あの一件から悠斗は心ここにあらずな状態で、作曲をいざやろうと思うが、すぐ集中力が切れ、ため息が出る。そのせいもあってか、音楽室へ行く機会も徐々に少なくなり、授業が終われば、すぐ帰宅することが多くなった。一種のスランプなのだろうか、気付けばあっという間に時が過ぎていた。
 太陽が真上に昇り、アスファルトが熱を帯びて波打って見える。近所の子供たちは汗をかきながらも、無邪気に走り回っている。こんなにもじりじりと体に暑さを感じるのに、心だけはなんだか冷めきったような、生焼けのような気分だ。夏の暑さに耐えながら、いつものように通学し、悠斗はいつもの席に座る。冷房が効いていると言っていても、朝が早いだけあってか、教室はまだ生温い。悠斗は火照った体を冷やすために、楽譜ノートを団扇代わりにして扇ぐ。


「はぁ、暑い。そろそろ夏休みか……。まぁ、別にどうでもいいけど」


 悠斗が楽譜ノートで扇いでいると、いつものようにハイテンションな蓮が席の前に座り、挨拶をしてくる。こんな暑い日によくそんな元気があるなと感心してしまう。


「なぁなぁ、あれからあの人とはどうなった?」
「どうなったって?」
「いや、なんかあるのかなぁって。お悩み相談とかしたのか?」
「別に何もないという訳じゃないし、お悩み相談した訳でもないし。普通に友達として喋ってる感じ」
「悠斗、すげぇな。アイドルとお友達とか!」
「馬鹿、声が大きいよ。別にそんな特別なことなのかな? 僕たちの関係となんら変わりないじゃん」
「いやいや、違うって。噂では転校してから友達は作っていないらしいし、男女問わず告白されてるけど、全部断ったって聞いたぜ」


 蓮が自慢げな顔をし、そう言ってきた。翔太君は一応アイドルだし、色々と制約がありそうだろうし、恋愛なんて禁止じゃなくても、もってのほかだと思う。蓮が言う噂はあながち間違いではないと思うけど、僕の場合はどうなるんだろうかと悠斗は眉を顰める。そして、悠斗は蓮を手招きして、ヒソヒソと話し出す。


「だったら、あの人と僕は友達っていう定義の中に含まれていない感じなのかな?」
「でも、音楽室でいつも会って、喋ったりしてるんだろ?」
「うん、まぁ……。でもさ、そもそも僕なんか友達が蓮くらいしかいないからさ、どういうのが一般的な友達なのかがよく分からない」
「そうだなぁ。一緒に遊ぶとか、一緒にいて楽しいとか、何でも気兼ねなく言えるとか、連絡先交換したりとか?」
「そっか……。実はさ、言おうか迷ったんだけどさ、あの人と連絡先交換したんだよね」
「マジか! やっべぇー!」


 悠斗は声のトーンを低くし、蓮に耳打ちしたのだが、蓮は悠斗の話を聞いた途端、目を大きく見開き、突然大声を出し、椅子を鳴らして立ち上がった。悠斗は蓮のリアクションに驚き、咄嗟に蓮の両肩を掴み、力づくで椅子に座らせた。そして、蓮の頭を軽く叩く。