言って立ち止まった。
私の胸がドキンとする。

瑛人、、?

「マジでー、あそこが涼しいのにー」

追いついた莉愛が覗き込む。

「ほんとだぁ、、あ、でも帰りそうだよ?」

私もそんな莉愛の言葉にそっちを見る。

そこにいたのは、小さな男の子を連れたお母さんらしき人。ひいていたシートを片付けはじめていた。

瑛人じゃなかった、、と私はほっと胸を撫で下ろす。
そして、辺りに瑛人がいないかをキョロキョロと見渡して確認してみたけれど、瑛人らしい人は見当たらなかった。

私達はいつものように高架下に並んで座り、フローズンドリンクを飲みながら、私が陸に告白された時の話なんかをした。

「え!?もう手を繋いだの?」

舞が私の話を聞いて驚く。

「まあ、手くらいはさ。湯川先輩ならすぐでしょ」

莉愛は分かってたかのようにそう言って笑った。
だけど、頬にキスもされたとは私は言わなかった。

「そういえばさ、今日早紀たちがいつもどおりバスケ部見に行くみたいな感じだったよね。まだ日菜とのこと知らないんだよね、きっと」

思い出したように莉愛がそう言って首を傾げた。

「分かんないよ、早紀の事だから知っててあえて当てつけみたいにしてる可能性もあるしね」

舞がそう言うと、「それあるかも」と莉愛も頷いた。

「早紀、湯川先輩を日菜から奪う気満々だったりして。日菜もバスケ部行って早紀を見張ってなくて大丈夫?」

舞が飲み干したフローズンドリンクのカップを手の中で持て余しながら心配そうにそう言った。

「大丈夫だよー。見張るなんでそんな大袈裟な。それに私バスケ見ても全く分かんないし。」

もともとスポーツもあまりよく知らない私はバスケも中
学生の時の体育で少しやっただけで全然分からない。

「湯川先輩のかっこいいとこ見なくていいのー?」

莉愛の言葉に私は笑って首を振った。
この時の私は、そんなに深く考えていなかったのだ。
陸の彼女になったということを。
そこまで、興味がないバスケを見に行こうという考えもそもそもなかったし、陸の姿を見に行きたい、という気持ちすらも正直なかったから。
だけど、この私の考えがまさかあんなことになるなんて、私にはその時思いもしなかった。


その後、私たちはダラダラと取り止めもない話をして別れ自宅に帰った。

明日は、陸との初めてのデートだ。
映画館で待ち合わせて、、

「え、やば。何着ていこう」

クローゼットを引っかき回して明日のコーデを探し出す。
あんまり気合い入れすぎるのも嫌だし、だからと言ってラフすぎもなー、、

悩みに悩んで、ロゴ付きの白いTシャツにミントグリーンのキャミワンピを着て行くことにした。
足元はあえてスニーカー。

スマホを前に、陸に何か連絡しておいた方がいいのかしばらく悩む。

『明日楽しみにしてるね』

とりあえず一言だけ、、とメッセージを送信してみる。
直ぐに返信は来たけれど『了解』のスタンプのみ。
部活で疲れてるのかな。
私は深く考えもせず、早めにベッドに入った。

翌日。
待ち合わせの14時より少し早く映画館に着いた私は
ぼんやりと、ソファに座って陸が来るのを待っていた。
普段はあまりメイクもしないけど、莉愛に聞いてほんの少しメイクもして前髪も乱れないようにきめて、何度も鏡で確認しながら座っていた。
周りを見ると、意外とカップルって多いんだな、と気づく。2人で1つのポップコーンを食べてたり、パンフレットを並んで見てたり。
映画自体すごく久しぶりで、前に来たのは小学生だった気がする。それも従姉妹(いとこ)と来たんだっけ。
あんまり見たくもない男の子向けのアニメを無理やり一緒に見せられて、内容はあんまり覚えていない。

ふと時計を見ると14時を過ぎている。

あれ、、?待ち合わせ14時だよね?

スマホを見ても陸からの連絡は何も入っていない。

どうしよう。
開演時間は14時30分だからまだ時間はあるけど、、。
え、場所、ここであってるよね?

