「なぁなぁ! 聞いたか?」


 佐藤悠斗(さとうゆうと)が教室で楽譜ノートに歌詞を書いていると、幼馴染の小田山蓮(おだやまれん)が急に顔を覗き込み、声をかけてきた。悠斗は一瞬良い歌詞が思い浮かんだのに、蓮のせいで一気に頭から吹っ飛び分からなくなった。


「あのさ、今、せっかく良い歌詞が浮かんだのに、蓮のせいで台無しだよ」
「ごめんごめん。それよりさ、ビックニュースだぜ!」


 蓮は満面の笑みで前の席に座り、話を続ける。適当な謝罪に腹が立ったが、いつものことなので、悠斗は大きなため息をつき、蓮の話を聞くことにした。


「で、ビックニュースっていうのは何? どうせしょうもないことでしょ」
「ふっふっふっ、それが違うんだなぁ。芸術科にあの大物アイドルグループの一人が転校してきたらしいぜ。誰だと思う?」
「はぁ? 芸術科の転校生って……。僕たち普通科の人間には全く関係ないじゃん。そもそもアイドルなんて芸術科にはいっぱいいるじゃん。今更感半端ない」
「そんなこと言うなよ、つれないなぁ。じゃあ、話だけでも聞いてくれよ」
「はいはい、どうぞご勝手に」


 悠斗は蓮の話より作詞がしたい気持ちが強く、蓮にどうせ話すなと言っても話し続けるので、蓮を軽くあしらう。


「今、人気絶頂のエグゼのメンバーである龍崎翔太(りゅうざきしょうた)が転校してきたんだぜ! しかも、俺らと同じ2年生に! すごくないか?」
「へー。それで? 芸術科なんだし、同学年だからと言って接点ないでしょ」
「なんだよ、お前は冷めてんなぁ。普通科では朝からこの話題で持ちきりなんだぜ? 俺だったら、すげぇ興奮するんだけど」
「それは蓮だけでしょ? アイドルや芸能人が転校してくる度に興奮してると疲れるよ? それより、僕は今、作詞したいんだから、邪魔しないでよ」


 悠斗は蓮を手で払いのけた。蓮は少し拗ねた顔をし、背中を向ける。
 悠斗たちが通っている私立柏木高校は普通科と芸術科の二つの科が存在する。校舎はコの字型をしており、二つの科が対面するように建っている。芸術科はプロの音楽家や芸術家などを目指すために設立されたが、今では地方出身のアイドルや芸能人が上京し、高校生活と芸能活動を両立するためにここへ入学してくることがある。
 そのため、人気アイドルが突然やってくると、普通科の生徒たちは大興奮するのだ。しかし、悠斗はいつものことだと思い、驚きはしない。だって、接点がないからだ。
 悠斗はいつも通り淡々と授業を受け、休憩時間には作曲したものに作詞する日々。唯一会話をするのは幼馴染の蓮くらいで、友達は少ない。でも、それが悠斗にとって丁度良く、面倒臭くなくて、気が楽なので、後悔していない。
 放課後、蓮はバンド仲間の先輩と都内にあるスタジオへ行くと言い、別れる。悠斗は帰りの支度をし、教室から出て、普通科の生徒が授業で使う音楽室へ向かう。


「今日は曲弾いて、歌詞を考えて……」


 悠斗は音楽のことを考えると、自然と笑みがこぼれ、軽くスキップしてしまう。気分が高揚している日はひらりと一回転してしまう程だ。そうこうしているうちに、悠斗は音楽室に到着すると、学生鞄から楽譜ノートを取り出し、譜面台に載せる。そして、鍵盤蓋を開け、鍵盤を優しくなぞる。