悠斗は頭がパンクしそうだった。曲を褒められるのは確かに嬉しいが、一緒に歌うことには戸惑った。歌唱力だったり、センスだったりはアイドルである翔太の方がずば抜けている訳だし、自分みたいな素人なんかがアイドルと一緒に歌うなんて異次元すぎる。


「駄目か?」


 悠斗は断ろうと思ったが、翔太がおもむろに楽譜ノートを差し出してきた。悠斗が見上げると、翔太が優しく微笑み、こちらを真っ直ぐ見ていた。まるで犬がクーンといったような声で鳴く時の表情をしている。ここで断ると、後々罪悪感を抱きそうで、悠斗は仕方なく我を折り、差し出された楽譜ノートを受け取った。


「いいのか?」
「そんな表情されたら、断れないよ」
「そんな表情とはなんだ?」
「あぁ、それは忘れて。それより、僕からも条件がある。それがいいなら、一緒に歌うよ」
「条件はなんだ?」
「それは一緒に作曲作詞をすること。それが出来ないなら、この話は白紙だよ」
「それなら問題ない。俺、趣味でDTMをやってるんだ」
「ディーティーエム?」
「デスクトップミュージックの略で、パソコンを使って音楽を作成したり、編集したりする活動のことだ」
「へぇー、なんかすごそうだし、難しそう。ん? ってことは?」
「お前と一緒に作曲作詞が出来るってことだ。これで条件はクリアだろ?」
「ま、マジかぁ……」


 悠斗はぽかんとし、翔太を見た。翔太はうまくしてやったという得意げな顔つきをしており、次の瞬間、翔太に抱き締められた。


「なんかすげぇ嬉しい」


 悠斗は一瞬、何がなんだか分からなかったが、ふと我に返り、耳まで赤くなり、全身から湯気が出そうになった。


「ちょ、ちょっと! 翔太君! 苦しいし、恥ずかしいから、やめてよ」
「すまん、つい嬉しくなって」


 悠斗は翔太の体を両手で押し退け、自分の胸に手を当て、何度か深呼吸した。そして、横目でちらりと翔太を見ると、首を傾げていた。


「はぁ、驚いた……」
「それより顔が真っ赤だぞ」
「っ! あのね、急にだ、抱きついてくるから、ビックリしたんだよ!」
「喜びを分かち合う時にはハグするのが普通だろ?」
「いや、どこ基準の普通だよ。心臓が止まるかと思った」
「とりあえず一緒に曲作りをして、どこかで披露しよう」
「披露? どうしてそうなった……」
「これからよろしく頼む」


 翔太が手を差し出してきた。
 ここまできたのだから、やってやろうじゃないかと決心した悠斗は翔太の大きな手を握った。翔太は優しく握り返してくれ、二人を応援するかのように、柔らかな風がふわりと窓から吹き込んできた。