悠斗は蓮とたわいもない会話をしつつ、一緒に帰り、帰路につく。悠斗はご飯を食べ、風呂に入り、部屋着に着替えて、ベッドに座る。何気ないいつもの日常だが、頭の中では翔太に電話をした時に、なんて喋ろうかとずっと考えていた。蓮とは冗談が言える仲だし、何を話すか考えることはほぼ無い。だからこそ、翔太とどんなことを話せばいいか悩んだ。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか夜の九時を過ぎようとしていた。悠斗は携帯電話の画面を開き、翔太の連絡先を表示させる度に、鼓動がどんどん強くなっていくのを感じ、手のひらは若干汗ばんでいた。あとは、通話ボタンを押すだけなのに、なかなか押せない。しかし、蓮にアドバイスを貰ったし、話すように念を押されたので、悠斗は意を決して、通話ボタンを押した。人生の中で一番緊張した瞬間かもしれない。


「はい、もしもし?」
「っ! あっ、もしもし。翔太君?」
「うん。ってか、こんな時間に突然どうした?」
「えっと、ツアーのリハ―サルとかで忙しいだろうし、疲れているのにごめんね」
「いや、別にいつものことだから。それで、用件は何?」
「あのさ、前に、音楽室で言ったこと。見られると集中できなくて、作曲できないって言ったの覚えてる?」
「覚えてるけど」
「あの時、翔太君が怒っているように思えて、……あんなこと言って、ごめんなさい」
「別に気にしてない。俺の方こそすまん。怒っているように見えたのなら謝る。お前の邪魔にはなりたくないから」


 電話越しに聞こえる翔太の低い声。聞いていると、耳がくすぐったい。そして、手汗のせいで携帯電話を何度も持ち替える。顔が変に火照るし、どうも落ち着かない。悠斗は曲作りの話をしないといけないのに、「えっと、えっと……」位しか言えなくて、うまく口が動かず、言葉に詰まる。


「もしもし、大丈夫か?」
「あぁ、ごめん! なんか緊張しちゃって、胸がドキドキしちゃって、手汗もヤバくて。あんまり電話とかしないから、なんか変に緊張しているのかな」
「お前でも緊張するんだ」
「そりゃ勿論緊張するよ。今、心臓バクバクだよ」
「ふーん。……あのさ、お前の今の『ドキドキ』は何の『ドキドキ』なの?」
「えっ……」


 悠斗は翔太からそんな質問をされるとは思ってもいなかった。確かに翔太と関わるうちに、ちょっとしたことでも胸がドキドキするようになった気がする。正直、普通の人じゃ判別できない翔太の表情の変化を発見した時は嬉しくて、胸がちょっぴり熱くなった気がした。翔太と一緒にいた時間が走馬灯のように頭の中をグルグルと駆け巡り、悠斗は翔太と電話をしているのをつい忘れていた。