翌日。
昨日全く眠れず、頭痛とショボショボの目をまた蒸しタオルでごまかし、薬を飲んで家を出た。
こんなに足が重いのは、小学生のあの辛かった時期以来かも、と思いながら歩く。
湯川先輩の事もだし、早紀の事もだし、どうするのが一番いいのか本当にわからなくなっていた。
校門が見えてくると、ますます足取りは重くなる。
「日菜ーーっ!」
近くまで行くと、莉愛と舞が駆け寄ってきた。
「大丈夫?ちょっと心配でさ。」
莉愛が私の顔を下から覗き込むようにして、そう言った。
舞も心配そうな顔でこちらを見ている。
「だっ、大丈夫ー。ちょっと面倒なことになったよねーって感じだけどー」
私は笑って見せた。
本当は笑えるような心境ではなかったけど、こんな時私は平気なフリをしてしまう。
「とりあえずは湯川先輩の誤解を解いた方がいいかもね、昨日の様子だと日菜がひどい人みたいな感じになっちゃってるから」
「マジかー、、」
舞の言葉にわざとらしいに困り顔をして見せながら、私は3人で校舎に入る。
「あ、、」
そこには、昨日よりさらにイラついた顔をした早紀が立っていて、私達は立ち止まる。
「おはよ」
莉愛が普通な感じで挨拶をする。
「おはよ」
表情を変えずに早紀は返事をして、ちらりと舞の方を見た。昨日の事、分かってるでしょ?とでも言いたげな表情だ。
「あ、あのさ。昨日の事だけど」
私は、誤解を解くなら今しかないと切り出してみた。
「私は別にすっぽかしたとかじゃなくて、、」
私が言い終わらないうちに、
「ありえなくない?約束守らないとか」
私の方を見もしないで早紀は吐き捨てるように言った。
「だから、そうじゃなくて、、」
「日菜はちゃんと行ったんだけど、勘違いっていうか」
莉愛が私の代わりに一生懸命言ってくれてる。
「部活の後だとは思ってなくて」
「は?何それ、湯川先輩はバスケ部のエースだよ?!」
早紀がカッとなったように声を荒げた。
そんなこと言われても、そもそも私はバスケ部のエースもなにも、湯川先輩自体を知らなかったんだから、、と思ったけれど、それを口にしたらますます早紀の怒りが増長するのは目に見えている。
「そうだよね、ごめん。」
ここは素直に謝っとこう。
「ごめんじゃないし、意味わかんないし」
大きく肩で息をするように、早紀は怒りを表している。
「とりあえず、チャイムなるから。ね、行こう?」
舞が見かねてそう言うと、早紀は目を大きく見開きまだ何か言いたそうにしたけど、くるりと背を向けて教室への階段を昇って行った。
「こーわ」
莉愛が自分の靴を履き替えながらため息混じりにそう言い、舞も苦笑いをした。
「ま、深く考えずに帰った私が悪いんだしね」
私は少し笑いながらそう言った。
「だけどさ、早紀にキレられる筋合いはないよね。マジであの言い方ムカつく」
「確かにね」
莉愛の言葉に私達は頷きながら教室に向かう。
あー、他の女子にも変な噂広まってなきゃいいんだけど。
だけど、その心配通り教室に入ると早紀を囲んだ数人の女子の塊ができていて、コソコソと話しながら私を見る視線が集まってくる。
早紀が昨日の話を広めているに違いなかった。
マジでガキくさいことするわ、早紀。。
内心少し私も怒りに近い感情が湧いてきたけれど、顔には出さないように大きく息を吸う。
「何様なんだろねー、先輩からのお呼び出しを無視して帰るとか」
わざと聞こえるように早紀が周りに話しかけると、周りの女子たちも口々に「ちょっとひどいよね」だの「人としてどうなの?」とか口々に言い始める。
あー、、なんかまただ。
この感じ、、
私の中でどんどん嫌な思い出が蘇る。
「だから、違うって。」
なんとか理解してもらおうと私は口を開いたけれど、
正直何を言っても早紀の怒りは治らないだろう。
だって、私がすっぽかしたという事以上に、私が湯川先輩に呼び出されていることが気に食わないのだから。
もう、、いいや。
私が諦めて、席に着こうとした瞬間。
「悔しいだけでしょ?日菜が湯川先輩に告られるかもしれなくて!自分じゃなくて、日菜が湯川先輩の彼女になるから、ムカついてそんな風に言ってるんでしょ?!」
と、、莉愛が叫んだ。
言ってしまってから、「あ」と口を押さえたけど、もう遅い。
早紀の顔はみるみる赤くなり、ブルブル震えて涙を浮かべたかと思うと、周りの女子を突き飛ばして教室を飛び出して行った。
周りにいた女子も、男子もフリーズしたかのように静まり返り、言ってしまった莉愛はヘナヘナと座り込み、当の私は目眩がして倒れそうだった。
‥‥彼女になるからって、、
クラス全員に今回の騒動が知れ渡ってしまった。
まだ告白をされたわけでもないのに。
「ごめん、、日菜、、」
莉愛が叱られた子犬のようにしょぼくれている。
「我慢できなかったんだよね、莉愛」
舞がやさしく、莉愛の肩を叩く。
「ありがと、莉愛」
莉愛の優しさは嬉しかった。
でも、あれは言ったらダメだったなぁと私は心の中でプチパニックだった。
その日、早紀は学校に帰ってこなかった。
「なんか、ヤバいことになっちゃった。早紀大丈夫かな。」
お弁当を食べながら、莉愛が小さなため息をついた。
「大丈夫だよ。明日になったら平気な顔して学校来るって。それより、湯川先輩にちゃんと会いに行った方がいいよ、日菜。」
舞が莉愛を慰めつつ、私にそう言う。
私も、莉愛に「気にしないで」と伝えた。
「会いに、、高2の教室行った方がいいかなあ。それはそれでハードル高いなあ」
