悠斗は深いため息をつき、楽譜ノートを置いていたローテーブルに項垂れた。なんでこんなことになったんだろうかと思いながら、果たして人前で歌えるのかと自問自答した。中学時代までは定期的にピアノのコンクールへ出ていたから、人前でピアノを弾くのはそんなに抵抗もなかったし、鍵盤と楽譜を見るだけで緊張もそこまでしなかった。でも、今回は状況が違う。
 悠斗は静かに唸り声を上げ、次はソファに顔を埋めた。そしたら、翔太がやってきて、楽譜ノートで悠斗の頭を軽く叩き、ソファに座った。


「唸るな。作業の邪魔になる。お前はさっさと寝ろ」
「だって、あり得ないって。翔太君はアイドルだから、緊張しないだろうけど、僕は素人だよ。しかも、よく考えてみれば、学園祭まで九月入れたとしても、あと二ヶ月だよ」
「だから、曲が完成するように今頑張ってるんじゃないか。歌詞も考えないとな。まぁ、今日はもう遅いから、寝ろ。洗面台に歯ブラシとかも準備しているし、化粧水とかも勝手に使っていいから。で、俺のベッドで寝ろ」
「いや、僕はソファでいいよ」
「駄目だ。ベッドで寝ろ。言うこと聞かないと、『一緒』じゃなくて、『お前一人』で歌ってもらうぞ」
「それは絶対に嫌だ! っていうか、翔太君って卑怯だよね」
「好きなように言えばいい。作業の邪魔だから、さっさと寝る準備して、寝ろ」


 悠斗はぶつくさ文句を言いながら、寝る準備をして、翔太の部屋にあるベッドに入った。ダブルベッドでとても寝心地が良い。悠斗は顔の近くまで布団をかぶり、翔太の作業姿をこっそりと覗いた。
 翔太はヘッドホンをし、悠斗の作ったメロディを口ずさみ、画面と睨めっこしている。悠斗は本当に今日中に仕上げるつもりなのだろうかと翔太の体調面を心配したが、こんなにも真剣に自分の曲を編曲してくれている姿を見ると、なんだかグッとくるものがあった。
 悠斗は翔太の落ち着いた声と作業音を聞いているうちに徐々に瞼が落ちてきて、いつの間にか深い眠りに入った。


 *


 悠斗は珍しく夢を見た。翔太と二人で歌う夢だった。夢の中の自分は伸び伸びと楽しそうに歌っていて、隣に立っている翔太が優しい表情でこちらを見ている、そんな夢だ。そして、最後に翔太と抱き合うシーンで目が覚めた。
 悠斗が目をゆっくりと開けると、視界が真っ暗だった。顔に服が当たる感触に、心音と寝息が聞こえる。


「……えっ? どういう状況?」


 悠斗は体をもぞもぞと動かすが、上手に動けない。悠斗は仕方なく寝息が聞こえる方を見上げた。見上げるとすやすやと眠る翔太の顔があった。悠斗は可能な限りで自分の状況を確認すると、翔太の抱き枕にされていたのだった。