例年より幾分か遅い桜の開花予報が発表された頃、僕は中学三年生になった。
年度始めはどうしてもクラス内が騒がしくなる。三年間クラスが一緒な奴。今年が最初で最後な奴。皆それぞれ集まって言葉を交している。
とは言ってもここは1学年2クラスしかない田舎中学で、初々しい会話なんてものはなく、世間話がほとんどなんだけれど。
僕がぼーっとクラスメイトを眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれおはよ、今日早いね。車?」
月夜(つきよ)が両手に抱えていた大量の荷物をどさっと音を立てて床に置き、僕の隣の席に座りにこっと笑う。
今日も相変わらず太陽みたいな笑顔だ。
「おはよう、今日は早く来たかったから自転車。バスだと8時過ぎるから」
「なるほどね、桜綺麗だしね」
いまいち話が噛み合っていない気がしたが、それよりも僕は彼女が抱えている大量の荷物の方が気になった。
「てか、何その大荷物」
「え?夏休みのコンクールの作品とか、お習字とか、楽器とかかな」
「相変わらず真面目だね」
「内申点のためですー」
彼女はそう言いながら唇を尖らせ、鼻歌を歌いながら荷物を片付け始める。
こいつは本当に外見とと中身が一致しない。僕はこれがギャップというものなのかと考える。
三谷月夜とは、去年同じクラスになってからの仲だ。最初は物静かで、中学生とは思えないとても綺麗な顔立ちをしていて、僕だけでなくクラスメイト全員が話しかけづらいと思っていただろう。しかし席替えをして隣の席になった時、実際に話してみるととても明るくて、飄々としていて、普通に冗談を言ってみたりボケてみたり、でもそれでいて授業や部活はしっかり真面目に取り組んでいる。今はもうその姿に慣れてしまっているが、彼女は中学1年生の頃から既に大分大人びていた。
彼女の冗談を言う姿や、太陽のような笑顔が彼女を年相応にしているような感じだ。
なんの巡り合わせか、何度席替えをしても隣同士になることが多かったのでいつの間にか彼女とは気負わず何でも話せる仲になっていた。
僕と性格が真逆な彼女とここまで仲良くなるとは思ってもいなかったけれど。
なんて考えながらてきぱきと月夜を横目で見ていると、彼女が急に顔を上げた。
「ていうか、このクラスめちゃくちゃ騒がしいね」
彼女はそう言うと辺りをぐるっと見渡す。そうか、1組は初めてだった。
「あぁ、1年生の時もこのくらいうるさかったよ」
「海1年生の時1組だったっけ。私1、2年どっちも2組だったからなぁ。ちょっとびっくり」
「中学三年生のクラスは思えないよね」
「ま、うちらの学年全体的にこんな感じだしね」
月夜はさらっと酷いことを言いながらあははは、と文字に起こせるような声で笑った後、少し表情を曇らせた。
「でもほとんど喋ったことない人たちばっかりだからなー、ちょっと不安」
僕らが通っている中学はなぜかクラスの入れ替えがあまり行われない。確かに月夜は去年まで2組だったこともあって、1組にあまり喋ったことのない人がいるのは当たり前のことだった。僕はてっきり「とりあえず喋ってみよう」だとか、「友達増えるー」だとか、前向きな言葉が出てくるものだと思っていた。
「月夜でも不安に思うことあるんだね。」
「えー、普通にあるよ人間だもん。今までクラス一緒だった人と喋るのはもう2年一緒にいるから楽だけど、1年間で親しくなるのは難しくない?」
僕の発言に月夜は少し頬を膨らませて答える。彼女のこの大人びている姿からふとした瞬間に見せる無邪気な行動がかわいい。決して変な意味ではなくて、きっと見たら誰でもかわいいと思う。
僕は自然と口角が上がってしまう。そんな姿を見られないように俯きながら頷いた。
「ね、だから海が同じクラスでよかった」
彼女のその笑顔はまだ春だというのに真夏を思い起こすような眩しさだった。
「僕、も、話せる女子がいてよかったよ」
「照れてる?彼女さんに怒られるよー」
こういう女子特有のなんでも恋バナに繋げるところも中学生らしい。
「もう別れたって言っただろ」
「あれそうだったっけ。なんかごめん。じゃ改めて1年間よろしくね」
何とも上手く話をまとめられてしまって少し不服だが、月夜の楽しそうな笑顔を見るとそんな思いも吹き飛ぶ。
今年も去年と同じような、「いつも通り」が始まる。そう思うと自然と心が踊ってしまう。真夏の太陽はどう足掻いても、僕の心を奪っていくようだ。
ようやく荷物をまとめ終えた月夜が始業式行こ、と席を立つ。僕もそれを追いかけるように席を立ち教室を出る。足取りは去年の春より軽かった。