私は、お弁当のブロッコリーを口に運びながらつぶやいた。
すると突然
「ね、日菜。さっきのお詫びにさ、私が会いに行くよ、蒼耶なら湯川先輩と話したことあるって言ってたし。
一緒に行って、日菜の事情話して、今日また放課後に会うように約束取り付けてくるよ」
と、思いついたように莉愛が言った。
「え、いやいやいや。いくらなんでもそれは、、」
「いいの!行かせて?!早紀との事もかなりややこしくしちゃったし、私にお詫びさせて!」
「でも、、」
「大丈夫。蒼耶もいるし」
躊躇する私に、舞も
「そうしてもらったら?いきなり日菜が行くより湯川先輩も話聞いてくれるかもよ」
と言った。
「まあ、、確かに私が行っても怒ってる可能性もあるしね、、。でもほんとにいいの?莉愛。」
「まかせて!」
莉愛は大きく頷いた。
そして、昼休み。
莉愛は彼氏の蒼耶を連れて、ひとつ上の階の高2の教室へ、湯川先輩に話をつけに行ってくれたのだった。
舞と教室で待ってる間、私はなんだか落ち着かなかった。
昼休みももう終わろうとする頃、莉愛が教室に戻ってくる。不安そうな私を見て莉愛は小さくオッケーマークを作ってみせた。
「湯川先輩、事情分かってくれたよ。ちゃんと時間も場所も言わなかった自分も悪かったって。やっぱ、スーパースターは違うよねー。そしてやっぱりイケメンだったわー。」
莉愛はうっとりとした顔をして、そう言った。
私はとりあえず、分かってくれた事にホッとする。
その時5限目の授業が始まるチャイムが鳴り、莉愛は
「詳しい事は次の休み時間に言うね」と言って、自分の席に着いた。
とにかく湯川先輩の誤解が解けてよかった。
私は少しホッとして、5限目の物理の授業中は思わずうとうとしてしまったらしく、気づいたらすでに6限目の国語の先生が教壇に来ていた。
昨日、ほとんど眠れていなかったから気を抜くと眠ってしまいそうになる。
なんとか、6限目の授業を終えると、莉愛が近づいてきた。
「大丈夫?やっぱり疲れてるよね、さっきの休み時間完全に寝てたよ、日菜。」
「だよね、ごめん。昨日ちょって眠れなくてさ。」
私は大きな欠伸をしながら答えた。
「あ、、それでね。さっきの湯川先生の話の続きだけど」
「あ、うん。ありがとう、ごめんね。」
「終礼始まるから、要点だけ言うね。湯川先輩、今日は部活行かずに会いに行くからって。でも、学校じゃなくてさ、ほらいつも帰り道に寄る河原あるじゃん?あそこに少しベンチあるの知ってるよね。あそこで17時に待ち合わせようって。」
「え?」
「学校だと、またいろんなやつに見られていろいろ言われるのも面倒だからって」
「あ、やば担任きた。オッケー?理解した?」
莉愛はそれだけ言うと、自分の席に帰って行った。
ちょっと待って、河原って。。
あの河原、だよね?
今日も瑛人、行くんじゃないのかな。
それってなんか、めちゃくちゃ気まずいんだけど、、。
だけど。さすがに今日も行かないってわけにも行かない。
よりにもよって、何であそこなのよ、、、。
誤解が解けて少しホッとしたのも束の間、再び私の心はザワザワしていた。
終礼が終わり、私は隣のクラスの瑛人が教室から出てくるのを待って話しかけた。
「ね、、瑛人。。今日もあそこ行くの、、?」
「あ、うん。一応そのつもりだけど。まあ、、あれから数日経つしさすがにもう探しには来ないかなーとも思い始めてるけど。ま、あそこで川の流れ見てんのも好きだし、今週いっぱいくらいは行ってもいいかなと思ってるよ。日菜も来るんだろ?」
瑛人は大きく伸びをしながら、そう言ってかばんを左手から右手に持ち替えた。
「いや、ごめん。。私今日も用があって、、でも河原には行くっていうか、、」
「ん?意味がわかんないけど?」
瑛人は怪訝そうな顔をして私の顔を見る。
「んーそうだよね。でも今日もちょっと持ち主探しは一緒にできなくて、、」
どう言えばいいのか分からなかった。
「いいよ。もともと1人でやるつもりだったんだし。無理に付き合わなくていいよ。じゃ、またな」
瑛人は意外にあっさりとそう言って、私に背を向けた。
時計を見ると16時を少しすぎた所だった。
17時に待ち合わせ、、。
どうしよう、瑛人がそれまでに帰ってくれてたらいいけど。
頭の中でいろいろ考えながら、自分の教室に戻ると莉愛と舞が私の席の近くで待っていた。
「頑張ってね」
舞がそう言って私の肩を軽く叩く。
「緊張するー!でもいいな、あんなイケメンに告白かー」
莉愛はまるで自分が告白されるみたいな口調で言い、迎えに来た蒼耶に睨まれていた。
「違うよー蒼耶ー。日菜の話だよ。ね、頑張れ」
莉愛は、そう言いながら廊下に出ると2人で帰って行った。
「あー、私だけボッチになるのかー」
舞はふざけたようにそう言って笑った。
「いや、まだそんな決まったわけじゃ、、」
「待ち合わせ17時でしょ、少しそれまで付き合おっか?」
舞がそう言ってくれたけど、私は首を横に振った。
「大丈夫、ありがと。舞も塾とかで忙しいでしょ。私もゆっくり行くから。」
私がそう言うと、舞は頷いて私の肩をポンと叩くと教室を出た。
舞の気持ちもありがたかったけど、私は少し1人になりたかったのだ。
瑛人がいるであろう河原で湯川先輩と待ち合わせる事になってしまってから私の心はザワザワしっぱなしだった。
私はゆっくりと荷物をカバンに詰め、重い腰を上げた。
もうすぐ16時30分。
ゆっくり歩いていけば、河原にはちょうどいい時間に着くだろう。
なんでこんな事になっちゃってるんだろう。
