「お互い様よぉ。私、この団地が綺麗に生まれ変わるまで絶対居座るつもりなんだから。頼むわよ、再生くん」
「は、はい」
 マスターお代ちょうどねご馳走様、と店を出て行った前島さんの背中をしばらくポカンと見送っていた俺は、「大川君も飲んで行きますか?」という須崎さんの声に、はっと我に返った。

「あ、じゃあいただきます」
 いつものコーヒーの香り、酸味は少なくコクと苦みが印象深い味にほっと一息ついた。
「前島さんは今日もパワフルでしたね」
 使った器具を片付けながら、須崎さんが少し笑いを堪えたように言う。
「いやあ、俺なんかまだまだ人生のひよっこだなと思いましたよ」
「だけど、前島さんから言われていたじゃないですか。この団地の再生を頼むと。頼られているんですよ、大川君は」
「そうなんすかねぇ」

 長いこと柘植の木団地に住んでいる人にとって、再生課のやろうとしていることは、本当に役に立つのだろうか。
 前島さんからはああ言ってもらったけど、もしかしたら再生して欲しくない人だっているかもしれない。
 一度出来上がっているものをもう一度作り直すって、思っていたより大変なことだ。何となく親の敷いたレールに乗って生きてきた俺が、だれかの作ってきたものに手を加えるなんて、本当に出来んのかな。

 そんなことを思いながら、須崎さんの淹れてくれたコーヒーを味わう。何だか今日は、いつもより苦みを強く感じるのは気のせいだろうか。
 ふと顔を上げると、須崎さんはいつも通り無言で作業をしていた。変わらない光景に少しだけほっとする。

 数日経って、福祉課による包括支援サービス利用説明会の告知が団地の掲示板に貼り出された。
 説明会の会場は、喫茶柘植の木団地。マスターの好意で、参加者には飲み物のサービス付き。林さんのナビゲートで、包括支援センターのスタッフが説明をする流れだ。会場となるサ店は再生課の管轄だから、森本さんと俺もフォロー要員で参加することに決まった。

 市の広報誌やインターネットだけでは、どんなサービスが利用出来るのか分かりづらい、申し込みの仕方を教えてほしい、見守り電話連絡や、貸し出してくれる緊急通報装置を実際に試してみたい、という声は、前々から何件か寄せられていたのだと言う。
 説明会の会場について、林さんから俺へこんな依頼があった。
「こういう場合は団地の集会所を利用するんですけどぉ、気軽に参加していただきたいなぁと思って、柘植の木喫茶さんのご協力を仰げればなぁって」
「ちょうどよかった」
「え? ちょうど?」