悠斗は自分から言っておきながら、急に恥ずかしくなり、顔を赤くし、顔の前で両手をブンブンと振った。そんな悠斗に動じず、翔太はピアノの前まで近づいてきて、譜面台に置いてある楽譜ノートを取って、眺めた。悠斗はノートを取り戻そうとしたが、翔太はノートをひょいと上へ上げたり、背を向けたりで取らせようとしなかった。


「ちょ、ちょっと! 恥ずかしいんで、ノートを返してもらえませんか?」
「別に恥ずかしがることじゃないだろう?」
「いや、恥ずかしいですよ! 誰にも見せたこと無いのに」
「……はい、これ」


 翔太は見終わったのか、悠斗にノートを手渡した。悠斗はノートをぶんどるように取った。悠斗はどうせ笑われると思っていたが、翔太の反応は違った。


「お前のピアノ、優しい。こんなに頑張って、作曲して、作詞もしていて尊敬する。俺はそういうの無いから」


 翔太は感心したように言っていたが、なんだか寂しげな顔をしている気がした。


「ありがとう。でも、僕はただ好きで弾いているだけだから……。それと違って、龍崎君はエグゼのメンバーなんでしょ? 何万人の応募の中から選ばれた一人なんだから、それだけでも凄いよ。エグゼは歌唱もダンスも凄いし、尊敬するよ」
「俺はセンターでもないし、フロントメンバーでもない。ただ言われた通りに後ろで歌って踊る人形みたいなもんだ。おまけにこの顔だ。怖がって誰も近寄ってこない」
「まぁ、確かに最初は怖い人が入ってきたと思っていたけど、僕のピアノを聴いてくれている時の顔はそんなんじゃなかったよ。どこか安心したような穏やかな顔だったよ」
「そうか? それは、お前のピアノが心地よかったからだろう」


 夕陽に照らされる翔太の顔はほんの少し微笑んでいた気がした。


「なぁ、次は別の曲を弾いてくれ。歌詞があるなら、歌って欲しい」
「えっ! 人前で歌ったこと無いから、ちょっと恥ずかしいな。弾くだけじゃ駄目?」
「だったら、弾くだけでいい」
「じゃあ、別の曲を弾くね」


 悠斗はノートをペラペラとめくり、別の曲を弾いた。翔太は窓辺に再び佇み、目を閉じて、静かに聴いていた。曲が終わるごとに拍手をされ、悠斗はなんだかむず痒かった。何曲か披露した時には、下校のチャイムが鳴り響いていた。


「もう下校時間だね。龍崎君は教室の場所分かる?」
「俺のことは翔太って呼んでもらって構わない。教室の場所はなんとなく分かる」
「流石に呼び捨てはアレだから、翔太君って呼ぶ。よろしく。気を付けて帰ってね」
「あぁ、分かった。また明日同じくらいの時間に来る」
「えっ! ちょ、ちょっと!」


 悠斗は翔太が明日も来ることに対して、酷く驚いた。恥ずかしいから、あまり来て欲しくないと言いたかったが、翔太は静かに立ち去っていった。