あのノートをうっかり落としてしまってから、おかしなことばかりに巻き込まれてる気がする。
外に出ると一気に日差しが照りつけてきた。
夕方近いとはいえ、まだ気温は高い。
私は、できるだけ日陰の場所を選んで道を歩き河原を目指した。
時折り耳の近くで聞こえるセミの声が、余計に私の心をザワザワさせた。
河原近くについて、私は待ち合わせ場所のベンチを探す。
いつもは、高架下の広い日陰で過ごすことが多いから、ベンチがどこにあるのか知らなかったけど、案外すぐにそれは見つかった。
CMに出てきそうな大きな広葉樹が1本立っており、その下に赤いベンチが置かれていた。近づくと少し古びた赤いベンチは、所々さびていて傷んでいる。少し離れた場所にも同じように木があって、その下にも青いベンチが置かれていた。でもそこにはひと組の男女が腰を下ろしていて何やら話し込んでいる。
私は赤いベンチに腰を下ろして荷物を横に置いた。
いい具合にベンチの半分くらいは木陰になっていて少し涼しい。
私は少しだけホッとしていた。
いつも瑛人といる場所からはこのベンチは見えない所にあったから。
別に瑛人に見られて困るような事でもないのかもしれないけど、何か気まずい。
時計を見ると16時45分。
約束の時間までまだ少しある。
水面はいつものようにキラキラと光って宝石のようだ。
「はぁ、、」
ゆっくりと座りながら、自分が汗だくなのに気づく。
「ヤバ」
慌ててハンカチで汗を拭い、前髪を整える。
鏡に映る自分の顔が真っ赤で焦る。
下敷きを出してあおいで、なんとか顔のほてり取らなきゃ。
「ごめん、暑かった?」
その時、突然後ろから声がしてビックリすると湯川先輩が立っている。
「わっ!あ、いえ。ごめんなさい、あの違います。昨日はすっぽかしたとかじゃなくて!」
驚きすぎて自分でも何を言っているか分からない。
「あー、うん。今日聞いたよ。莉愛ちゃんだっけ?
部活あるって言わなかったからな、オレ。」
湯川先輩がそう言いながら、ドサッと隣に腰を下ろした。
私は慌てて横にある荷物を膝に乗せる。
「いえ、、なんかごめんなさい。帰っちゃって」
「いや、とりあえず仕切り直しって事で。」
そう言うと湯川先輩は「ふーっ」と息を吐いて黙り込んだ。
その変な間が余計にドキドキする。
しばらく沈黙が続いた後、
「桜河さんさぁ」
そう言われて顔を上げると、湯川先輩かまっすぐにこちらを見ていて一瞬息が止まりそうになる。
「付き合ってくれない?」
ま、マジに告白だったの?!
私に1番に浮かんだ言葉はそれ。
「あ、、えっと。。」
「オレのことマジで知らない感じ?」
湯川先輩は嘘だろ?みたいな顔をした。
「あ、あの、知らないっていうか。。バスケ部のエースで、、ファンクラブもあって、、」
実際は全く知らなかったんだけど、知らないではすまされないような空気感を感じて、莉愛や舞から聞いて知った情報を必死に並べる。
「いやー、まあそれは周りが勝手にさ。」
そう言いながらも湯川先輩はまんざらでもない顔をしている。
その後、何を言っていいか分からない私を見て
「桜河さん、彼氏いるとか?」
と私の顔を覗き込んできた。
「いえ、いないです」
「じゃあ、決まりで」
「えっ?!」
「ダメなの?」
なんでこんなグイグイくるの?
「なんで私なんですか?」
私が顔も名前も認識してないくらいの関係性なのに、接点0なのに、なぜ私なのか全くわからない。
「なんでって、、一目惚れ?」
「絶対ウソ!」
「嘘じゃないよ、桜河さん可愛いよ」
「っ、、?!」
あまりにどストレートに言うもんだから、私は言葉が出なくなってしまった。
「オレさ、ニコニコしてる子がタイプなんだよね。」
確かに、、本音を隠して私はいつもニコニコ笑ってる。
本当の笑顔ではないけどね。
「他に好きな人がいるとかでもないんだよね?」
「い、、いないですけど、、」
「じゃ、やっぱり決まりで。」
湯川先輩はもう決定したかのように立ち上がった。
「あの、、」
「何?ヤダ?」
「ヤダ、とかじゃなくて、、」
どうしよう、どうしたらいいの?
「じゃなくて、何?」
一瞬、湯川先輩の声にイラつきが含まれた気がした。
私の手にキュッと力が入る。
「オレと付き合ってください」
湯川先輩がもう一度そう言ってペコリと頭を下げた。
もう、断れる空気じゃない、私にはこの空気の中「ごめんなさい」を言える勇気はなかった。
「はい。。」
声にならないような声で私は返事をした。
「お、やったー。よろしくね。オレのことは陸って呼んでくれたらいいから。日菜、って呼んでい?」
「はい、、」
なぜか、心臓が苦しいくらいにバクバクと音を立てていた。耳がキーンと鳴るような軽い目眩の中、断りきれず、オッケーしてしまった事、これでよかったの?と頭の中はぐちゃぐちゃだった。そして喉がカラカラだった。
「あー、やべ。断られるのかとハラハラしたー」
湯川先輩はそう言いながら買ってきたのであろうスポドリをごくごくと流し込んだ。
私は、この人の彼女になったのか。。
ファンクラブもあるような人気者の彼女に。
私はその時なんだか他人事みたいにぼんやりそんなことを考えていた。
その時。
私の視界の中に、河原を登ってくる瑛人の姿が映った。
え、、このタイミングで、、
なぜか、体が硬くなる。
瑛人はチラッとこちらに視線を向けるとペコリと頭を下げた。
それを見て、陸がニヤッと笑ったように私には見えた。
何?
2人は知り合い?