もう一度周りを見渡したけれど、陸らしき姿はない。
私はどうしていいかわからなくて、立ったり座ったりしながら周りをキョロキョロしていた。
しばらくそうしていて、やっぱり連絡した方がいいかも、とスマホを取り出した時だった。

「日菜」

そんな声がして、顔を上げると陸が立っていた。

「あ、、よかった。来ないから心配、、」

思わずホッとしてそう言いかけると、陸は言った。

「ポップコーンとか買っててくれたらよかったのに」

「あ、、ごめん。。そうだよね」

来ない陸を心配してそこまで気が回らなかった。

「適当に買ってくるわ」

そう言って陸は、フードカウンターの方へさっさと行ってしまう。

気が利かない奴だと思われたよね、、。

心臓がギュッとつかまれたみたいになって、ドキドキした。

陸はポップコーンと飲み物のセットを2セット抱えて私のところへ戻ってくる。

「ありがとう、ごめんね。買っておいたらよかったのに、、」

謝る私には何も言わず、陸は「行くぞ」と開場の列に向かって歩き出した。

気のせいではなく明らかに陸は不機嫌だった。
気の利かない私に対してイラついてる?
それとも他に何かあった?
だから遅刻してきたの?
頭の中ではそう思っても、私は直接陸に聞くことができなかった。
告白された日とはまるで別人のような陸に私は戸惑っていた。

座席に並んで座っても、陸は無言でポップコーンを食べていて、私は同じように少しずつポップコーンを口に運びながら、陸の方を向けずにいた。
やがて、映画館内が暗くなり映画の上映が始まった。
話題のコメディ映画だけあって、あちこちから笑い声が漏れていたけれど、私は全く内容が入ってこなかった。
隣で見ている陸も、全く笑ってないような気がしてますます笑えなかった。

2時間弱の映画が終わり、場内が明るくなる。
従兄弟と見たアニメ映画よりも、さらに苦痛な2時間だった気がした。

場内を出て、変わらず無言の陸に対して、私は耐えきれずに思わず声をかける。

「り、、陸?」

「んあ?」

陸は少しめんどくさそうに振り向いた。

「映画、、面白かった?」

「ぼちぼちかな」

「そっか、もう一つの映画の方が良かったかな」

陸が提案してきた2つの映画のうち、このコメディ映画を指定したのは私だ。

「どっちでもいーよ。で、どうする?これから」

「え、、」

表情をあまり変えることなく淡々と話す陸がだんだんと怖くなってくる。

「陸、、なんか怒ってる?」

私がそう言うと、陸は「はぁーっ」と大きなため息をついて私を見た。

「昨日さ、なんで来なかった?」

「え?」

陸の言葉が、理解できずに私は一瞬真顔になる。
昨日って?なんか約束してたっけ?

「昨日、なんでバスケ見にこなかったんだよ」

「あ、、え?」

陸の言わんとすることは分かったけど、私にはなんて答えていいかわからない。

「他の女がいっぱい見に来てんのに、彼女であるお前が来ないってなんだよ。みんなに彼女来るからって言ってあったのに」

「ごめん、、」

謝ったけど、心の中では疑問だらけだった。
彼女って、見に行かなきゃならないのかな。
てか、勝手に周りに彼女が来るからっ言って私が行かなかったからって、不機嫌になるって意味がわからない。

とは思っても口には出せない。

「恥かいたわ」

吐き捨てるように言う陸を私は黙ってみていた。

恥って、、、。
私が行かなかっただけで?
行く約束してたわけじゃないのに。。

「ごめんね、私バスケよく知らないから見てもわかんないかなと思って、、。」

そういう私に、陸は「チッ」と舌打ちをしたような気がした。

「ほんとごめん。来週からは見に行くね」

見に行きたいわけじゃない、だけど今陸の機嫌を治めるにはそれしかなかった。

「ちょっとでも一緒にいたいじゃんか」

陸は不貞腐れたようにそう言いながら、ドサッとソファに腰を下ろした。
私は、少し遠慮がちにその隣に腰を下ろして、「そうだよね、ごめん」と謝った。
すると陸は、大きく息を吐いてから

「空気悪くしてごめん」とつぶやいて、私の手をとった。
陸の手は相変わらず大きくて、私の手を全て包んでしまうくらいだったけど、今日はひんやりと冷たかった。

「なんか、食べよ」

そう言うと陸は私の手をグイッと引き上げて立ち上がった。

私達はそのまま、映画館近くのカフェでケーキとアイスコーヒーを注文した。
いつの間にか、陸の機嫌は戻っていてニコニコ笑いながらケーキを頬張っている。
私は、そんな陸を見ながら内心はモヤモヤが止まらなかった。

付き合ってまだ1日目だというのに、あれだけ不機嫌を露(あら)わにするって、私からしたらすごい自信だなと思ってしまう。
自分の本音を出したことで、急にみんなが離れていってしまった経験を持つ私にとって、感情を剥き出しにすることは何より怖い事だったから。

