セリフにのせて

 い、今のは……。
 思わず本気にしかけて、はたと気がついた。
 そうだ。台本では僕の告白の後に、ヒロインのセリフがあるんだ。

「み、三谷さん、上手だね! す、すごいなぁ」
 本気だと思いそうになったのをごまかしたかったけど、声が上擦ってしまった。
 あぁ、恥ずかしい。

「だって、演技じゃないもん」
「え……?」
 驚いて彼女の顔を見ると、顔を少し赤らめながらも、かわいらしく微笑んでいた。

「このセリフはね、みんなの前じゃなくて、榊くんの前だけで最初に言いたかったんだ」
 みんなの前じゃなくて? どういうことだろう?
 三谷さんの言いたいことがわからず、混乱する。
 その様子を見て、三谷さんがクスクスと声に出して笑った。

「鈍感」
「ど……鈍感って」
「じゃあ、次は文化祭の後ね」
「へ……?」
 なんで文化祭の後?
「セリフじゃなくて、ちゃんと言うからね」
「え? えぇ!?」
 セリフじゃないって、それって……!

 ようやく彼女の言いたいことがわかって、今度は僕の顔が熱を持ったのがわかった。
 その様子を見て彼女が嬉しそうに頬を緩める。
 思いがけない展開に驚いたけれど、嬉しさでどうにかなってしまいそうだ。

「ぼ、ぼくも……!」
 伝えようと思ったのに、彼女の人差し指がそれを阻止した。

「今は、駄目」
「な、なんで?」
「だって、その方がきっと演技にも熱が入るよ。榊くん、その方がちゃんとセリフに熱が乗りそうだし」
 悔しいけど、その言い分には一理あるような気がした。
 演技なんて出来ない僕は、片想いのままの方が想いは乗るんだろう。

「だから、演技に熱が入ってなかったり、やる気がなかったら、嫌いになっちゃうからね」
「え!?」
「ちゃんと、捕まえてね。それじゃ」

 戸惑う僕をおいて、三谷さんは立ち上がってそのまま堤防沿いを駆けていった。
 軽やかに立ち去った彼女の背中をただ見送っていた僕に、彼女を振り返った。

「じゃあ、始業式にねーっ!」
 大きく手を振ってクルッと背中を向けた彼女は、弾むように駆けていった。

 夢……じゃないよな。
 思わず古典的に頬をつねってみたら、感触は確かにある。
 手にした台本は、いろんな感情により握りつぶしてふにゃふにゃになってしまった。
「……よし」

 彼女が伝えてくれたんだ。
 文化祭が終わったら今度は僕から、ちゃんと彼女に伝えよう。
 そのためにも、文化祭はちゃんと成功させないと。
 恥ずかしいなんてもう言ってられない。
 やってやる。きっと忘れられない高校最後の文化祭にしてみせる。
 そう、強く誓った。