瑛人はそのまま河原を登りきると、何事もなかったように私たちに背を向けるように歩いて行き、姿を消した。
「さ、じゃ日菜、今日は帰る?送ろうか?」
陸が立ち上がり手を差し出した。
一瞬、躊躇しながら私はその手を握り立ち上がる。大きくて少しゴツゴツした手は私の手をすっぽりと包み込んでいた。
おっきな手だな。。
私の手も小さい方ではない。
莉愛なんかは背も含め、全てが小さいから女の子らしくて、羨ましいと思ってる。
でも、そんな小さくない私の手を全部包み込めるほど、陸の手は大きかった。
たったそれだけの事なのに、自分が女の子だと思えてドキドキする。
「え、どした?」
私は一体どんな表情をしていたのか、陸が不思議そうに私の顔を見ていた。
「ううん」
私は俯いて、首を振る。
「あさって、土曜日じゃん?午前中はバスケあるんだけど、お昼からどっか行く?」
陸に言われて、そっか付き合うって事はそうだよね。
妙に納得する。
「うん」
ここは頷くとこだよね。
私の中でまだ、付き合う事自体が腑に落ちてない状態だから、いきなりどこか行くかと言われも、全然考えられないんだけど、陸は「どこがいいかな」と呟いている。
「あのさ、、ひかないで欲しいんだけど、、」
そういう私の顔を、陸は振り返った。
「ん?」
「私ね、ちゃんと付き合うって、初めてなの。今までそういうの、避けてきたっていうか、、」
「マジ?」
陸は、私が想像していたよりもっと驚いた顔をした。
「やったー!じゃ、オレが日菜の初めてを全部もらえるって事だ!」
陸は、無邪気な笑顔をして万歳をしてみせた。
私の初めてを、、全部。。
つ、つまりはそういうことだよね。
「じゃ、早速ー、、」
陸はそういうや否や、私の頬にチュッと軽くキスをした。
「‥‥っっ!?」
思わず、後退りをして頬を押さえてしまった私は多分耳まで真っ赤になっているだろう。
「ごめん、ビックリした?やだった?」
陸はそんな私の表情を見て、少し笑ったような顔をして私の頬を触った。
「や、じゃないけど、、突然すぎてびっくりしただけ。」
平気な顔しなくちゃ、頬にキスくらいでこんな動揺して、陸に引かれちゃう。
息切れしそうなくらいに、心臓はバクバクしていたけど私は無理に笑って見せた。
「あさっての土曜日は映画でも行く?デートと言えばって感じの定番デートしよ。」
陸はそういうと、スマホで何やら検索をして近くの映画館の上映スケジュールを出して見せた。
「んー、これかこれかな。ま、ぶっちゃけオレは日菜といれたらなんでもいーけど。」
陸は、最近始まったばかりの恋愛映画と、話題のコメディ映画の2つを交互に指差しながらそう言った。
「日菜の好きな方でいいよ」
「じゃ、、こっちで」
私はコメディ映画を指差した。
いきなり陸と恋愛映画をどんな気持ちで見たらいいのか分からなかったからだ。
「じゃさ、映画館前14時待ち合わせでい?」
「うん。」
「帰ろ」
陸はそう言うと、私の手を再び握って歩き出した。
私は引っ張られるようにして歩きながら、何とか平然な顔をしようと必死だった。
昨日まで、名前すら知らなかった人が、今は私の彼氏になってるっていう事実に、本当は頭がついてってなくて混乱しているのに。
陸の彼女、として合わせなければと必死になっていた。
「じゃ、また明日」
家の近くまで陸は送ってくれた後、連絡先を交換して私たちは別れた。
家に入ると、崩れ落ちそうなくらいの疲労感が私を襲った。
「最近いろいろなことがありすぎだってぇ」
自分の部屋で荷物を置いて寝転んだらもうそのまま起き上がれないほどの疲労感。
本来なら幸せで舞い上がりそうな出来事なはずなのに、私はどちらかというなら気持ちが沈んでいた。
どうしてオッケーしちゃったんだろ。
でも、あの感じを断るの無理だった。
でもオッケーしたらしたで、明日からどうしよう。
早紀や、ファンクラブの子達にどんな顔したらいいんだろ。
陸と付き合うって、これからどうなっちゃうんだろ。
「陸」って呼ぶことすら違和感ありまくりなのに。
頭の中はもうぐっちゃぐちゃで、考えることが次から次へと浮かんできて、整理できないままぐるぐる回って
私の脳みそはフリーズしたようになってしまった。
スマホを見ると、舞や莉愛から「大丈夫?」「どうなったの?」とたくさんメッセージが来ていた。
日菜『なんか、、付き合うことになってしまったよ』
莉愛『きゃああああ!!マジで?!』
舞『やっぱり告白されたんだ?』
日菜『うん。今もう頭パンクしそうだよ』
私はそれからしばらく、2人に今日の出来事を話して聞かせた。
莉愛はとにかく盛り上がってたけど、舞は少し心配してくれているみたいだった。
舞『私もなんか煽っちゃったみたいなとこあるから、こんなこと言える立場じゃないけど、日菜はほんとにそれでよかったの?』
よくないよ、と心の中では思った。
でも
日菜『よかった、っていうか。まだ良くはわからないけど優しそうだったし、ま、イケメンだし?明日から早紀とかにバレたらマジでめんどくさそーとは思うけどねー』
精一杯、大丈夫なフリをした。
2人はそれに対してほぼ同時に『それな』と返してきて、少し笑った。
不安なことしかないけど、早紀の事はともかく、確かに陸は優しそうだし、明るいし、これから幸せな日々が待ってるのかもしれない。
付き合ってれば、どんどん好きになってくのかもしれない。
私は、前向きに考えることにした。
だって、あれだけみんなに人気がある人に好きになってもらって、彼女になったんだから。
そう。
