三谷さんからSNSで送られてきた地図の場所にたどり着くと、彼女はまだ来ていなかった。
『ここならきっと練習にうってつけだから』
 そう伝えられた場所は、いつも通学で使っている電車が川を渡る橋梁下だった。
 まだ陽射しは厳しいけれど、橋梁のおかげで日陰になっているし、風は微かに秋の気配を運んできて、ここは思ったより涼しかった。
 しかも人気があまりなくて静かで心地がいい。
 いつも電車から川を眺めることはあっても、河川敷に来るのははじめてだ。
 とりあえず彼女がくるまで待とうと腰を下ろして、持ってきた台本をめくる。
 人前に出るのが苦手とはいえ、普通のセリフなら、まぁ頑張って言えないことはない。
 問題は終盤だ。

「……なんで青春恋愛ものなんて、選ぶんだよ」
「だって、みんなそういうのが好きなんだよ」
「え……?」

 独り言のつもりだったのに、返事が返ってきて驚くと、そこには太陽の光を受け、少し汗ばんだ彼女が笑っていた。
 そういえば私服で会うのは、はじめてだ。
 爽やかな白いシャツが彼女によく似合い、なんだかドキドキして、思わず目を逸らした。

「はやかったね。わたしの方がはやいと思ったんだけどな」
「僕んち、自転車ならここから二十分かからないから」
「そうなんだ。それじゃあしょうがないか」
 彼女は多分、駅から歩いてきたんだろう。
 急いできたのかな? 汗をかいているっていうだけじゃなくて、少し息を切らしている。
「あ、台本。ちゃんと持ってきたね」
 僕の右側にしゃがみ込み、手にしていた台本を覗き込む。
「うん。だって、練習するんでしょ。でも、どうしてここで?」
「だって、きっと狭い部屋で練習しているから余計恥ずかしくなっちゃうんだよ」
「そう、かなぁ?」
「こんなひらけた場所だったら、小さな声なんて届かないもん。恥ずかしいなんて言ってられないよ。さらに……」

 ちょうど橋梁の上を電車が通り抜けていく。
 その音の大きさに耳を塞ぐと、彼女が笑って橋梁を指さす。
 通り抜けて少し経てば、音もやがて聞こえなくなってまた静寂の時が戻ってきた。
「ね。こんなうるさい音の下なら、どんなセリフだってきっと言えちゃうよ」
 台本の該当部分を指さして、ちょっぴり照れながら微笑んだ。

 ――僕は、キミの事が好きだよ。

 青春恋愛ものということで、ラストは告白シーンになっていた。
 両片想いをしていた二人が、主人公の告白によりハッピーエンドで終わるというご都合主義。
 言えないのは恥ずかしいのはもちろんだけど、言う相手が三谷さんだっていうのもあるんだけどな。
「ほら、せっかく来たんだし、練習しよ」
「う、うん」
 三谷さんにリードされるまま、台本の最初のページを開き、セリフを口にしていく。