いつもの放課後の音楽室、悠斗は作曲づくりに集中した。しかし、ここで一つ問題が生じた。ピアノ越しに悠斗と向かい合うように座る翔太だ。悠斗は音探しのためにピアノを弾いては楽譜ノートに書き留めていたが、視線を少しずらすと、翔太と目が合う。たまたま目が合っただけなら気にしないのだが、何度も何度も目が合う。むしろ弾いている最中も翔太の視線を感じる。悠斗は席を立ち、翔太に注意することにした。


「翔太君、一ついいかな?」
「どうした? 何かあったか? もう作曲できたのか?」
「違う違う。そういうことじゃなくてさ。さっきからずっと僕のことを見てない?」
「勘違いじゃないか?」
「いやいや、めっちゃ視線感じる」
「お前は結構自意識過剰なんだな」
「そろそろ本当に怒るよ。そんなに見られたら、集中できないから」
「俺だって集中してるさ。だって、俺らの曲だろ? 『心優しい旅人』がどんな表情をして、どんな仕草をして、どんなことを心に秘めているのか……。読み取らないといけないだろ?」
「確かに『心優しい旅人』が僕みたいな感じになっちゃったけどさ、それでも見過ぎ」


 悠斗が頬を膨らまして、怒ると翔太は笑うのを堪えていた。悠斗はそれを見て、呆れて、大きなため息をつきながら、ドカッと席に座った。


「旅人さんは感情がすぐ顔に出てしまうタイプっと。大事なことだから、書いておこう」
「っ! それは書かなくていい! しかも、それは旅人じゃなくて、僕のことでしょ! こんなんじゃ集中して、作曲できないよ」
「そっか。じゃ、俺は先に帰る。家でフレーズとか考える」
「えっ、急にどうしたの?」
「どうせメロディに合わせて、歌詞書かないといけないだろ? それに俺は他にもやることあるからな」
「ちょっと待ってよ。怒らせたなら謝るからさ」
「怒ってない。お前が集中できないんなら、俺はここにいない方が良いだろ? 実際に気が散ってる訳だろ?」
「いや、そういう訳では……」
「じゃあな。進捗あれば、連絡くれ」


 悠斗はいつもより冷たい口調の翔太に驚きのあまり呆然とした。そんな中、翔太は机といすを片付け、学生鞄を持って、大きな背中を向け、手をひらひらと振ると音楽室を後にした。
 悠斗はしばらくの間、呆然としていたが、翔太を傷付けてしまったと思い、今からでも改めて謝罪をしたいと思い、窓から身を乗り出し、芸術科の玄関を見た。そこには、学生鞄を肩に担ぎ、正門の方へ歩く翔太の姿があった。


「翔太君!」


 悠斗は思わず大声で叫んだが、翔太が振り向くことは無かった。悠斗は思い出したかのように学生鞄から携帯電話を取り出し、翔太に電話をした。しかし、翔太が携帯電話を取り出す様子はみられず、数コール後に留守番電話となった。悠斗は仕方なく電話を切った。メールも送信したが、すぐには返信が無かった。
 悠斗は無性に悲しくなって、窓から身を乗り出すのを止め、壁に凭れかかって、深いため息をついた。


「一人に……なっちゃった」


 悠斗は体育座りをし、物思いにふける。いつしか下校のチャイムが鳴り、帰りの支度をし、下校する。下校中も翔太からの返信が無いか何度も携帯電話を確認した。
 家に着く頃、悠斗は携帯電話が鳴ったのに気付き、慌てて確認すると、翔太からだった。そのメールには「作曲頑張れ」のたった一文しか書かれていなかった。悠斗は胸がギュッと締め付けられる感じがして、家に着くと、足早に自室へ入り、ベッドに倒れ込んで、何かが溢れそうな気がして、シーツを強く握り締め、必死に堪えた。