私は今まで彼を知らなかったんだ、名前も顔すらも。
そして何にも知らないまま彼女になったのだ。
湯川 陸という人が本当はどんな人かを。。
昨日全く眠れず、頭痛とショボショボの目をまた蒸しタオルでごまかし、薬を飲んで家を出た。
こんなに足が重いのは、小学生のあの辛かった時期以来かも、と思いながら歩く。
湯川先輩の事もだし、早紀の事もだし、どうするのが一番いいのか本当にわからなくなっていた。
校門が見えてくると、ますます足取りは重くなる。
「日菜ーーっ!」
近くまで行くと、莉愛と舞が駆け寄ってきた。
「大丈夫?ちょっと心配でさ。」
莉愛が私の顔を下から覗き込むようにして、そう言った。
舞も心配そうな顔でこちらを見ている。
「だっ、大丈夫ー。ちょっと面倒なことになったよねーって感じだけどー」
私は笑って見せた。
本当は笑えるような心境ではなかったけど、こんな時私は平気なフリをしてしまう。
「とりあえずは湯川先輩の誤解を解いた方がいいかもね、昨日の様子だと日菜がひどい人みたいな感じになっちゃってるから」
「マジかー、、」
舞の言葉にわざとらしいに困り顔をして見せながら、私は3人で校舎に入る。
「あ、、」
そこには、昨日よりさらにイラついた顔をした早紀が立っていて、私達は立ち止まる。
「おはよ」
莉愛が普通な感じで挨拶をする。
「おはよ」
表情を変えずに早紀は返事をして、ちらりと舞の方を見た。昨日の事、分かってるでしょ?とでも言いたげな表情だ。
「あ、あのさ。昨日の事だけど」
私は、誤解を解くなら今しかないと切り出してみた。
「私は別にすっぽかしたとかじゃなくて、、」
私が言い終わらないうちに、
「ありえなくない?約束守らないとか」
私の方を見もしないで早紀は吐き捨てるように言った。
「だから、そうじゃなくて、、」
「日菜はちゃんと行ったんだけど、勘違いっていうか」
莉愛が私の代わりに一生懸命言ってくれてる。
「部活の後だとは思ってなくて」
「は?何それ、湯川先輩はバスケ部のエースだよ?!」
早紀がカッとなったように声を荒げた。
そんなこと言われても、そもそも私はバスケ部のエースもなにも、湯川先輩自体を知らなかったんだから、、と思ったけれど、それを口にしたらますます早紀の怒りが増長するのは目に見えている。
「そうだよね、ごめん。」
ここは素直に謝っとこう。
「ごめんじゃないし、意味わかんないし」
大きく肩で息をするように、早紀は怒りを表している。
「とりあえず、チャイムなるから。ね、行こう?」
舞が見かねてそう言うと、早紀は目を大きく見開きまだ何か言いたそうにしたけど、くるりと背を向けて教室への階段を昇って行った。
「こーわ」
莉愛が自分の靴を履き替えながらため息混じりにそう言い、舞も苦笑いをした。
「ま、深く考えずに帰った私が悪いんだしね」
私は少し笑いながらそう言った。
「だけどさ、早紀にキレられる筋合いはないよね。マジであの言い方ムカつく」
「確かにね」
莉愛の言葉に私達は頷きながら教室に向かう。
あー、他の女子にも変な噂広まってなきゃいいんだけど。
だけど、その心配通り教室に入ると早紀を囲んだ数人の女子の塊ができていて、コソコソと話しながら私を見る視線が集まってくる。
早紀が昨日の話を広めているに違いなかった。
マジでガキくさいことするわ、早紀。。
内心少し私も怒りに近い感情が湧いてきたけれど、顔には出さないように大きく息を吸う。
「何様なんだろねー、先輩からのお呼び出しを無視して帰るとか」
わざと聞こえるように早紀が周りに話しかけると、周りの女子たちも口々に「ちょっとひどいよね」だの「人としてどうなの?」とか口々に言い始める。
あー、、なんかまただ。
この感じ、、
私の中でどんどん嫌な思い出が蘇る。
「だから、違うって。」
なんとか理解してもらおうと私は口を開いたけれど、
正直何を言っても早紀の怒りは治らないだろう。
だって、私がすっぽかしたという事以上に、私が湯川先輩に呼び出されていることが気に食わないのだから。
もう、、いいや。
私が諦めて、席に着こうとした瞬間。
「悔しいだけでしょ?日菜が湯川先輩に告られるかもしれなくて!自分じゃなくて、日菜が湯川先輩の彼女になるから、ムカついてそんな風に言ってるんでしょ?!」
と、、莉愛が叫んだ。
言ってしまってから、「あ」と口を押さえたけど、もう遅い。
早紀の顔はみるみる赤くなり、ブルブル震えて涙を浮かべたかと思うと、周りの女子を突き飛ばして教室を飛び出して行った。
周りにいた女子も、男子もフリーズしたかのように静まり返り、言ってしまった莉愛はヘナヘナと座り込み、当の私は目眩がして倒れそうだった。
‥‥彼女になるからって、、
クラス全員に今回の騒動が知れ渡ってしまった。
まだ告白をされたわけでもないのに。
「ごめん、、日菜、、」
莉愛が叱られた子犬のようにしょぼくれている。
「我慢できなかったんだよね、莉愛」
舞がやさしく、莉愛の肩を叩く。
「ありがと、莉愛」
莉愛の優しさは嬉しかった。
でも、あれは言ったらダメだったなぁと私は心の中でプチパニックだった。
その日、早紀は学校に帰ってこなかった。
「なんか、ヤバいことになっちゃった。早紀大丈夫かな。」
お弁当を食べながら、莉愛が小さなため息をついた。
「大丈夫だよ。明日になったら平気な顔して学校来るって。それより、湯川先輩にちゃんと会いに行った方がいいよ、日菜。」
舞が莉愛を慰めつつ、私にそう言う。
私も、莉愛に「気にしないで」と伝えた。
