「よし、やるか」


 悠斗の指先が鍵盤を滑るように動き、彼の弾くメロディは、静かな音楽室に響き渡り、心地よい雰囲気を作り出していた。音楽室の窓から差し込む夕陽が、彼の指先を柔らかく照らしている。悠斗はメロディに包まれ、歌詞を口ずさむ時間が好きだった。ここでは、誰にも邪魔されずに自分の世界に浸ることができる。


「やっぱり、ここの歌詞は変えた方が良いかな?」


 悠斗は歌詞を書いた部分を消し、ピアノを弾いては考え、歌詞を書き直したりを何度も繰り返した。しかし、納得というか、しっくりくる歌詞が思い浮かばず、通しで一曲弾いて、一休みするために、音楽室の窓を開け、夕陽を見ながら、黄昏れた。
 そんな時、音楽室のドアが突然開いた。ドアの開く音に驚いた悠斗は、ドアの方を振り返った。そこには、見知らぬ男子生徒が立っていた。背が高く、顔の整った長身の銀髪碧眼をした彼のネクタイを見ると、朱色のストライプだった。普通科は紺色のストライプだから、彼は芸術科の生徒だ。
 悠斗は真っ直ぐ見つめてくる彼に困惑し、どう声をかけようか迷っていると、彼がゆっくりと近寄ってきた。


「今、ピアノを弾いていたのはお前か?」


 その低い声に悠斗は驚き、彼を見上げた。なんだか睨まれているような鋭い視線に少し緊張しながら、恐る恐る答える。


「ええ、そうですけど……」
「お前のピアノの音が廊下まで聞こえてきて、つい気になって入ってみた」
「そ、そうですか……。それはどうも」
「今は何をしている?」
「何してるって。ちょ、ちょっと休憩を」
「そうか」


 彼は淡々と喋ってきた。彼の顔は、無表情ではあるが、吸い込まれそうな目をしていた。春の暖かい風が吹き、彼の髪はキラキラと輝き、夕陽に照らされた彼の顔はとても美しかった。人に関心があまりない悠斗でも彼の存在に釘付けだった。
 彼は無言のまま、悠斗の隣に立ち、校庭を眺めていた。悠斗は気まずいと思い、彼に話しかけることにした。


「えっと、芸術科の人ですか?」
「俺は龍崎翔太。芸術科の2年」
「僕は佐藤悠斗。普通科の2年。でも、どうして芸術科の人が普通科の校舎に来てるんですか?」
「渡り廊下を歩いていたら、ピアノの音が聞こえたから、来た。ただそれだけだ」
「ただそれだけって……」
「それより、ピアノの続きを弾いてくれ」
「それはいいですけど、芸術科の人に比べたら、僕の演奏なんて下手で――」
「いいから、弾いてくれ」


 悠斗はやんわり断ったつもりだったが、翔太は引き下がってくれなかった。悠斗は渋々ピアノを弾くことにした。
 翔太は悠斗の音楽に興味があるのか、窓辺に佇み、目を閉じて、静かに聴いていた。悠斗が一曲弾き終わると、翔太からいくつか質問された。


「いつからピアノを弾いているのか?」
「えっと、小さい頃から」
「好きな作曲家は誰だ?」
「えっ、好きな作曲家って言われても、そんな具体的にはいないです」
「最近弾いている曲はなんだ?」
「最近は……自分で作った曲を弾いています。――って、今のは無し! なんでもないです!」
「なるほど。確かに聴いたことのないメロディーだった」