「オレさ、中1の終わりからすでにバスケのスタメンに選ばれてたんだよ。」

陸は得意げにそう言って私の顔を覗き込んだ。

「すごいね!いっぱい先輩もいるのに」

私がそう言うと、陸は満足げに頷いた。
それから陸は、いついつの試合で自分が何点入れて逆転したとか、そんな話をずっとしていた。

私はそんな陸を見ながらこんな風に自分に自信を持ってたらどんなに毎日楽にいられるのかな、と、そんな事をぼんやり考えていた。

その時、テーブルの横をすり抜けた小学生くらいの男の子の肘がテーブルの上にあった陸のスマホに少しかすった。
スマホはテーブルの上を滑り落ち、椅子の上にかろうじて止まった。

陸は椅子の上のスマホをサッとテーブルに戻しながら子供に向かって「おい!」と睨みながら声をかける。
男の子は気づいていなかったのか、そのまま店の奥の方へ消えてしまった。

「チッ、、」

陸の口から小さく舌打ちが聞こえた。
さっきまで、機嫌良く自分語りをしていたのに一瞬にして顔に不機嫌が現れている。

「落ちなくてよかったね、、」

どうしていいかわからなくて、私は少し微笑みながらそう言った。

「は?落ちたじゃん」

陸は、椅子を指差しながらイラついた様子で私を見た。

「あ、、うん。でも下まで落ちなかったから、、」

「下まで落ちてたら許してねーわ」

陸はそう言いながらもう一度、男の子が向かった方向を睨んだ。

私はもう何も言えずに、ほとんど残っていないアイスコーヒーをストローで吸い込んだ。

「はぁっ」

わざとらしいくらいのため息をついて、陸は少しのけぞった。

こんな風に空気が悪くなることが本当に嫌なのに。
だからずっと今まで自分の本音を押し殺して、ニコニコしてきたのに。

陸は、スマホを覗き込み黙り込んでいる。
バスケができて、顔も整っていて、普段は明るくて、人気があるのはよく分かる。
だけど、こんな風に機嫌がコロコロ変わって顔に出る人だってみんな知ってるのかな。

「出よ」

陸は突然そう言うと席を立ち歩き出した。
私は慌てて後を追う。
レジで支払ってる陸に、「あ、私も出すよ」と声をかけると陸は無言で首を振った。

「ありがとう、ごちそうさま」

そう言う私の手を握り、陸はどんどん歩き出した。

「ど、どこ行くの?」

「2人になれるとこ!」

2人になれるとこって?!
え、どーゆー、、、意味??

私の頭の中ではおかしな方向に想像が膨らんでいる。

ー 日菜の初めて全部もらえるってこと?

陸が言ったセリフが頭の中をぐるぐる回った。

え?違うよね?まだ初デートだもんね?
それはないよね?
でも、、陸ならありえるの?
待って?!
どこいくの?

カフェを出て、どんどん歩く陸の手が痛いほどに私の手を掴んでいる。

「まっ待って!どこ行くの?」

私はその手をグイッと後ろに引いて、立ち止まった。

「だから2人になれるとこだって」

陸は真顔だった。

「2人になれるとこって、、」

「何、嫌ってこと?」

陸は私の手を離さない。

嫌って、、2人になるのが嫌なわけじゃない。
でも、この不機嫌なままの陸と、2人きりになったら今から何が起きるのか分からなくて怖いのだ、何て答えていいかわからない。

「じゃ、もう帰ろ」

黙ったままの私を見て、陸は手を離した。

「え、、」

「また月曜日に学校で」

ザワザワが止まらなかった。
これは謝るべき?
だけど、これ以上一緒にいる事もしんどいと思った。

「うちまで送ろっか?」

陸は私を少しも見ずにそう言ったけど、私は首を横にふった。
気まずそうに立ち止まっている私の横を、何組ものカップルが笑いながら通り過ぎた。

「じゃ、ここで解散てことで。」

陸はそう言うと、くるりと背中を向けた。
一瞬、最後の別れのようにさえ見えるほど、クールにあっさりと陸は歩き出した。
相変わらず、周りにはたくさんのカップルが笑い合っていて、私には自分がなぜ陸と付き合っているのかさえ分からなくなっていた。
そう、まだ付き合ってたった1日目のデートだったというのに。


だけど、この違和感は間違っていたわけではなかった。
陸が、私と付き合おうとした理由。
一目惚れだと陸は言ったけれど、本当は別の理由がある事を私は後に知ることになる。
だけど、それはもっとずっと後。