「会いに、、高2の教室行った方がいいかなあ。それはそれでハードル高いなあ」
私は、お弁当のブロッコリーを口に運びながらつぶやいた。
すると突然
「ね、日菜。さっきのお詫びにさ、私が会いに行くよ、蒼耶なら湯川先輩と話したことあるって言ってたし。
一緒に行って、日菜の事情話して、今日また放課後に会うように約束取り付けてくるよ」
と、思いついたように莉愛が言った。
「え、いやいやいや。いくらなんでもそれは、、」
「いいの!行かせて?!早紀との事もかなりややこしくしちゃったし、私にお詫びさせて!」
「でも、、」
「大丈夫。蒼耶もいるし」
躊躇する私に、舞も
「そうしてもらったら?いきなり日菜が行くより湯川先輩も話聞いてくれるかもよ」
と言った。
「まあ、、確かに私が行っても怒ってる可能性もあるしね、、。でもほんとにいいの?莉愛。」
「まかせて!」
莉愛は大きく頷いた。
そして、昼休み。
莉愛は彼氏の蒼耶を連れて、ひとつ上の階の高2の教室へ、湯川先輩に話をつけに行ってくれたのだった。
舞と教室で待ってる間、私はなんだか落ち着かなかった。
昼休みももう終わろうとする頃、莉愛が教室に戻ってくる。不安そうな私を見て莉愛は小さくオッケーマークを作ってみせた。
「湯川先輩、事情分かってくれたよ。ちゃんと時間も場所も言わなかった自分も悪かったって。やっぱ、スーパースターは違うよねー。そしてやっぱりイケメンだったわー。」
莉愛はうっとりとした顔をして、そう言った。
私はとりあえず、分かってくれた事にホッとする。
その時5限目の授業が始まるチャイムが鳴り、莉愛は
「詳しい事は次の休み時間に言うね」と言って、自分の席に着いた。
とにかく湯川先輩の誤解が解けてよかった。
私は少しホッとして、5限目の物理の授業中は思わずうとうとしてしまったらしく、気づいたらすでに6限目の国語の先生が教壇に来ていた。
昨日、ほとんど眠れていなかったから気を抜くと眠ってしまいそうになる。
なんとか、6限目の授業を終えると、莉愛が近づいてきた。
「大丈夫?やっぱり疲れてるよね、さっきの休み時間完全に寝てたよ、日菜。」
「だよね、ごめん。昨日ちょって眠れなくてさ。」
私は大きな欠伸をしながら答えた。
「あ、、それでね。さっきの湯川先生の話の続きだけど」
「あ、うん。ありがとう、ごめんね。」
「終礼始まるから、要点だけ言うね。湯川先輩、今日は部活行かずに会いに行くからって。でも、学校じゃなくてさ、ほらいつも帰り道に寄る河原あるじゃん?あそこに少しベンチあるの知ってるよね。あそこで17時に待ち合わせようって。」
「え?」
「学校だと、またいろんなやつに見られていろいろ言われるのも面倒だからって」
「あ、やば担任きた。オッケー?理解した?」
莉愛はそれだけ言うと、自分の席に帰って行った。
ちょっと待って、河原って。。
あの河原、だよね?
今日も瑛人、行くんじゃないのかな。
それってなんか、めちゃくちゃ気まずいんだけど、、。
だけど。さすがに今日も行かないってわけにも行かない。
よりにもよって、何であそこなのよ、、、。
誤解が解けて少しホッとしたのも束の間、再び私の心はザワザワしていた。
終礼が終わり、私は隣のクラスの瑛人が教室から出てくるのを待って話しかけた。
「ね、、瑛人。。今日もあそこ行くの、、?」
「あ、うん。一応そのつもりだけど。まあ、、あれから数日経つしさすがにもう探しには来ないかなーとも思い始めてるけど。ま、あそこで川の流れ見てんのも好きだし、今週いっぱいくらいは行ってもいいかなと思ってるよ。日菜も来るんだろ?」
瑛人は大きく伸びをしながら、そう言ってかばんを左手から右手に持ち替えた。
「いや、ごめん。。私今日も用があって、、でも河原には行くっていうか、、」
「ん?意味がわかんないけど?」
瑛人は怪訝そうな顔をして私の顔を見る。
「んーそうだよね。でも今日もちょっと持ち主探しは一緒にできなくて、、」
どう言えばいいのか分からなかった。
「いいよ。もともと1人でやるつもりだったんだし。無理に付き合わなくていいよ。じゃ、またな」
瑛人は意外にあっさりとそう言って、私に背を向けた。
時計を見ると16時を少しすぎた所だった。
17時に待ち合わせ、、。
どうしよう、瑛人がそれまでに帰ってくれてたらいいけど。
頭の中でいろいろ考えながら、自分の教室に戻ると莉愛と舞が私の席の近くで待っていた。
「頑張ってね」
舞がそう言って私の肩を軽く叩く。
「緊張するー!でもいいな、あんなイケメンに告白かー」
莉愛はまるで自分が告白されるみたいな口調で言い、迎えに来た蒼耶に睨まれていた。
「違うよー蒼耶ー。日菜の話だよ。ね、頑張れ」
莉愛は、そう言いながら廊下に出ると2人で帰って行った。
「あー、私だけボッチになるのかー」
舞はふざけたようにそう言って笑った。
「いや、まだそんな決まったわけじゃ、、」
「待ち合わせ17時でしょ、少しそれまで付き合おっか?」
舞がそう言ってくれたけど、私は首を横に振った。
「大丈夫、ありがと。舞も塾とかで忙しいでしょ。私もゆっくり行くから。」
私がそう言うと、舞は頷いて私の肩をポンと叩くと教室を出た。
舞の気持ちもありがたかったけど、私は少し1人になりたかったのだ。
瑛人がいるであろう河原で湯川先輩と待ち合わせる事になってしまってから私の心はザワザワしっぱなしだった。
私はゆっくりと荷物をカバンに詰め、重い腰を上げた。
もうすぐ16時30分。
ゆっくり歩いていけば、河原にはちょうどいい時間に着くだろう。
なんでこんな事になっちゃってるんだろう。
あのノートをうっかり落としてしまってから、おかしなことばかりに巻き込まれてる気がする。
外に出ると一気に日差しが照りつけてきた。
夕方近いとはいえ、まだ気温は高い。
私は、できるだけ日陰の場所を選んで道を歩き河原を目指した。
時折り耳の近くで聞こえるセミの声が、余計に私の心をザワザワさせた。
河原近くについて、私は待ち合わせ場所のベンチを探す。
いつもは、高架下の広い日陰で過ごすことが多いから、ベンチがどこにあるのか知らなかったけど、案外すぐにそれは見つかった。
CMに出てきそうな大きな広葉樹が1本立っており、その下に赤いベンチが置かれていた。近づくと少し古びた赤いベンチは、所々さびていて傷んでいる。少し離れた場所にも同じように木があって、その下にも青いベンチが置かれていた。でもそこにはひと組の男女が腰を下ろしていて何やら話し込んでいる。
私は赤いベンチに腰を下ろして荷物を横に置いた。
いい具合にベンチの半分くらいは木陰になっていて少し涼しい。
私は少しだけホッとしていた。
いつも瑛人といる場所からはこのベンチは見えない所にあったから。
別に瑛人に見られて困るような事でもないのかもしれないけど、何か気まずい。
時計を見ると16時45分。
約束の時間までまだ少しある。
水面はいつものようにキラキラと光って宝石のようだ。
「はぁ、、」
ゆっくりと座りながら、自分が汗だくなのに気づく。
「ヤバ」
慌ててハンカチで汗を拭い、前髪を整える。
鏡に映る自分の顔が真っ赤で焦る。
下敷きを出してあおいで、なんとか顔のほてり取らなきゃ。
「ごめん、暑かった?」
その時、突然後ろから声がしてビックリすると湯川先輩が立っている。
「わっ!あ、いえ。ごめんなさい、あの違います。昨日はすっぽかしたとかじゃなくて!」
驚きすぎて自分でも何を言っているか分からない。
「あー、うん。今日聞いたよ。莉愛ちゃんだっけ?
部活あるって言わなかったからな、オレ。」
湯川先輩がそう言いながら、ドサッと隣に腰を下ろした。
私は慌てて横にある荷物を膝に乗せる。
「いえ、、なんかごめんなさい。帰っちゃって」
「いや、とりあえず仕切り直しって事で。」
そう言うと湯川先輩は「ふーっ」と息を吐いて黙り込んだ。
その変な間が余計にドキドキする。
しばらく沈黙が続いた後、
「桜河さんさぁ」
そう言われて顔を上げると、湯川先輩かまっすぐにこちらを見ていて一瞬息が止まりそうになる。
「付き合ってくれない?」
ま、マジに告白だったの?!
私に1番に浮かんだ言葉はそれ。
「あ、、えっと。。」
「オレのことマジで知らない感じ?」
湯川先輩は嘘だろ?みたいな顔をした。
「あ、あの、知らないっていうか。。バスケ部のエースで、、ファンクラブもあって、、」
実際は全く知らなかったんだけど、知らないではすまされないような空気感を感じて、莉愛や舞から聞いて知った情報を必死に並べる。
「いやー、まあそれは周りが勝手にさ。」
そう言いながらも湯川先輩はまんざらでもない顔をしている。
その後、何を言っていいか分からない私を見て
「桜河さん、彼氏いるとか?」
と私の顔を覗き込んできた。
「いえ、いないです」
「じゃあ、決まりで」
「えっ?!」
「ダメなの?」
なんでこんなグイグイくるの?
「なんで私なんですか?」
私が顔も名前も認識してないくらいの関係性なのに、接点0なのに、なぜ私なのか全くわからない。
「なんでって、、一目惚れ?」
「絶対ウソ!」
「嘘じゃないよ、桜河さん可愛いよ」
「っ、、?!」
あまりにどストレートに言うもんだから、私は言葉が出なくなってしまった。
「オレさ、ニコニコしてる子がタイプなんだよね。」
確かに、、本音を隠して私はいつもニコニコ笑ってる。
本当の笑顔ではないけどね。
「他に好きな人がいるとかでもないんだよね?」
「い、、いないですけど、、」
「じゃ、やっぱり決まりで。」
湯川先輩はもう決定したかのように立ち上がった。
「あの、、」
「何?ヤダ?」
「ヤダ、とかじゃなくて、、」
どうしよう、どうしたらいいの?
「じゃなくて、何?」
一瞬、湯川先輩の声にイラつきが含まれた気がした。
私の手にキュッと力が入る。
「オレと付き合ってください」
湯川先輩がもう一度そう言ってペコリと頭を下げた。
もう、断れる空気じゃない、私にはこの空気の中「ごめんなさい」を言える勇気はなかった。
「はい。。」
声にならないような声で私は返事をした。
「お、やったー。よろしくね。オレのことは陸って呼んでくれたらいいから。日菜、って呼んでい?」
「はい、、」
なぜか、心臓が苦しいくらいにバクバクと音を立てていた。耳がキーンと鳴るような軽い目眩の中、断りきれず、オッケーしてしまった事、これでよかったの?と頭の中はぐちゃぐちゃだった。そして喉がカラカラだった。
「あー、やべ。断られるのかとハラハラしたー」
湯川先輩はそう言いながら買ってきたのであろうスポドリをごくごくと流し込んだ。
私は、この人の彼女になったのか。。
ファンクラブもあるような人気者の彼女に。
私はその時なんだか他人事みたいにぼんやりそんなことを考えていた。
その時。
私の視界の中に、河原を登ってくる瑛人の姿が映った。
え、、このタイミングで、、
なぜか、体が硬くなる。
瑛人はチラッとこちらに視線を向けるとペコリと頭を下げた。
それを見て、陸がニヤッと笑ったように私には見えた。
何?
2人は知り合い?
瑛人はそのまま河原を登りきると、何事もなかったように私たちに背を向けるように歩いて行き、姿を消した。
「さ、じゃ日菜、今日は帰る?送ろうか?」
陸が立ち上がり手を差し出した。
一瞬、躊躇しながら私はその手を握り立ち上がる。大きくて少しゴツゴツした手は私の手をすっぽりと包み込んでいた。
おっきな手だな。。
私の手も小さい方ではない。
莉愛なんかは背も含め、全てが小さいから女の子らしくて、羨ましいと思ってる。
でも、そんな小さくない私の手を全部包み込めるほど、陸の手は大きかった。
たったそれだけの事なのに、自分が女の子だと思えてドキドキする。
「え、どした?」
私は一体どんな表情をしていたのか、陸が不思議そうに私の顔を見ていた。
「ううん」
私は俯いて、首を振る。
「あさって、土曜日じゃん?午前中はバスケあるんだけど、お昼からどっか行く?」
陸に言われて、そっか付き合うって事はそうだよね。
妙に納得する。
「うん」
ここは頷くとこだよね。
私の中でまだ、付き合う事自体が腑に落ちてない状態だから、いきなりどこか行くかと言われも、全然考えられないんだけど、陸は「どこがいいかな」と呟いている。
「あのさ、、ひかないで欲しいんだけど、、」
そういう私の顔を、陸は振り返った。
「ん?」
「私ね、ちゃんと付き合うって、初めてなの。今までそういうの、避けてきたっていうか、、」
「マジ?」
陸は、私が想像していたよりもっと驚いた顔をした。
「やったー!じゃ、オレが日菜の初めてを全部もらえるって事だ!」
陸は、無邪気な笑顔をして万歳をしてみせた。
私の初めてを、、全部。。
つ、つまりはそういうことだよね。
「じゃ、早速ー、、」
陸はそういうや否や、私の頬にチュッと軽くキスをした。
「‥‥っっ!?」
思わず、後退りをして頬を押さえてしまった私は多分耳まで真っ赤になっているだろう。
「ごめん、ビックリした?やだった?」
陸はそんな私の表情を見て、少し笑ったような顔をして私の頬を触った。
「や、じゃないけど、、突然すぎてびっくりしただけ。」
平気な顔しなくちゃ、頬にキスくらいでこんな動揺して、陸に引かれちゃう。
息切れしそうなくらいに、心臓はバクバクしていたけど私は無理に笑って見せた。
「あさっての土曜日は映画でも行く?デートと言えばって感じの定番デートしよ。」
陸はそういうと、スマホで何やら検索をして近くの映画館の上映スケジュールを出して見せた。
「んー、これかこれかな。ま、ぶっちゃけオレは日菜といれたらなんでもいーけど。」
陸は、最近始まったばかりの恋愛映画と、話題のコメディ映画の2つを交互に指差しながらそう言った。
「日菜の好きな方でいいよ」
「じゃ、、こっちで」
私はコメディ映画を指差した。
いきなり陸と恋愛映画をどんな気持ちで見たらいいのか分からなかったからだ。
「じゃさ、映画館前14時待ち合わせでい?」
「うん。」
「帰ろ」
陸はそう言うと、私の手を再び握って歩き出した。
私は引っ張られるようにして歩きながら、何とか平然な顔をしようと必死だった。
昨日まで、名前すら知らなかった人が、今は私の彼氏になってるっていう事実に、本当は頭がついてってなくて混乱しているのに。
陸の彼女、として合わせなければと必死になっていた。
「じゃ、また明日」
家の近くまで陸は送ってくれた後、連絡先を交換して私たちは別れた。
家に入ると、崩れ落ちそうなくらいの疲労感が私を襲った。
「最近いろいろなことがありすぎだってぇ」
自分の部屋で荷物を置いて寝転んだらもうそのまま起き上がれないほどの疲労感。
本来なら幸せで舞い上がりそうな出来事なはずなのに、私はどちらかというなら気持ちが沈んでいた。
どうしてオッケーしちゃったんだろ。
でも、あの感じを断るの無理だった。
でもオッケーしたらしたで、明日からどうしよう。
早紀や、ファンクラブの子達にどんな顔したらいいんだろ。
陸と付き合うって、これからどうなっちゃうんだろ。
「陸」って呼ぶことすら違和感ありまくりなのに。
頭の中はもうぐっちゃぐちゃで、考えることが次から次へと浮かんできて、整理できないままぐるぐる回って
私の脳みそはフリーズしたようになってしまった。
スマホを見ると、舞や莉愛から「大丈夫?」「どうなったの?」とたくさんメッセージが来ていた。
日菜『なんか、、付き合うことになってしまったよ』
莉愛『きゃああああ!!マジで?!』
舞『やっぱり告白されたんだ?』
日菜『うん。今もう頭パンクしそうだよ』
私はそれからしばらく、2人に今日の出来事を話して聞かせた。
莉愛はとにかく盛り上がってたけど、舞は少し心配してくれているみたいだった。
舞『私もなんか煽っちゃったみたいなとこあるから、こんなこと言える立場じゃないけど、日菜はほんとにそれでよかったの?』
よくないよ、と心の中では思った。
でも
日菜『よかった、っていうか。まだ良くはわからないけど優しそうだったし、ま、イケメンだし?明日から早紀とかにバレたらマジでめんどくさそーとは思うけどねー』
精一杯、大丈夫なフリをした。
2人はそれに対してほぼ同時に『それな』と返してきて、少し笑った。
不安なことしかないけど、早紀の事はともかく、確かに陸は優しそうだし、明るいし、これから幸せな日々が待ってるのかもしれない。
付き合ってれば、どんどん好きになってくのかもしれない。
私は、前向きに考えることにした。
だって、あれだけみんなに人気がある人に好きになってもらって、彼女になったんだから。
そう。
私は今まで彼を知らなかったんだ、名前も顔すらも。
そして何にも知らないまま彼女になったのだ。
湯川 陸という人が本当はどんな人かを。。